敬老

9月15日は敬老の日。と言っても毎年祝日の日にちが変る。
『連休を人為的に作れば、出歩く人増え、全体の支出が増える。結果的に景気が良くなる』という『3段論法で祝日が9月の第2月曜と決められ3連休が誕生した。

基本的に、敢えて言えば、もともとこの国の『高齢者に対する畏敬の気持ちが怪しい』のかもしれない。
景気浮揚が敬老に優先する象徴的な出来事ではないか?

少子高齢化社会が強調され『一人の高齢者を支える若年層の人数』がたびたび話題になり、高齢者は肩身が狭い。

だから、後期高齢者医療制度は『高齢者は高齢者だけで保険制度を運営する』ようにと作られたのだが、今の高齢者と言われる人達はかって『高度成長する社会を支えてきた人達』だったことに気がついているだろうか?

今も制度は残っているはずだが、福祉年金と言うのがあって、明治40年頃以前に生まれたものには『負担なしの年金給付』さえあったのだが、そんな制度を維持負担した世代が『後期高齢者』と呼ばれる世代で、それら『かっての高負担』を『社会保険制度始め無計画に食いつぶした』ばかりでなく、ずさんな処理で政府自体が詐欺の一端をになった風さえある。

無神経な後期高齢者と言う呼び名も高齢者の尊厳を傷つけた。

道路交通法が改定(改正とは言わない)され、高齢者のもみじマーク設置が義務付けられた。

『もみじマーク』はそもそも論で恐縮だが、マーク設置者を回りが気遣うための制度だったはずで『それを設置していた方がお得ですよ!』だったのだが、『道交法で設置を義務付け』違反者を取り締まる方向は『高齢者を車社会から排除すること』に他ならない。
高齢者の車での事故があることは否定しないが、その率は決して高くは無いはずで、山での遭難事故の多くを高齢者(予備軍を含めて)が占める実態とは相当違うはずだ。

『法律で設置を義務付ける前』に『公共機関やスーパーなどで優先駐車帯をもうける』ことを義務付けるとかを先行すべきで、そんなことが今までの社会を支えた高齢者に対する畏敬だと思うのだが。

合併を契機に『公共機関(村)での敬老会』がなくなって、実態がちょっと『ん?』の『敬老会実行委員会』なるものが敬老会を主催することになった。
実施する主体が実行委員会であることは理解できても、主催する機関はもっと公的なものでないと『老を敬う事にはならない』と思うのだが。

敬老の日にその予備軍?が思ったこと。

comments

敬老の日は
年寄りを敬う日じゃなくて
「敬われるように老いる」
日でありたいと私自信は思っております。

90歳以上の老人の知恵は尊敬しますが、70そこそこの人はそんなに日本古来の知恵
を継承してないように思えます。

yuponさん
『立派な心がけで!』と言うべきでしょうか?
『名が体を現す』と言った国語は無いのかなー
『敬われるように老いる記念日』ではいかにも長すぎるし!

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