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炭焼きを

個人研究のテーマにしたものがいる。

炭焼きは昭和35・6年頃までに『業』としての使命は終わっている。
皮肉な話だが、炭焼きの現場にプロパンのボンベを運んで調理を始めた頃から急激に衰退した。
炭焼きの作業現場は材料を運ぶ手段が今とは徹底的に違うから『素材のある近くに作業所である釜を作った』し、その作業、特に白炭のそれは『炭を釜から出すタイミングが大事』だったから、夜でも朝でもしなくてはならなかった。
だから炭窯のそばに『居小屋』と言う『生活スペース』を造って生活した。男の食事つくりも普通のことで、便利なプロパンガスを使うことにもなった。
不便な『熱源産業の従事者』が『他の熱源を使う』事態になって、炭焼き事業は急速に衰退の道をたどった。

中山間地の山林は炭作りやまきへの利用だった。20年から30年間隔で利用したから自然に山は更新された。
若い林木はその切り口から自然に生えるものが自然に次世代の山をつくる。
いま雑木林は利用できないことから大木になってしまい、再生不能になって結果的に山が壊れてしまうので、木を切るから山が荒れるのではないのである。

炭焼きはもはや『業としては存在しない現状』から『新しい炭の利用』水分調整機能や臭気抜き機能に着目した利用や炭焼きの際できる『副産物の木酢液』の利用などが課題になっている。
だから炭焼きの研究は、業として栄えた『歴史や文化の研究』や『燃料としての炭以外の利用に関する研究』か『炭を焼いてみる体験』をするかに分かれるのだが、件の少年のテーマはどちらにスタンスを置くかが判らないからどうアドバイスをするか悩んでいる。

趣味としてはともかく業として炭を焼くものはもはや美麻には居ない。

中学生の頃親父の手伝いで木を切ったり、炭窯から真っ赤な炭を汗だくで出したり、また釜に木を入れたり、釜の口を石と泥でふさいだり、いろいろ思い出はあるのだが。
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