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何とかの節句働き

『なまけ者は、お節句に働くような無様なことになる!』位の意味だが・・・

『地域自治』とか『住民自治』が『協働』などと言う『耳触りにいい言葉』とともに、今はもてはやされているのだが、昭和40年代までは『徹底した住民自治』だった。

集落の住民はほとんど農民だったが総じて貧しかった。
そして文字通り『身を粉にして働いた』。
とりあえず隣の親父がライバルで、それを乗り越えることが当面の目標。小さいながら競争意識が強くて、庶民の段階から社会主義が育ちにくい土壌が形作られていったのかもしれない。

農作業など『隣より早く済ませる』ことが最大の眼目だったから、それこそ『競争で働いた』。

行き過ぎた『働きすぎ』を抑えるために、集落では『休日をとり決め』た。

お祭りやお盆などはもちろんだが、農休みもあって、一日休み、半日休み、飯前休みと言うのもあって、これは朝飯前の農作業を休む協定だった。
朝飯前の農作業が当たり前だった。

その当時、お節句までに田植えを終わらせて、ゆっくり『農休みにする』というのが毎年の目標だった。

この辺りは年間行事が『月おくれ』で6月5日が『端午の節句』、ちなみに雛祭りは4月3日だったし、七夕は8月7日、余談だが8月13日からのお盆も月おくれなのだが、それが全国的に正規だと思っていて失敗したこともある。
『月おくれのお盆に帰省する、都会の人間が多く』なって、正規のお盆?がかすんでしまった例。

そんな時代の言葉が、標題で『なまけ者はお節句にも働く!』というやつ。

今は農作業も機械化されて早くなって、6月5日までずれ込むことはないのだが、4畝ほどの棚田を復活しようとたくらんで、ちょうどお節句に田植えをする羽目になった。

文字通り、『何とかの節句働き』と言う言葉を思い出した。
今や『農作業は単なる経済活動』では持たない。
文化やレジャーの類にしないと継続しない。

『持続可能な棚田維持』がテーマ
30年ぶりに復活したわかたの棚田
棚田復活
援農者のブログを紹介。
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