岳山に吹く風は!
毎日岳山に対面しながらつづるブログです。デザイン変更10月9日
大丈夫か?危機管理
もう『何時からかが分からないほど前』から「こちらは広報みあさです!」の声が聞こえない。
『広報みあさ』は美麻村で『その昔の有線放送の後継』として、地震などを含む災害対策として整備された。
有線の『災害と維持経費の不安』に応えた。
『防災行政無線』と位置付けされ、『一番大事な村民への周知機関』だったから、いわば『村民への公式の連絡手段』として位置づけられてもきたし『最も村民の信頼を得てきた』と言ってもいい。
実際災害の『避難指示や避難勧告』に利用されたことも多い。
広報の中身は『公式のもの』だった。
『さわやかテレビ』の文字放送では『音声告知放送休止のお知らせで、『広報みあさ』は「機器の故障のため、ご不便をかけ、ご迷惑をかけます」とながれている。
無線の『広報みあさ』がながれなくても、別に不便でも迷惑ではないが(そんなことはないか?)『なにかあったらどうするんだろう?』という疑問はある。
そして『何か月も故障』とは『いまどき』、『どういうことなのだろう?』と思う。
市は、今大きな『情報整備』を進めている。
「屋外だけでは不便な方には屋内施設に補助金を出してやると」いう姿勢だから『市民を積極的に守る姿勢』は『?』で、『協働だから、自分や周囲で助け合え!』だから、「そんなことも関係するのかなー?」
行政は市民にとって遠い存在になって『行政に頼る気は少なくなった』し『支所も地域を守る気概』は『?』だ。
たぶん『施設が故障という報道は違う』と思う。
同じ宅内装置から消防署からの広報は入ってくる。
『市の情報施設整備に歩調を合わせている』のだろうが、それならば『そう言えばいい。』
姑息な手段で地区の市民を愚弄してはいけない。
行政防災無線のお知らせに責任を持ったり、その手間がいやだということなのか?
いずれにしろ『あまりに長い期間の故障の報道』には『信頼感はない。』
takeyamaの視覚もあやしくなったのだが『視覚に障害を持った高齢者は多い』はず。
『さわやかテレビ』も『文字放送に音声を組み合わせる』くらいの工夫はできないものか?
番組審議会では議論にならなかったのか?答申の様子の放送は物々しいのだが・・・
『広報みあさ』は美麻村で『その昔の有線放送の後継』として、地震などを含む災害対策として整備された。
有線の『災害と維持経費の不安』に応えた。
『防災行政無線』と位置付けされ、『一番大事な村民への周知機関』だったから、いわば『村民への公式の連絡手段』として位置づけられてもきたし『最も村民の信頼を得てきた』と言ってもいい。
実際災害の『避難指示や避難勧告』に利用されたことも多い。
広報の中身は『公式のもの』だった。
『さわやかテレビ』の文字放送では『音声告知放送休止のお知らせで、『広報みあさ』は「機器の故障のため、ご不便をかけ、ご迷惑をかけます」とながれている。
無線の『広報みあさ』がながれなくても、別に不便でも迷惑ではないが(そんなことはないか?)『なにかあったらどうするんだろう?』という疑問はある。
そして『何か月も故障』とは『いまどき』、『どういうことなのだろう?』と思う。
市は、今大きな『情報整備』を進めている。
「屋外だけでは不便な方には屋内施設に補助金を出してやると」いう姿勢だから『市民を積極的に守る姿勢』は『?』で、『協働だから、自分や周囲で助け合え!』だから、「そんなことも関係するのかなー?」
行政は市民にとって遠い存在になって『行政に頼る気は少なくなった』し『支所も地域を守る気概』は『?』だ。
たぶん『施設が故障という報道は違う』と思う。
同じ宅内装置から消防署からの広報は入ってくる。
『市の情報施設整備に歩調を合わせている』のだろうが、それならば『そう言えばいい。』
姑息な手段で地区の市民を愚弄してはいけない。
行政防災無線のお知らせに責任を持ったり、その手間がいやだということなのか?
いずれにしろ『あまりに長い期間の故障の報道』には『信頼感はない。』
takeyamaの視覚もあやしくなったのだが『視覚に障害を持った高齢者は多い』はず。
『さわやかテレビ』も『文字放送に音声を組み合わせる』くらいの工夫はできないものか?
番組審議会では議論にならなかったのか?答申の様子の放送は物々しいのだが・・・




プライドや見栄がドロドロの結果や関係を築き上げてる。
正直過ぎもよくありませんが、悪循環ももっとどうかと思いますよ。
情報が多過ぎます、原点に返る事が重要なポイントなのでしょうか?まぁいずれにしろ完璧は無理なんでしょう。
クソコメントばっかですみませんね。