岳山に吹く風は!
毎日岳山に対面しながらつづるブログです。デザイン変更10月9日
学校のもみじが
自分で自分の「うかつさ」にあきれた。
学校への用事がないこともなかったのだが、うかつにも校門脇のもみじが切られていることに26日に始めて気がついた。
切り株からみて相当以前に切り倒されたようだ。
もみじは旧北学校にあったものが廃校に伴って梨の木峰の学校に移され30年の年月を過ごしていた。
北学校では児童生徒の昇降口の近くに有って日夜一緒だったし、ほとんどの者はそれに昇り降りした覚えがあるから統合学校への移植を喜んだ。
青具より標高が高いためか紅葉はより見事で、学校の四季の見事な写真を見たこともある。このところ少しいきおいが弱っていることは承知していたから皆心配はしていたが、最後のときを迎えるならそれに立ち会いたい者は多かったはずだ。もちろんtakeyamaも。
切り倒すにもそれなりの経費が必要だったはずで、そのためにももみじを使った記念品は出来なかったのかなー
表札でも作れば「引く手あまた」になったような気がする。
人によって「大事なもの」と「大事でないもの」の基準は違うからあまり断定的なことはいえないが「惜しい!」と思っている者がいることだけはわかってほしい。
体調を崩していたことがあったから「その間の出来事」で、「知らないのはtakeyamaだけ」だったら自分だけ我慢したらいいのだが。
学校への用事がないこともなかったのだが、うかつにも校門脇のもみじが切られていることに26日に始めて気がついた。
切り株からみて相当以前に切り倒されたようだ。
もみじは旧北学校にあったものが廃校に伴って梨の木峰の学校に移され30年の年月を過ごしていた。
北学校では児童生徒の昇降口の近くに有って日夜一緒だったし、ほとんどの者はそれに昇り降りした覚えがあるから統合学校への移植を喜んだ。
青具より標高が高いためか紅葉はより見事で、学校の四季の見事な写真を見たこともある。このところ少しいきおいが弱っていることは承知していたから皆心配はしていたが、最後のときを迎えるならそれに立ち会いたい者は多かったはずだ。もちろんtakeyamaも。
切り倒すにもそれなりの経費が必要だったはずで、そのためにももみじを使った記念品は出来なかったのかなー
表札でも作れば「引く手あまた」になったような気がする。
人によって「大事なもの」と「大事でないもの」の基準は違うからあまり断定的なことはいえないが「惜しい!」と思っている者がいることだけはわかってほしい。
体調を崩していたことがあったから「その間の出来事」で、「知らないのはtakeyamaだけ」だったら自分だけ我慢したらいいのだが。


