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大火

69年前の「藤の大火」のことは前にも書いたのだが(こちら)、久しぶりに叔父貴が来て、その時の話になった。

当時叔父(父の弟)は小学校の4年生で、「藤が火事だ!」と知らされ、由久保までとびあがって(この辺では走る事をとぶと言う)藤を見たら、和出池の家に火がついた、「稲妻が走るように火がついていった」「火元とは逆の方からだった(飛び越して燃えた家があるということ)」等と語った。

強烈な印象だったから記憶が確かだ。

土蔵づくりは火に強いことが特徴だが、takeyama家の土蔵はその時に「焼け落ちた」。件の叔父が到着した時はまだ燃え落ちていなかったそうだ。

叔父の父とその息子で叔父の兄(takeyamaの父)は土蔵に火が入るのを防ぐために唯一の天窓を閉め、隙間が無いように「生ミソ」を塗りこめ防御した。
「火がついて外から燃える」ことは想定できたのだが、周りの熱で「中から燃える」のは想定できなかった、とたびたび語った。
30棟を超える木造家屋でほとんどが「茅ぶき」だったから相当の熱量があり、いわゆる「蒸し焼き」状態になってしまって、「外からの熱」で土蔵が「爆発した」そうだ。その時の様子を生々しく語った。

親父は、「まだ新しい土蔵だったから大丈夫だと思った!」「あんな事なら持ち出せばよかった」「良い塗り物があった」等とたびたび話題にした。

「水をかけて冷やせば燃えなかった」のだが、消防ポンプが近づけなかった。南からからのポンプは「燃えている家」にさえぎられ、北からのポンプは「手前の土蔵に張りついて」来れなかった!。とよく言っていたが、叔父の話しも同じ。

土蔵の爆発を目の当たりにして相当びっくりしたらしい。中から火山の爆発のように火柱が吹き出す様はすごかったそうだ。

急いでも30分はかかる道のりを走ってきて、まだ燃え落ちない土蔵を見たのだから確かに「相当規模」の火災で、「名古屋のラジオ放送で知った」人もいたそうだ。

もう当時の惨状を語る人は少なくなった。来年は70周年。後世歴史を語ることを考えなければいけない責任を感じている。
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