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新聞に書いてあった!

もう『おふくろが死んで30年以上』過ぎた。

近所の老婆とよく『新聞で見た!』と言って『とんでもない情報!』を伝えてきてびっくりしたことが多かった。

新聞は新聞でも『新聞の広告欄に載った週刊誌の広告に載っていた!』よ言う話。売るための広告だから時に大げさになっていることが多くて、ちょっと『ん?』と言うようなものもあった(と思う)。
まー、芸能ゴシップの類が多かったのだが・・・

週刊誌の記事を『あんまり信用してもまずいのかなー』などとずーと思っていたのだが・・・

最近こんな週刊誌の広告が載った。
2月4日の週刊朝日。

この週刊誌の親会社はもちろん朝日新聞だが・・・
そちらの方はずいぶん感情的な、意図的ではないかと思うほど『政治と金』で『小沢疑惑報道』を連続している。

特に検察機関がする起訴と検察審査会による起訴を同一視して、ことさら強制起訴などと言う言語を作っている。
もう何度も『起訴の性質が全然違うこと』は書いてきた。

罪があることを確信して、有罪を前提として、『罪に問うことが無理なものは起訴しない検察起訴』と、有罪か無罪か判らないが、『裁判で白黒をつけろ!と言う検察審査会の意見による起訴』を同一視して、離党や議員辞職にまであおりたてる論調は理論的には全くおかしい。

純理論的にそんなことを思うtakeyamaにとって、『親会社の新聞より、従来うさん臭いとしてきた週刊誌の記事の方が信用できる』のではないか?などと思う。
もちろん購入して読んだのだが、記事には納得した。
このことに関しては『朝日新聞より週刊朝日の方に軍配を上げる』takeyamaで、そんなことを感じ始めると、『新聞やテレビの報道をそのまま信じていいのか?』と最近時に思う。

『死んだおふくろの思い出』から感じたことなのだが、『感じたことを、そのまま口にする素直な人』だったから面白い言語があって、どうも近眼だったようで、ある時takeyamaの眼鏡をかけてテレビを見て、よく見えることを感じたらしいのだが、『ホーホー、こんなによく見える!』と同意を求めてきたのには参った。

ひょんなことから思い出した『おふくろの思い出』
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松の内

正月が終わった。
お年取りに『年神様として松を飾る』ことはもう何回も書いてある。

松に神様が降りてきて、年神様になるという。
その目印に門松を置く。

そしてそれがある間を『松の内』と言っている。つまり、その間が正月だというわけ。

一番叮嚀なのは15日までだったが、今は7日までが『正月』だ。
そして、7日に年神様が役目を終えて、その区切りが『おんべ』であり、『どんどやき』や『さんくろう』とも言う。
3日の夜までに『年神様をはずして、おんべをする地区が増えた』から頑固に伝統を踏襲して、『7日におんべをする』藤の方が珍しいのかもしれない。

年神様がいる間、基本的には正月に間、家を空けるようなことはしないし、仕事の類をすることもない。

takeyamaは以前役場の職員だったのだが、暮れにはまだ世間が『締めくくりのかきいれ時の28日』に仕事納めをして、新年4日が仕事始めだったが、まだ世間が動いていないから7日過ぎまではたいした用事が無く、儀礼的なあいさつに関係者が訪れるだけだったような記憶だけ。

マー当時は世間の景気が良くて、公務員の待遇がそれほどではなかったこともあって、住民は今より公務員に対して優しかったから、松の内は正月気分でまともな仕事はなかった。

そんな『正月の伝統の体験者』としては今年はちょっと『たまげた!』
学校の始業式が7日、市役所始め公務は確かに始まっているが、『松の内』だし、しかも8日以降は3連休だ。

『もう1日遅れればいいのに!』と思った。
特に山留生は気の毒。
ちょっと工夫すれば3~4日も休みが伸びる。

長い休み明けは『子供は1週間持たない!』から、すぐ休みになってもそうするのだと先生に聞いたことがある。
真偽のことは不明だが、『学校管理の視点』はあっても、『子供のことに配慮が無い』と思うのはtakeyamaだけでしょうか?

『松の内』のような『伝統』を通じて、『1年のけじめ』を通じて、子供は人間として成長することもあると思うのだが・・・ 

本当に弁護士資格があるのだろうか?

農学校を卒業した者が、東大を出て、現役中に司法試験に受かって、弁護士資格のある者に『いちゃもん』をつけるのは相当おこがましいのだが・・

夕方のテレビを見ていて驚愕した。
政治家は自分の都合で発言することは知っているつもりだが、菅総理のような、いわゆる市民運動家出身者がマー適当なことを言うのには『軽蔑の笑い』を浮かべるだけだが、弁護士資格のある仙谷官房長官(しかも法務大臣を兼務している)の発言にびっくりした。

例の『小沢政治資金規正法違反(の疑い)事件』について、強制起訴された場合は議員辞職すべきだというようなことを言った。
しかも『過去の例に照らして・・・』ともっともらしい理由で・・

前に『検察審査会による起訴』で触れたのだが、起訴の段階ではそもそも犯罪ではないのだが、検察審査会の結論を受けての起訴は通常のものとは大きく違う。

起訴は『裁判で判断してもらいたい!』と言うのが検察審査会の意見だ。

以下その時の意見(原文抜粋)
「検察審査会の制度は、有罪の可能性があるのに検察官だけの判断で有罪になる高度の見込みがないと思って起訴しないのは不当であり、国民は裁判所によって本当に無罪なのかそれとも有罪なのかを判断してもらう権利があるという考えに基づくものだ。そして嫌疑不十分として検察官が起訴をちゅうちょした場合に、いわば"国民の責任において、公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけようとする制度であると考えられる」。

この意見を、意図的に『普通の起訴と一緒』として国民に向けて発信するのは、ことを政治的に利用することで、とても法を守る専門家の言うこととは思えない。
弁護士の発言としてはおかしい(と思う)。

法律の素人が『国民感情!』に基づいてする発言を『法と証拠によって判断するように!』主導していくのが弁護士など法律家の役目ではないのか?
マー弁護士という職種を『単なる利益代弁者』としてとらえ、『法律を斜め読み』して『自己に有利なようにしていく職種』だととらえれば考えれば納得できるのだが、あまりにさびしい。

こんなことを感じる『仙谷発言』だ。
法務大臣の立場で政敵を葬る行為は民主主義の破壊行為だ。

そもそも憲法で保障した『3権分立』に逆らう『検察審査会制度』ではないか?
小沢起訴に先駆けた『行政不服審査』の訴えが、裁判所でいわば『門前払い』された。
だから行政措置ではないことになる。
そうだとすれば、いわば『司法機関が司法の場に訴える』ことになるわけで、中学校で教わった『3権分立』はどうなったのか?

『中学の公民』で民主主義を論ずるtakeyamaが変なのか?

風習の継続

お年とり(12月31日)をして、71歳になった。と言っても数え年での話だが。
数え年では生まれると1歳で、その年の12月31日が『お年取りの日』だから、それで年齢がひとつ増える。
だから満年齢とは最大2歳違うことになる。

今年のお年取りは産土様の『おこもり』で過ごした。

年末年始に神社の2年参りに対応して、神社関係者が神社に詰めることは各地にある。
神社総代(役員)が多くの場合対応する。
藤井神社(産土様)の場合はそれとは大いに違って、氏子の半分ずつがお宮に一晩中詰める。

だから住民全員(世帯1人)元旦の朝2年に1度は家にいないことになる。
地域の高齢化が進んで、5年くらい前から『順番に4人づつの当番制』になった。4年に1度位に負担は減った。
今年はその当番年だから、久しぶりに布団に電気毛布を忍ばせて、神社に出向いた。

今年の相棒は『藤で生まれて、育って、婿さんを迎えた生粋の藤人』だから、昔からの風習に話が及んだ。

お籠りは『中学校卒業から我が家ではtakeyama』が担当したから、もう50年を超えるのだが、当時とは大違いに環境がよくなった。

隙間のある床に茣蓙を敷いて、表に戸はなく吹きさらし、暖房は大きな囲炉裏だけで、一晩中火を焚いた。
火の粉が飛んで、布団の煙で目が覚めたなどいう笑ってしまう話もあった。
それでも当時は皆元気で、お神酒を飲んで夜を明かし、花札やトランプをして過ごした。
家では威厳のある家長を演出していても、たまにはハメをはずしたいこともある。
そんな機会だったかもしれない。

今は正面はアルミのガラス戸、床は絨毯、温度設定したストーブで、電気シーツ入りの布団で上着を脱いで、靴下もはかないですごせる。

そんな中で、相棒の婆さんと風習談義をした。
相手は地域で生まれ育って、婿養子を迎えた身だから過去の風習に詳しい。

藤には、1月1日には『お酒を飲まない!』『餅を食べない!』習慣がある。
いつからなのか?何でなのか?
昭和12年の大火以前からあったとのこと。
なんでも地域に疫痢(赤痢)が流行って、藤にそれを入れないために『産土様に願をかけた』のだという。

科学や医学の進歩がなかった時代のことで、神様にすがって、いわばその代償で、『楽しいことを我慢』することとして『元旦の酒と餅を絶ち』、『苦労をすること』をいとわないことを示すのに『寒空の神社のお籠り』を選択した。

その効果はともかく、よく集落一致して行動できたものだと思う。
そんなことを通じて『集落の団結』は保たれ、周囲が認める『まとまりのある藤地区の評価』を得てきたと思う。

近頃そんな風習の継続が怪しい。
『形だけつながって』はきたのだが、その意義を認めていない者が増えたし、その意味することを子孫に語り継ぐ大人も少なくなってきた。
嫁さんは地域外から嫁ぐし、アイターン者に積極的に風習を押しつけるものはいない。

それでも、地域固有の文化は、後世につなげて行きたいものだ。

という状況で、こんな投書が目についた。
正月の風習
実はtakeyama家にも似たような風習があった。

祖父は相当な頑固者で『囲炉裏の横座(正面の上等席)をいつも確保』していた。
当時調理する火力は囲炉裏が主体だったのだが、元旦(朝)にはそこをしっかり掃き清め、一番先に点火する役目は家長である祖父の役目だった。
そして『いつかお前の番になる』と、いい聞かされてきた。

今はガスや電気のスイッチを入れるだけだから、いつの間にかその風習もなくなって、寝正月を決め込んで連れ合いにに起こされる始末だ。
親父はマーそれをひきついたが、takeyamaはその経験はない。

そんな身分では『地域の風習消滅を嘆く資格』はないのかもしれない。

結婚してもう40年近いが、12月6日に結婚して、もうその年取りの夜に『お籠りで家を空け』、『1月1日にお屠蘇はしない』、『1年のけじめはどうつけるの?』と連れ合いにあきれられ、変なところに嫁いだものだ!とあきれられた思い出がある。

謹賀新年

年賀のあいさつが遅くなりました。

年賀状を公開
23年賀

今日の岳山に新春分を追加、山小屋ではなくて自宅の2階です。
今日の岳山
今年の目標、復活再生を、雪の下で待つ『わかたの棚田』,11:2:2
11;2わかたの棚田  23年新春 自宅2階から山小屋風 1月3日朝 山小屋?  夕焼け(22;10:29)庭から鹿島槍を 夕焼け 鹿島夕日
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