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10年の歳月は

長い。

10年前のタイムカプセルを開くために大勢集まった。10年ぶりの再会で誰だか判らなかった子供(かっての)いたが、トシヒロやヤスヒロはたびたび会っていたから問題はないのだが、ケースケは身長が倍くらいになったような気がした。一番まじめだった彼は中学1年の「生活ノート」をいれてあった。
当時の事が書いてあるはずで、「農家」の事をどう書いてあるのか興味があったが「見せてはくれなかった」、サトシは来なかった。消息のわかる方は教えてください。


「女のこ」の変わり方の方が激しくて判らなかったが、お酒を飲んでリラックスしてくるとだんだん当時の面影が浮かんできた。話しているうちに結構昔に返る。親は名前が出ては来ないが結構な美形が「白髪」になったりしているが極端には変わっていない。楽しいお酒だった。遠くから集まるから、各地の地酒が出て、新潟のお酒が美味しかった。

今度は「5年後」に開けるようにまた埋めるという。まだ元気でいられるとは思うのだが。
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タイムカプセルを開く

10年前の山留生が当時埋めた「タイムカプセル」を開く。前に話題にした。(こちら

今日(29日)、午後3時、やまなみ荘(センター)。

当事者はもちろんだと思うのだが、父母も(の方が?)盛りあがっている。

美麻や八坂の全国に散らばる「応援団」だ。

会の雰囲気は後で報告します。「この人の消息?」を知りたい方は急いで連絡してください。この場所を情報交換に使っても良いのです。

山留の映像を発見したから

お知らせします。(こちら

ポケットニュースからの借り物です。(こちら

美麻テレビの取材・放映を担当していて、美麻テレビに山留生はたびたび登場します。

メールフォーム

管理人(takeyama)宛の通知や意見がある方があるようなので、右側の下のほうに「メールフォーム」を設置しましたから「ご利用ください」

「辛口だが大衆の面前ではどうも?」という意見や、「takeyamaへの情報提供」等に使ってください。

「コメント」の「管理人にだけ通知」でも同じことなのですが、「若干気になる事もあるかも」です。

地域づくり会議の発足

個人への文書での勧誘、CATVでのお誘いがある地域づくり会議の発足が予定されて、準備委員会代表の「下○」さんから「発足総会の通知」がある手はずになっている情報をキャッチした。

5月12日が予定されているようだ。

個人への通知に先駆けて「むら」に存在した各種団体に「申しこみ書」が送付され、「同意書」の提出が要請されているから「誰でも参加して良いのかナー?」等と気にしている人が多いと思うし、参加に逡巡している人が多いはず。

本来は地区民全体が「会議」に参加することが理想だが、「だらだら全加入」では「自治会」とかわりがないし、民主的な運営が確保されないから、「参加する意思をもった個人や団体」が「主体的に」地域づくり会議に「参加」し、「運営する事」が大事だとの共通認識になって、「ちょっと手間のかかった」発足総会になる。

団体の「同意書」はちょっと違和感があって、「加入に同意する」形式より、やはり「参加を申し込む」形式の方がよかったと思う。こんな事にこだわるのがtakeyamaの変な癖で、なかなか直らない。

5月12日はあいにく都合があって出席はできないが、「会議に加入する事」は「個人」として、今日事務局に申しこんだ。「山留の会」はもう少し内部討議を経なければ参加できないのだが、今回の農家の掘りだしの経過(こちら)から、「参加したほうが良い」と思ったので「その方向」で検討したいと思う。

参加を検討している方は大勢参加したほうが良い。「そのほうが得」だと思う事が良いのだが。

藤友会は参加を決定した。

緊急の課題は「地域情報としての、身近な行政がらみの情報発信」だと思う。
支所は、情報発信をしないから(本庁への遠慮だと思う)それに代わるものとしてやれば良い。

近頃、ウェブ上ではポケットニュース(こちら)がやってくれているが、「地域情報」として「認知」されたものになったほうが良いし、活字情報の発信はより重要だ。八坂の支所だよりの情報(こちら)もある。

テレビ電話と山村留学

「山村留学と言う言葉」と「山村留学という制度」はちょっと乱暴な言い方をすれば「規定」がないから、それこそ「かって」だ。

最近はある程度重要視されて来たからもうちょっと収斂されてくるだろうが。

今日の「○○タイムス」に、小谷の山村留学に「お金」と「テレビ電話」が寄付された記事が載って、随分好意的に報道された。

村が「学校統合に伴って山村留学の必要がなくなった」として補助を打ちきることを決定したのだが、必要性を認める住民が(一般からの助成を得て)山村留学を継続することになったから何かと話題が豊富でマスコミに登場する事が多いのだが、「テレビ電話寄付」には「ちょっと?」のtakeyamaです。

山村留学が「親から提供される費用だけでは決して運営できない」ことは「厳然とした事実」だからいずれそれ以外の応援が必ず必要だ。(こちらも

冒頭指摘したように、「山村留学制度」には「固定した決まり」は無いから、公的な支援では問題は起き難いが、「私の支援」になると「その人のポリシー」が必ず表面に出る。

takeyamaは里親との電話(もちろんテレビ電話はない)はもちろん、封書での実親との連絡は遠慮してもらっている。連絡は緊急の場合以外「葉書だけ」になる。

いろいろ意見はあるのだが、「育てる会の山村留学」は「一人一人が生きる力をつける」ことだと思うから、「子供は親離れ」「親は子離れ」が必要だ。

「封書は禁止!」というと「異議を称える山留生」は必ずいるが、知らない人同志が一緒に生活する場合は必要!」というと「我慢する者が多い」

農家の「ちょっとした厳しさ」を演出する上で「案外重要だ」と思ったのが10年の経験。もっとも「猛者」がいて、親子の連絡に「異国語」を使われれば「どうしようもない」という農家もいたのだが。

「煮て食う」つもりも「焼いて食う」つもりもないが、親の「ある程度の覚悟」がないと「育てる会の山村留学」は成り立たない、と思うtakeyamaです。

山村留学は「やり方がいろいろある」から「よく選んでほしい」と思う。

離れていると親子の関係は「良いとこどり!」になりがちだが、「親もがんばってほしい」というのが、山留農家30年の「スワの父さん」がいつもいっていることです。

合併後の新市では、2000万円位の財政支援の予算は議決されているから、今度は「一定の成果を生み出す努力」をしなければならない。(こちら

大○が笑った

小学校の3年生で「山留」を決意した大○。

相当気負いがある。某テレビ局の取材があってそれが強調された。

答えがなんとも優等生的だし、何をしてもいやに「しっかりしている」が、昨日の朝は、部屋から降りてこないから迎えに行った。取材には表情がない。

1日過ごして、朝飯の後「イタズラして来い!」といったら始めて笑った。

ようやく帰ってきて「自分から話しかけて」くる。「声も大きく」なった。「表情も豊かに」なった。takeyama「の足の間にも」座った。「未○さんが一番の友達になった。」という。

公○と卓○は毎日「音読」の宿題がある。公○は母さんを捕まえて音読をする。卓○はtakeyamaにそれを求める。そんな違いが「面白い」し、「注意」がいる。

真○は継続生のせいかリラックスしている風。

農家と山留生は、「たがいに間合いを測っている状況」がしばらく続く。

大火

69年前の「藤の大火」のことは前にも書いたのだが(こちら)、久しぶりに叔父貴が来て、その時の話になった。

当時叔父(父の弟)は小学校の4年生で、「藤が火事だ!」と知らされ、由久保までとびあがって(この辺では走る事をとぶと言う)藤を見たら、和出池の家に火がついた、「稲妻が走るように火がついていった」「火元とは逆の方からだった(飛び越して燃えた家があるということ)」等と語った。

強烈な印象だったから記憶が確かだ。

土蔵づくりは火に強いことが特徴だが、takeyama家の土蔵はその時に「焼け落ちた」。件の叔父が到着した時はまだ燃え落ちていなかったそうだ。

叔父の父とその息子で叔父の兄(takeyamaの父)は土蔵に火が入るのを防ぐために唯一の天窓を閉め、隙間が無いように「生ミソ」を塗りこめ防御した。
「火がついて外から燃える」ことは想定できたのだが、周りの熱で「中から燃える」のは想定できなかった、とたびたび語った。
30棟を超える木造家屋でほとんどが「茅ぶき」だったから相当の熱量があり、いわゆる「蒸し焼き」状態になってしまって、「外からの熱」で土蔵が「爆発した」そうだ。その時の様子を生々しく語った。

親父は、「まだ新しい土蔵だったから大丈夫だと思った!」「あんな事なら持ち出せばよかった」「良い塗り物があった」等とたびたび話題にした。

「水をかけて冷やせば燃えなかった」のだが、消防ポンプが近づけなかった。南からからのポンプは「燃えている家」にさえぎられ、北からのポンプは「手前の土蔵に張りついて」来れなかった!。とよく言っていたが、叔父の話しも同じ。

土蔵の爆発を目の当たりにして相当びっくりしたらしい。中から火山の爆発のように火柱が吹き出す様はすごかったそうだ。

急いでも30分はかかる道のりを走ってきて、まだ燃え落ちない土蔵を見たのだから確かに「相当規模」の火災で、「名古屋のラジオ放送で知った」人もいたそうだ。

もう当時の惨状を語る人は少なくなった。来年は70周年。後世歴史を語ることを考えなければいけない責任を感じている。

山留生が来た

農家対面式があってそれぞれの農家に山留生が入って、今年の山村留学が本格的に始まった。

農家は4戸。

つ○○(中3)、祐○○(中2)、翔○は、「吉○家」
女の子3人は、「酒井家」
壯○、ひ○○の中2は「松○(新)家」
takeyama家は、真○(中1)、卓○公○(5)、大○(3)の4人

対面式の前の松○さんの「自己紹介」は出色。「自分の子供を通じて山留生は理解していた。一度はやりたいと思っていた。」とのあいさつは新鮮。
このところは「頼まれたのでし方がなく」がもっぱらだったから。
山留が地域に受け入れられていることを実感できて、理事長以下感激の様子。新農家の「松○夫妻」に敬意。

「山留の大○(小3)を追っているテレビ局があって、1日中取材。自然な姿を捉えてほしいのだが。

小3はやはり心配。なかなかしっかりしている。気負っている事が見え見えだが、心を許してくれるだろうか。
姉が「田○さん」のところにいたから自分もそこに入るつもりでいたのだが、今年「田○家」はお休み。「姉さんもこのコタツに入った事がある」といったら、少しは安心したのかな?

通学が楽になって喜んでいた。学校まで2.3キロくらい。40分は歩く。今日は下見。

元気な男のだから、今年は「イタズラに注意」かな?。まだ畑には作付けしてないから安心だが、夕方は相当にぎやかだから要注意だ。

笑顔と元気で町づくり事業

元は例の1億円を原資として始まった事業だが、17年度で使いきってしまって今年は終了をする事を予定していたようだが、今年も継続する事になって「公開審査会」があって見学してきた。

「役所は先導しない」で、「住民の側がやりたい事にお金を出す。」「住民等選抜された委員がその可否を決定する。」マー「ユニーク」な事業だが、なかなか人気が高い。(こちら

継続中のものを含めて、17の事業・団体がプレゼンテーションを受けた。

時間を区切ってPRし、審査委員の質問を受け、再アピールタイム、審査結果を受けて落選者による敗者復活戦まである本格的なもの。

それぞれが「必要性を訴えていた」が、プレゼンテーションの方の技術にかなり差があるし、審査員の方が本当に妥当なのか?気にもなったが、最後まで付き合いきれなかった。

「むら」から参加した「静の桜付近の環境整備とその活用を図る事業」は「採択」されて、「市から応援される事になった」と会長のtutakiyaさんから連絡があった。

棚田復活、耕作放棄解消による環境整備、農作物や加工品の対面販売交流、興味があることが多くて、次年度対応で見学したのだが、参考にはなった。

早くから合併後を見据えた活動をしている「八坂」からは多くの団体事業が提案された。地域の対応が随分違う事を実感した。

なんとなく見当はついたからじっくり対応したいのだが、次年度はどうなるのかナー。1500万円位の事業で、「話題性」はあるのだから早く「方向性」は示してほしいし、早く結果を公表してほしい。

タイムカプセルを開く

美麻の山村留学が始まって14年になる。

takeyamaは4期目から始めたから10年の農家経験だが、4期目の山村留学生がタイムカプセルを埋めてあって、4月29日にそれを「開くから出てはどうか?」とお誘いがあった。

当時は「教育委員会」に勤務していて、始めたばかりで「中学生は不安だ!」という農家だけだったので、中学生の男の子を4人預かったのが「育てる会」の山村留学に付き合ったはじめ。

始めてだったためもあり、印象が強いから良く当時の事を覚えている。

終わり際に母さんが怪我をして、修園のつどいはtakeyama一人で、「ニシンと凍み大根の煮物」を作って参加した事も鮮明に覚えている。

当時の実親とは今も付き合いがあり、みんな「美麻の応援団」だから、地域として山村留学の効用を感じてるtakeyamaです。

もう時効だが、「たばこを持っていたら言って来い」といったら15分で白状?した「かわいい」ところもあったし、学校から逃げて帰って2階に「マルマッテ」いた事もあって、怒ったのだが「逃げてくるところがあって良かったなー」と思ったことも覚えている。

もう成人して社会人になっているから、昔と逆に「いたわられる」立場にもなった。まだ威張ってはいるのだが。

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すこし「ほろ酔い」で

投稿するのだが、すべったらすみません。

このブログの対象は限定しているのですが、アメリカとカナだに固定した読者がいました。

このところ「たて続きに」会う事が出来ました。

「ゆう」は不幸な事で、akiさんには両親宅への帰省に乗じて。

知らない人とのつながりや、とんでもなく離れてもつながる不思議さに「びっくりしている64歳」です。

「ゆう」は元気を装っている。皆さん応援してください。

akiさんとは初対面だが「何か不思議」な感じだ。「毎日最初に閲覧している!」に感激。両親に「顔つなぎ」出来たのも「収穫」。

今日は藤の大火を記念して、それを「何時も思い出して諌める」ための「お祭り」でした。もう69年になりました。美麻テレビの取材(こちら)があったから「放送されたら面白い」と思っているtakeyamaで、だから「ほろ酔い」なのです。

こちらは「こうほう美麻です」が

「随分聞きやすくなった。」と思いませんか?「普通の話し言葉」に随分近づいてきたとtakeyamaは思います。

いわゆる「てにをは」がうまく使われてきています。

以下例題。「悲しみのお知らせ」

○(地名)、○(地名)、○さん父、○さんが・・・今まで
○(地名)、○(地名)「の」、○さん「の」父、○さんが・・・今回
「の」が入っただけで随分違う。

ズート違和感があったのですが、あんまり初歩的な事で「言うのがはばかられて」いたのです。随分すっきりしたと思います。お知らせの原稿が直ったのか、読む人の感度なのか、いずれにしろ「合併の効果」なら「歓迎です」。

広報美麻(行政無線)は「話す」広報ですから、「自分が聞く立場」になって「原稿を作り」「話す」ことが重要です。美麻テレビの「文字放送」の原稿とはおのずから文章の構成も違うはずです。

「○歳を対象に実施しています○を・・・」等と言う事が結構あるのですが、息を継ぐタイミングが違うと「意味が伝わらない」ことがあるから注意してもらいたいし、そもそも文章の構成に問題があるかもしれません。

今の担当者は「そんな事に気がついているむき」があるから期待して、敢えて投稿しました。

地域情報の発信

合併後の地域情報の発信に「支所」の「姿」が見えない。本庁のことが気になって情報の発信を遠慮しているのかナー。

ポケットニュースが、CATVからの情報などを発信してくれて重宝している。(こちら

メンドシーノへの児童訪問の日程や訪問団の内容も知らせてもらった。(こちら

メンドシーノへの訪問は、旧「むら」人の関心が高く、形は「実行委員会」で、行政から分離はしているのだが、「実行委員会」が独自の収入を得て活動する組織になってはいないはずで、ある意味「行政そのもの」であるとも言える。その思いがあって、訪問団の団長に行政のトップを据えたのだと思う。

マーちょっと矛盾もはらんでいて、正確な報告がないから公開してもどうかと思うのだが、交流の実行委員会のトップはもと村長の吉○さん、現在は「悠悠自適」。

使い分けが見事と言うか、ご都合主義と言うか。

参加児童が決定している。合併で遠慮して?補助金を減額して要求した事もあって、参加負担金が毎回上がり、「公が人づくりのために小学生を全員訪問させる」意味が薄れてきているから、参加児童の負担軽減(引率者の負担軽減ではなく)を住民の一人として配慮したほうが好いかな?と思ったことがあったのだが、「訪問を大々的に公開して、事業に多くの住民参加を求める」方向にではなく、「ソーっと市民の話題にはならないように!」する姿勢が見えるから「遠慮して」おく。

でも「公費をちょっぴりいただくから、市長と議長は訪問団のトップに据える」のだから「そうでもないか?」

「市民の感情」と「市長」「議長」は必ずしも一致しないと思うから「得たものも大きいが失ったものもある」ことは「自覚」したほうが好い。

市の議会で「市長の姉妹市への訪問費用」に関する質問に、「とりあえずは規定の予算で対応し、不足する場合は補正予算をお願いしたい(支所長)」との答弁があったときにちょうど傍聴していたから報告しておきます。関係の皆さん参考にしてください。
「市長他2人ほどの訪問費用は市の旅費から支出し、その分は児童の負担軽減に」等と言ったら関係者に怒られるかなー。

議会の議論の際には児童の訪問団に同行するとは思わなかった。
激職の市長に1週間子供に同行するような暇はないから、別途姉妹市への調印公式訪問のことだと思ったのだが、「再び立候補はしない」ので楽になって同行することになったのかナー。「死に体」になった市長なのだが。

議会総務文教委員会の視察で

ご一行様が美麻八坂の視察にお出でになった。

市の「議会だより」が住民宛に配布されたが、結構「この地域に厳しい議会」だと感じた住民は多いと思う。

ぽかぽかランド前の橋の事、梨嶺線は18年度でやめる事(今の広場の分だけでやめる)が条件で予算は可決されたし、支所機能を持つコミュニティー施設は大幅な計画見なおしが前提だ。

視察の場所に「支所」が入っているようだからそれらが視野に入っている事は明らかで、十分実情を把握してほしい。

とかくハードの計画に議会は目が行くようだが、地域で必死に守ってきた教育環境を学校を含めて見ていってほしい。

他の事業を押しやる形で継続した「メンドシーノ訪問」や「山留留学生を受け入れた人づくり事業」、自校での給食にこだわったり、スクールバスの運営を工夫した児童の健全育成等を通じて、教育環境の評価は比較高くなった現状も正確に把握するよう充分視察研修して、市の教育に活かしてほしい。
そして、合併の現実によって学校の維持発展がより重要になった現実も感じて帰ってほしい。

市の議会の一般質問放送を見て、「正直期待はずれ!」を感じた「むら」人が「多い」ことも事実で、旧議事堂の放送環境を見てほしい「議事公開の実情」を感じてほしい気持ちもある。

随分初歩的な「公金流用事件」があって(こちら)旧「むら」はそんな事をどう防止していたか「会計システム」の視察も重要だ。

合併を機に支所の夜間管理が「緊急事態に迅速には対処できず、情報漏洩の恐れがある外部委託」に移行したこと、根拠がわからない資格論議を展開し、合理性を欠く嘱託職員採用の問題も視察してほしい。役にたったとは言えない「村議」だが、一定の役割があったのだろうか?

「むら」は上に「なにか」がつく「正直」だから、随分話題を提供してあり、議論しやすい状況を提供したことを「反省した方が好いのかナー」。

山留、農家の始まり

山村留学の里親農家がピンチです。

Tさん・Mさんが体調不良で農家が出来ない。農家の希望者はもとより、心当たりがある方takeyamaあて連絡ください。...
ピンチ



ようやく今年の里親が決まってほっとした。

教育委員会がなくなって、議会もなくなって、「農家自らが農家を探さないと山留が出来ない」現実を「いやと言うほど」味わった。

Mさんが「やってみる」といったときには、ここ3日ほどの「もやもや」が吹っ飛んだ。去年まで中学生の子供が居たし、祖母は居るし、里親としての条件は「最高だ!」と思うから結果としてはよかったのだが途中は何人にも断わられて大変だった。

新「山村留学推進協議会」の立ち上げが遅れていて「まずいナー」と思っていたのだが「現状の把握」があまかった。

「簡単に他人の子供を預かるのは大変で出来ない!」おおぜいの人に言われたが、10年続けたtakeyamaもはじめはそうだった事をあらためて思いだし、「初心に返る」ことをあらためて思った。

23日は農家対面式、12人の山留生の農家生活が4戸の農家で始まる。見守ってください。

遺族会の行方

takeyamaは遺族会の会員だが、会員になったいきさつは前にこちら「靖国参拝」に記した。
そんなわけで会の歴史には「ちょっと疎い」のだが「むら」の最後の総会があって出席した。

合併で「公式」な会は消滅して、市の会に入るのだが、いろいろな議論のなかで「遺族会の性格」について考える事があった。

遺族会は「なかなかな会」で、相当な政治力があり、またそれを自己の哲学発露(ちょっと表現に問題はあるのだが)に利用している向きもある事は感ずるのだが、そう言ったものに関係なく、純粋に「梨木峰の忠魂碑を守る」性格もたしかに存在して、「むら」の遺族会会員が「新市の遺族会会員」へすんなり移行しにくい現実がある。

公式?の遺族会は、行政の組織等から「今の祖国繁栄の礎」の末裔として評価され、ねぎらいの行事等や、遺族年金(もはや2人だけ)や弔慰金(26人くらい)の対象にもなっているのだが、それらのルールの対象からは外れても、忠魂塔(平和の礎となっていればもっと素直になれるのだが)に氏名が刻まれていることを後世に引き継ぐ役割を感じている関係者は多く、新市の遺族会とは別に仲間づくりが必要なことも感じた。「むら」へ他から住所が移った会員は戦没者の記述がない現実もある。

takeyamaの小学生時代は忠魂塔は叢に倒されていた。その現実を今に伝える人は少なくなった。終戦後は「駐留軍に配慮」してか、「軍国主義復活への諌めの象徴」としてか「忠魂塔」は倒されていたのである。

そんな事を語り継ぐ責任もあるのだろうか。

職員の公金流用

新聞に「公金着服」の記事が載った(こちら)。S紙は13日、市の発表前、O紙は14日付けの紙面で、市の3役他5人ほどが「最敬礼」している写真を載せている。

市議会議員の報告はこちら

S紙の記事は概要を伝えただけだから、報道の形態から推察するば、「市の関係者は分かっていた」のだが「新聞にすっぱ抜かれたから仕方なく事実を公表するはめになった」事がうかがえる。「未来のある青年だから」を自己保身の材料にしてはいないか?

もちろん「悪いことをした人間」が一番悪いのだが、この事が「3月まで発覚しなかった事務体制」だという事の方が「大問題」だと思う。

健診の一部負担金を着服したとのことだが、一部負担金の徴収にしっかりしたルールが出来ていないのではないか?

健康診断の費用の一部負担だから一件あたりの金額は微々たる物のはずで、450万円の金額は相当の件数になる理屈だから、年度末まで「誰も気がつかない」事態は深刻だ。「制度設計の責任者出て来い!」だ。

多分、「雑収入」の扱いで、「お金が収入にならないと帳簿に載らない」かっての「むら」のシステムではないか?
これだと「その他」の収入と一緒の「どんぶり勘定」だから件の収入の現状がわかりにくいから「ばれなかった」のか。しっかりした規定がないから「担当者の胸三寸」で「負担額が決まり」「政策の立ち入る要素がない」し条例はともかく「規則くらいの制定」は必要だ。

「市からあてがわれていた公用アドレス」で「いかがわしいネット取引」をした事もまだ忘れられていない。その時の責任のとり方も「未来のある青年だから穏便に!」だった。「事実をしっかり受け止める姿勢」が再発防止につながるのでは!

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7対28

ゴミの収集方法が変わって住民はまだ戸惑っている。

金属類の収集日で各ステーションに集まっていた袋で収集できないものが28袋、収集出来たものが7袋の状況は「ちょっと悲惨」。

法律(容器包装リサイクル法)に基づいた分別と、ゴミ処理が一緒だから「なかなか判りにくい」し、今までのゴミ処理が身についているから上手くいかないこともある。

リサイクル法によらない「有価物」もあるわけだが、その時々の「ゴミの景気動向」もあって、正規のルートより有利な有価物(資源)もあるとの話もある。

自治会での住民説明会には参加したが、参加者は多くはないし、自治会と役所の関係も「ちょっと責任分担が不明確」な気はする。分別方法はもう簡単に変更できないから「旧集落ステーション」単位での学習が必要かな?

週1収集の「金属類」は「資源物?」「ゴミ?」

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ピンチ

山村留学の里親農家がピンチです。

Tさん・Mさんが体調不良で農家が出来ない。農家の希望者はもとより、心当たりがある方takeyamaあて連絡ください。

早ね早起き朝ご飯

天下の?朝日新聞の社説に(こちら)食育基本法に基づく「食育推進基本計画」が話題に上がっている。

「朝飯を抜く小学生をゼロに」するために「早寝早起き朝ご飯プロジェクトチーム」を発足させる。

ある会合で「食育」が話題になった時に、隣に座った高齢者(といっても昭和10年生まれだが)「なんだ?それ」と「食育」という「単語自体」がわからないと言った。

彼の人が「食べる事が教育と結びつくことがすんなりとは理解しがたい。」「食事は生きることの範ちゅうでであり、少なくとも学校の勉強や学習との関係はない、」といったのだが、「何時も食べることに汲々としていた世代」のtakeyamaには十分「納得」できる。

けれども「事態の深刻なこと」も「また然り」ではある。
1日の過ごし方はある意味習慣だが、朝飯を食べることが「当たり前」だとは言えない「生活習慣があるらしい」ことに気がついていたのである。

「山村たるこの美麻の地域」でも例外ではないと思っていたのだ。

山留生は、テレビが制限され、ゲームは勿論しない。冷蔵庫を勝手に開けることもない。お金は持たないし、「ストレスを発散させる術」は唯一残った食欲を満足させるだけだから「朝飯とてその例外ではない」
特に一学期はそれが顕著だから、takeyama農家では「一学期病」と理解しているが、これで「早起き、朝飯」の習慣が根付く。朝の日程が詰まっても「きちんと全部食べる」ので、「正直イラツク」こともあるのだが。

「学校には自分で通う」「遊びには自分で行く」こととあわせて、「文部科学省の先を行っている山村留学」ではないか?

そして「この地に山村留学が今必要な理由」だと「ひそかに思っている」のである。

本当は「学校の勉強」ではなく、「親と地域の課題」なのだが。

地域づくり会議への参加

地域づくり会議への個人参加を検討している方がいると思う。美麻テレビでPRもしている。役者の健闘に敬意は表わすが、「ちょっと面映くて」中身が頭に素直に入らないtakeyamaです。

前に書いたように(こちら)「会議」は「委員会」と違って誰でも入れる(住民でなくても)規約(案)だから、全部の住民が入ってそれぞれ得意の分野で自治活動するのが「理想」だと思う。行政自治には規定されてはいないから「特別な制約はない。」自分にとって楽しいことに参加すれば好い。自治会とはちょっと違う?

「地域づくり会議」の緊急課題は「地域情報の発信」だと思う。支所は行政情報の地域発信には躊躇している。「本庁の方向」が気になることは無理からぬと理解はするが、HPが更新されないのは「痛い」し、美麻テレビのスタンスも行政情報か住民の必要の知りたい情報の提供かはっきりしないところはある。

「行政情報」を「地域情報」に咀嚼して発信するために「地域づくり会議」を活用する「手」はあり、地域の行政関係職員の「住民としての参加」を希望したい。
支所としては情報発信はできなくても「地域づくり会議」として発信する分には支障がない情報が多いはずだ。

ポケットニュース(こちら)がその辺のところを最近補いつつあることは素直に評価するが、「一定の認知をされたもの」とすることも大事だ。

野猿

大町からの帰りに「弘法清水」のあたりで野猿の群れに会った。

彼らには道路交通法も交通マナーもないから、悠然と車道を歩いている。
こっちが彼らを「よける」状態。
親子連れもいたし、栄養状態も結構好い。
車を危険に感じていない趣があって「正直びっくり」だし、「困った事」だとも思った。西山に比べると被害の報告は少ないのだが、人里に近いから「これは大変だ!」とも正直思った。近くには「投棄されたゴミ袋」もあるし、人間との生活範囲を区分けしなければいけない。

今朝の地方紙には、東山を生活範囲とするグループが確認されているようだから「こちらにはお出でいただかない」ようにするにはどうしたら好いのか?

みんなが知恵を出す必要がある。

地域づくり会議

ポケットニュースに「地域づくり会議」のニュースがのった。(こちら

地域自治組織(takeyamaは住民自治組織と言っているのだが、なかなか定着しない)を「地域自治組織設立準備委員会」で議論した事を含めて整理しておきたい。

主に制度の面から

地域づくり委員会
 大町市の条例で規定されているから、市では「公式の地域自治組織」と位置付けているが、委員は「市長から委嘱」される。美麻分は推薦する者が決まっているこちら
市長から委嘱される「市の特別職」だから「厳密な意味での住民自治組織にはなりにくい」と思うtakeyamaです。「究極のガス抜き機関」になるかもしれない。委員を選挙的なもので選べば「住民自治が根付く」と思って提案した事もあったのだが、「あっさり、ボツ」になった経過もある。(こちら

地域づくり会議
 制度的には何の保証もないから、いわば「本物の住民自治組織」だと思う。呼びかけ人(準備委員会委員長○條さん)から、「山留の農家会宛てのお誘い」があった。「全住民に呼びかけるべきだ!」とは何時も主張するのだが、どうしても「全部宛て」の方が後になってしまう体質があるのが残念。しかも「会への加入を同意してください」とあって、少し「かちん!」としている。
本来は「申し込む」スタイルをとるべきで、「加入を前提」にして募集すると「自治」にはなりにくいと思う。
全住民を対象にした「呼びかけ」はあるはずで、もちろん人数の制約はないと思うし、自由参加だから「takeyamaは参加しようと思う。
市から補助金がある見込み(こちら
会議の事務局は支所の「地域振興係」がする予定。

公民館
 社会教育法に規定されているから制度的には住民自治ではなく、行政自治の一環だが、住民自治との境は微妙。行政自治が目指す「公民館の運動や活動」は、「究極のところ住民自治を促すことになるはず」と思うのがtakeyama流。

今年の山留生が決まった

6日には学校の入学式を控えて山留の入園式があった。

今年の山留生
   男      女
小3 1名(新)     
小4
小5 2名(新2) 1名
小6        1名
中1 1名
中2 4名(新2) 1名(新)
中3 1名
   9名(新6) 3名(新1)

地域の方には大変お世話になります。なるべく「自立したい」という子供達だから、見守ってください。

気にくわないことがあったら、「元気を出して世話をやく」役割が地域に求められていると思います。「山村の持つ教育力」を是非発揮してください。

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入園

山留生が決まって、5日は4時から「入園の集い」がある。

それぞれが「立派な覚悟?」を陳べるはずだが「忘れないで覚えてこようと思う」

詳細と感想は明日。

「むら」の方、「地域の教育力」を充分発揮してください。

かっての「むら」は「他人の孫でも平気で指導(怒った)」した。

変に「ものわかりの好い老人」だけには「ならないでおこう」と思う。

支所⇒出張所⇒公民館

合併に関する事務手続きの中で、市の公民館設置条例が一部改正されて、「美麻公民館」も設置された。

「むら」には、「施設(建物)」として「公民館」は意識されずにきて、「公民館」はもっぱら、「公民館運動」「公民館活動」として位置付けられてきた。いわば「民」に近い活動がその役割だった。

市は昭和の合併から、地域に支所が残ったが、それが出張所になり今は公民館だけが旧村部に存在する。市は「公民館の施設」を管理する「公民館長」を地域に置くことにしたが、施設の管理はともかく、実際の自治活動はその「分館」の行うところとなっているのが現状だと思う。

公民館は「れっきとした行政自治の一部」で、法律の裏付けもあるから「本来は住民自治活動ではない」のだが、「むら」は古くは「公」より「民」にウェートをおいた活動をしてきて、「建物(施設)を管理する」意識は薄い。

今まで見過ごしていたのだが、支所の玄関脇に「美麻公民館」の看板もかかっている。

表題のように、支所⇒出張所⇒公民館の流れを感ずるのだが。

美麻教育課長の公民館長から、係長の公民課長になったが、八坂は元助役が公民課長に任命された。著しい対応の違いも気になる。

いずれにしろ「支所の勢い」は急激に失われていく。支所の3課は実質上は2課長になり、教育委員会の支所には、実質上課長を置かない(兼務)。急激な「本庁管理」が進む。

その流れは予期していた事だが、進み方はかなり早い。住民自治の構築がますます大事になった。

デジタル化するテレビ

「美麻テレビ」の自主放送で「地上波のデジタル時代」を放送している。

「地上デジタル放送開始」には「美麻テレビが対応する」と「むら」人は予定してきた。「予算を議決」し「その方向で新市に引き継がれた」ことはお知らせしてきた。こちら

八坂の情報網整備に美麻の施設を使うのだが、デジタル波をとりこむ装置を造り、八坂の全世帯は負担を伴わずにデジタルテレビが見られるように(一般の加入負担はあるがこれから条例化する予定)なる。
「八坂のデジタル化負担なしの方向」に伴って、「美麻の分もデジタル無料化」とする事で、「むら」の時代に1800万円ほどの予算が提案され議決した。

八坂の情報網整備の工事は雪などで相当遅れ、目処がついていないが、仕事は八坂の支所の事業ではなく、新市の「企画課」に引き継がれ、「セットトップボックス(正式名は?)」を美麻の全世帯に「公で購入して無償で配置する」ことも同様である。

平成17年度のうちに仕事が終わっていない事は明白だが、契約が終わっていれば何時かは出来上がるし、予算を繰り越して使う事もできる。

年度が変わった今、明確な事実を公表しておいた方が好い。

もちろん事実を調査して公表する責任はかっての「むら」で予算を議決したtakeyamaにも在るから、しかるべき公表が無い場合は自分で調査してお知らしなければならない。

このことを問題にするわけは、市の議会を含めて情報網整備における、「公」と「個」がかなりの問題になっていると思うからで、「情報網を公で造る」ことは「大方の理解」はあるのだが、「宅内設備」の「公の関与に問題が生じている」からだ。

情報網整備には実は宅内の装置(地上波デジタルのためのセットトップボックスを含む)まで含まれている。八坂の情報網施設は全体で契約しているからわかりにくく、議会の議論でも「宅内施設」は「宅内配線」に限定されて議論されていたのだが、美麻の「ボックス予算」はそれのみの予算で「備品購入費」として「単独で予算措置」されているから「きわめてわかりやすくて議論されやすい」状態にあり、「個人で負担すべき」となりやすいからだ。

個人も市もむだな投資にならないよう、予定を含めて事実・状況を公表しておくことは大事だ。
今日の岳山
今年の目標、復活再生を、雪の下で待つ『わかたの棚田』,11:2:2
11;2わかたの棚田  23年新春 自宅2階から山小屋風 1月3日朝 山小屋?  夕焼け(22;10:29)庭から鹿島槍を 夕焼け 鹿島夕日
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