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遺族会の行方

takeyamaは遺族会の会員だが、会員になったいきさつは前にこちら「靖国参拝」に記した。
そんなわけで会の歴史には「ちょっと疎い」のだが「むら」の最後の総会があって出席した。

合併で「公式」な会は消滅して、市の会に入るのだが、いろいろな議論のなかで「遺族会の性格」について考える事があった。

遺族会は「なかなかな会」で、相当な政治力があり、またそれを自己の哲学発露(ちょっと表現に問題はあるのだが)に利用している向きもある事は感ずるのだが、そう言ったものに関係なく、純粋に「梨木峰の忠魂碑を守る」性格もたしかに存在して、「むら」の遺族会会員が「新市の遺族会会員」へすんなり移行しにくい現実がある。

公式?の遺族会は、行政の組織等から「今の祖国繁栄の礎」の末裔として評価され、ねぎらいの行事等や、遺族年金(もはや2人だけ)や弔慰金(26人くらい)の対象にもなっているのだが、それらのルールの対象からは外れても、忠魂塔(平和の礎となっていればもっと素直になれるのだが)に氏名が刻まれていることを後世に引き継ぐ役割を感じている関係者は多く、新市の遺族会とは別に仲間づくりが必要なことも感じた。「むら」へ他から住所が移った会員は戦没者の記述がない現実もある。

takeyamaの小学生時代は忠魂塔は叢に倒されていた。その現実を今に伝える人は少なくなった。終戦後は「駐留軍に配慮」してか、「軍国主義復活への諌めの象徴」としてか「忠魂塔」は倒されていたのである。

そんな事を語り継ぐ責任もあるのだろうか。
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