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藤井神社のこと

 美麻づくり通信からお祭りについての原稿の誘い(依頼?)があった。
ちょっとまとめてみたのだが字数の制約があって収まらない。
最近は活字離れの風潮とかで長い文章は嫌われるらしい。
大幅に縮小するのだが、その前に元の文をアップする。
灯篭


 明治政府は『集落ごとにあった産土の神様』を『旧村単位に集める』ように命令した。時の権力者の宗教利用、明治42年。
 藤はその頃二重村の枝郷だったから、藤井神社も二重の水上神社に合祀されたのだが、祭神の系統が違うため本殿には合祀されず『鳥居をくぐった左側(今の護国神社)』に別に祀られた。

 その後、藤は行政的に青具区になり(小学校の学区が青具になったのが契機?)「いろいろ都合が悪い」から、二重の水上神社関係者の理解を得て今の鎮座地に帰ってきた。
産土の神様が元の場所に帰ったのは美麻では藤井神社だけだが、八坂ではもっと普通に行われたらしくて、八坂地区の神社(宗教法人)の数は『集落ごと』くらいあり、美麻の数倍もある。
今年の夏、熊がミツバチを狙って本殿の覆い屋を傷めたから、本殿を仮遷座して修理したのでその時確認したら、古い棟札に混じって、昭和22年9月27・28日にこの地に帰って遷座した記述のある棟札があった。

 当時の例大祭は9月27・28日だったのだが、勤め人が多くなって『休日の祭礼』を望む者が多いから、9月の第2土・日曜日を大祭の日としてきたが、今年は宮司の日程が重なったため繰り上げて6・7日が秋の祭礼になった。

 年に5回(6日)の祭礼がある。氏子総代は祭礼の都度『自分にとって一番グレードの高い装束』をまとう。最近まで和装で『紋付羽織・袴』だった。秋の祭りは『例大祭』として行われるから、宮司は一番格式の高い装束を身につける。

 祭礼は到ってシンプル。氏子全員(今は20戸)で、荘厳にお供え物をして神に感謝し、その後、それをちょっと多目のお神酒と共に『氏子全員が神と一緒に』いただくことだけ。集落内の神社だから道路交通法の制約はない。
『藤井神社の祭礼』とは『神事と直会のこと』で、付属物である『にぎやかし物』の類のことは祭礼と言わないし、通常はない。
 
 大祭には大幟を立て、前夜祭には氏子全員が手作りの灯篭をそろえて行列する。
宮司の祝詞は倭言葉だが、その旨をちゃんと奏上する。例年『灯篭の紙を張替える』氏子は多いのだが、今年は『灯篭本体を新調した』氏子もあった
大祭当日(昼祭り)には水上神社に合祀されていた名残で『水上神社の神輿巡行に使うのぼり』が3本出るが、幟の下にはちゃんと二重区と書いてある。

 大祭には神社本庁からの幣帛料、支部からの弊撰料も届けられるのだが、献弊使が訪れるほどの格式は従前から無い。

 今年は雨で幟などがぬれてしまって、総代会長が自宅の2回で乾燥して収納する憂き目にあった
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