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批判者の立場で聞くこと。

このところの会議など、中身の劣化が激しい(と思う)。
事務用の器具などがものすごく進化して、会議資料の作成が容易になった。
そのせいだと思うのだが最近の会議など『資料は相当立派』になった。

その反動で(だと思う)、会議の内容、参加者が発する言語の方は『相当お粗末になった』というか、そもそも発言が無い(ような気がする)。
会議を主催する方は、本当に議論してほしい問題点を明らかにしない。というか、問題点が明らかにならないように装う(としか思えない)。
正しい情報は『批判する意見やそれに伴う質問』がないと、正しくは伝わらない(と思う)のだが、そういうものを排除する風潮が蔓延してきた(と思う)。

人生の3大テーマの一つに『腎臓病との付き合い』があることはもう書いてある。
ちょっと離れた病院で、その道の専門の先生にお世話になっている。
最重点は食事療法で、つまるところ『たんぱく質』の制限とそれに伴うリスク管理になるのだが、現在のたんぱく質の摂取状況を把握することが第一歩でかつ大事になる。
一日の尿を全部採取して検査することでたんぱく質の摂取量が判るそうだが、1日や2日の食事内容ではなくて、相当長い期間の平均になるからツケヤイバで対応してもダメ。だから、『日摂取量を指示』されている本人のほか、食事をつかさどるカミサンの方も戦々恐々としている。

で、年に3回、担当医の講演会がある。
相当『目からうろこ!』の講演会で、熱心な聴衆が毎回たくさん集まる。患者やその関係者ばかりでなく、医療や行政の関係者も多いようだ。

『腎臓病の患者に同情はしない。勝手に腎臓を壊して、社会の迷惑ものだ!』と言われたのには参った。
『腎不全の究極の対応である人工透析は、ものすごくお金がかかる。その費用の大半は周りの住民が負担する』というわけ。
そして、『だから、腎不全にしっかり対応して、透析を避けることは生産活動(と一緒?)だ!』と続けた。

そもそも『この先生の治療を受けるように!』と勧めたのは市の国保関係者で、『人工透析はお金がかかって国保会計が困る!』というものだった。一脈通ずるものがあるし、素直に理解した。
おためごかしに『透析は自分が大変ですよ!』などと言われるより、『社会貢献!』と言われたら『無職・年金者』にとっては『アーおれも社会の役に立つのか!』となって、けしておいしくない『でんぷん中心食』を食べる元気が出る。

講演は、『腎臓は治らない!』『進行を遅らせるのは低たんぱく食だが、エネルギー不足はいけない!』で、その実践のための話題が多い。

今回の講演、最後の質疑応答は感動した。

腎機能が減退すると代謝機能が衰えて、『高カリウム血症』になりやすい。
だから『カリウムを食事から減らせ!』『野菜は煮こぼせ!』と指導される。カリウムは水に溶け出すから相当カリウム摂取を減らせる!』というのだが、それを真っ向から否定して『生野菜で良い!、逆効果!』と、普通の医師や栄養士を強く批判した。
これに『現実に摂取量が減るのに逆効果!は説明不足!』と質問があって、『野菜を煮ると体積が大幅に減る。結局食べすぎる。カリウムは減っても過剰にとってしまうたんぱく質が禍になる。』と明確な答えがあった。

『タンパク質のない高エネルギー食材』として『でんぷん加工食品の効能』を述べるなかで、『でんぷんは高血糖にならない』と話した。
世の中は『高エネルギーで糖尿病が進む』と言われている。『結局最後は糖分にになるでんぷんが高血糖にならない理由を説明してほしい!』と質問があって、『急激に吸収される糖分が血糖を増加させる。ゆっくり糖分でんぷん食の効果だ!』と答えた。

いずれも若い女性の質問者だったが、講演を『ちょっとした批判者の立場で聞かないとできない質問だ!』と思った。そのやり取りの中で理解が深められて大いに助かったし、結果だけ断定的に聞くより、議論の途中経過に遭遇したら良く判ると思って感謝した。

人の話を聞く理解力が落ちてきている。気が付いたらご指摘願いたいが、もうしばらく批判者のスタンスを続けようと思った。

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母校90周年

5月28日、農学校が開校90年を迎えて記念行事があった。

記念事業は第2農場の日輪舎を登録文化財に指定してもらって、利用できるものに再生した。

もう卒業して50年だが、その時代は週1日(わがクラスは金曜日)第2農場で農作業があり、お恥ずかしい話だが、高校入学まで自転車に乗れなくて、第2農場への通学にどうしても自転車が必要だったから、月の明かりで練習した思い出もある。

第2農場での際、日輪舎は日常的に使っていたし、年に数回は合宿したこともある。
近頃使用が危険な状態だったらしいが、この際整備したことは、当時を知る者としてうれしい限り。

で、記念の行事だが、式典に欠席してしまって大失敗。

生徒会長が在学生を代表してあいさつしたようだ。
takeyamaは生涯ただ一回(もうないと思う)仲人をしたのだが、その夫婦の長男が生徒会長。

ちょっとした自慢話だが、takeyamaは昭和34年時、生徒会の副会長だった。
およそ50年の歳月を経て美麻から後継ぎが出て、しかもtakeyamaを乗り越えたことに感慨を受けた。

式典に出なかったので彼の挨拶を知らずに祝賀会の後グランドであったら帽子をはずして挨拶してきた。
小学校1年ころの作文で『スイカをいっぱい食べたい!』というのを見て、自分で作ったスイカを届けたことなどを思いだして、今の成長ぶりに感銘した。

子供の成長にはびっくりする。

もうひとつのびっくり話。

恩師(当時の担任)は母校の出身で、担任の後校長にまでなったから、今は同窓会の顧問になっているのだが、もう米寿に近いはず。
担任当時『ヤイヤイ、高校生が女の子と遊んだり、タバコを吸ったり酒を飲んだりするのはいいことじゃねーダゾヤイ』『もうちょっとコソっとやれヤイ』と何時も言って、『目が笑って』いた。
やんちゃな同級生(もちろんtakeyamaも含んで)を守るために『職員会等で、大分奮闘した』ことは、卒業の後知った。

その担任に祝賀会であったのだが『近頃足が弱くなってしまって、旅行できなくなった!』という。これが外国へのこと。
中国へは日常的に足を踏み入れていたのだが、『もう1回ベトナムに行きたかったのだが・・』という。
氏の旅行はツアーに乗るものではなく、民衆の中に溶け込んだものだ。そのパワーに圧倒される。
この間『夜行を使って国内旅行して、歌を100位は作った!』とものたまった。

ちょっと大きめな車に乗っているのだが、『この間失敗して免停をうけちゃって、塩尻に通って短縮してもらった!』『かーちゃんに怒られて!』というのだが、思わず『80過ぎての免停は、勲章みたいなむんだジ!』と言ってしまった。

『もう年だから!』と、1500ccから1200ccに乗り換えたtakeyamaだが・・
まだ『あまり年寄りになってはいけないかな?』と思ったtakeyamaです。

こんにゃくやの重子さん

5月4日に同級会があって、幼馴染に久しぶりに会った。
小学校の2年当時の仲間だから、当時の父親や母親などの面影から本人を推察する者が多い。

恩師はとても元気で、『同級生!』と言っても通用する感じで、『先生より年寄りの者もいるぞ!』と冷やかされる同級生もいた。

『ふるさと美麻会』の機関誌『きずな』は廃刊になってしまった。
その最終号にあった記事にびっくりしていたのだが、その『ネタ元』が『こんにゃくやの重子』さん。

『藤の大火』の話はあちこちで披露してあるのだが、何と『その新聞(信濃毎日新聞)』を保管していた。
多くの人に知らせたくで、そのコピーを美麻wikiに載せた

昭和12年4月21日の新聞だが、その発見がとても衝撃的。
彼女の母親は大藤だから同じ地区なのだが、彼女の小さいうちになくなってしまって、順風満帆だったわけではない。

母の遺品の帯を捨てられずにいて、それをほどいたら、『帯の芯に件の新聞が使われていた』というもの。
何か『母親の意思』を感ずるのは、takeyamaだけではないはずだ。
同級会で会ってお願いしたら、新聞のコピーを送ってくれたから『スキャニャー』を使って美麻wikiに投稿した。

その母親の友人であったtakeyamaの母親の『33回忌』が6月11日。


始めてみた空

月22日12:29の空
珍しい風景にあった。
平成23年4月22日12時29分のこと。
虹ではない。

何かの機会に写真ではお目にかかったような気がするのだが・・
どうしたらこう言った現象がおこるのかどなたか教えてください。

写真は『かみさん』が撮った。

弔辞

○兄!  しもうの、○○だ。
あまりに速いお別れになってしまった。

昨夜、通夜の席で、兄の弟や妹たちとその時代を語った。そして今日お別れの言葉を言う衝動に駆られた。
小さいときから言いなれた『○兄!』で弔辞を述べさせてもらう。

兄はみんなそうだったのだが、正に『赤貧の時代』を生きた。
その時代は、みんな貧しかった。
そしてみんな一生懸命に生きた。

○兄は8人兄弟の長男として生まれた。
生まれたときから弟や妹の行く末を心配する立場だった。そしてその立場を見事に演じ切ったと思う。
そんな責任感のなせる技だと思うのだが、兄は九州の炭鉱で石炭を掘る仕事に出稼ぎをした。藤の協働作業で、とっても『見事なつるはし使い』に見とれたことがある。

そして、その後中電の電気料金を集金する業務をした。
時間を惜しんで業務をこなした。職務の性格上、相手の食事時間に合わせないといけないから、自分の食事の時間を削った。凍りもちをかじりながら業務をこなすことを厭わなかった事は知っている。かなり有名な話だ。
だから会社では相当の実績を上げた。

そんな業務を通じて大北管内の地理に詳しくなって沢山の人にも出会った。
○兄の話は、だからとても具体的でいつも衝撃を受けた。
中電を退職後にはタクシーの運転業務をした。2種の運転免許も持っていたことになる。

どうも○兄の血管は人より太くてまっすぐだったらしい。
『歯に衣を着せない物言い』や、超具体的に行動する姿に『ちょっとした違和感』を感じた人は少なからずいたと思う。
細かい説明をしなかったから、『ちょっとした誤解』を解いていない人もいるはずだ。「○、うまく話しておけ!」という声が聞こえる様な気がする。生きているうちにすればよかったのだが、これからいろいろな機会にそうするつもりだ。

でも、みんな判っている。
○兄が『影も日向もない、表に現れたことがすべて!』だということは。

晩年、○兄は農業に熱心だった。それこそ、山のように大根や白菜、ジャガイモも作った。
『売るでもないのに、2人では食べられないのだから、いらないだろう!』とたびたび揶揄したのだが、そのたびに兄弟の名前が出たし、孫の名前も出た。
人のために百姓をする、そんな振る舞いぶりを許している○○○ねーさんにも感銘を受けた。

70を過ぎてトラクターを買った。「もう百姓を縮小する年になって・・・」と言ったら『規模を拡大するじゃなくて、今の農業を維持するためだ』といわれたから、ちょっと衝撃だった。
つい最近4条植えの田植え機を買ったのだが、それもそんな事情だったのだろう。

近頃、体が弱っている風が見えたのだが、ひたむきに働く姿を目の当たりにして、車の運転もそうなのだが『もうやめろ!』とは言えなかった。
そして、突然姿を消して、『生涯現役!』だったなー。

唯一の遊びはゲートボールだった。
毎週測ったように美遊に出かけた。作戦が大事な競技だから、単刀直入にしゃべるのを本当はひやひやしていた。あんまり大きなトラブルは聞こえてこなかったから、良い仲間に恵まれたのだと思う。
勤勉そのもの人生の唯一の例外がゲートボールで、ある意味微笑ましかった。

○兄が心底心を砕いた家族、孫たちは立派に育った。
孫の成長を願っていたのがよくわかった。みんな立派になった。ひ孫もできた。
ひ孫は、昨夜多くの数字を数えたし、『ひいじいちゃん』などという難しい単語も使った。
もうちょっと生きていたらうれしかっただろうなー、と思う。残念だ。

でも、『ひ孫の子守ができたのだからよかった』と、思わなくていけない。
もう心配はいらない。心安らかに旅立ってほしい。

そうそう、地獄の田んぼは○君が作ると言っている。
安心してほしい。
もう、安らかに眠ってほしい。

謹賀新年

年賀のあいさつが遅くなりました。

年賀状を公開
23年賀

今日の岳山に新春分を追加、山小屋ではなくて自宅の2階です。

自己中心

地区の文化祭が終わって1週間たつ。
書かないでおこうかな?とも思ったのだが・・・

去年の文化祭とは違って他のイベントとは切り離されて実施されたから地域の住民にとっては落ち着いたものになった。

毎年芸能や文化活動に取り組む住民に感心するのだが、ちょっと気になったことを・・・

『自由と平等』は民主主義の基本だが、せんじつめて考えればこの二つを極めることはできない理屈で、片方を突き詰めればもう一方はできないことになる。

同じようなことが『義理と人情』にも言えて、『義理』を突き詰めれば『人情』がおろそかになる。
その反対もしかりで、改めて説明する必要もないと思う。

そこで両方とも配慮しないとどうなるか?

芸能や文化活動は『自己啓発』活動で、一方それを『他人に認められる』こと目的にしている面もある。
そんなことで年に1回の発表の場にはそれぞれ『力(りき)が入る』

主催者も高齢者学級などをセットして『それなりの観客数を確保』する。
そんな配慮を『知るや知らずや』
自分たちの『出番にだけ会場に来て、終わればさっさと帰る』そんな人(団体)が如何にも多い。

『自分の活動の価値は認めるのだが、他人の活動の価値は認めない』そんな人が多くなった。
気になるのは『少年たちや、その親や、取り巻きにその傾向が顕著なこと』
教育に関係する大人は注意した方がいい。
どんどん『自己中』の人間を増やしていることに気がつかなければいけない。

『あなたを見たい!』と言う人より『義理で見て』いたり『思いやり(人情)で観客』になる人が相当数いることを感じた方がいい。
『見ていただいてありがとう!』と思えば他人の活動にも『義理や人情』が生まれるはずだ。

名指しは控えるのだが、ちょっと遅れて見学しようと家を出たtakeyamaの前を、すでに帰っていく団体のマイクロバスがあった。
『え?』と『もう終わったのかな?』と会場に着いたら、会は佳境に入っていた。
『他人の活動を見向きをしない行動』を続けて、『自分の活動を理解応援してください!』は『いかにも独りよがり』だ。

かといって、『相手に直接意見を述べる元気はない!』のがtakeyamaの『いい加減さ!』だが・・・

マーこのブログが『自己中』そのものなのは認めているつもり。

双耳峰の真ん中に夕日が沈んだ

今日は5月5日でこどもの日だが・・

家の軒先からだが、ちょうど今日の夕方、鹿島槍ヶ岳の真ん中、鞍部に夕日が沈んだ。
5時31分だった。
マー『ダイヤモンド鹿島槍!』と言ったらいいのかな?

太陽の撮影は難しいのだが、カメラ扱いは素人だから『カメラ任せの撮影』です。

これから2~3日は、小藤のバス停から堀切の山の看板辺りまで、鹿島槍のベストポイントのタイミングになるはずだから天気に期待して、その趣味の方にお知らせ・・

今日の岳山にもアップしました。
どちらも、画面をポチっとすれば拡大します。

鹿島槍夕日5月5日

治療は生産活動

地域住民の健康管理をする役割の人から勧められて健康管理(病気の治療)に関する講演会に出向いた。
23日のこと。

『他の地域』の『JA関係の機関が経営』する病院で、大町病院の危機状態を承知している身としては『ちょっと引っかかる』のだが、自分の健康のことだから勘弁してほしい。

で、その内容のことなのだが、治療は『自分の責任』、だが『独りよがりになってはいけない』などの指摘は『もっとも』だと思った。

相当高齢な医師だが、4時間くらい連続して講義する姿勢には、心底感じ入った。
その中で、『病気の治療は立派な生産活動だ!』と言う発言には、ちょっと『オ!』と思った。

あの自由主義、自由競争の権化のようなUSAが『公共の医療保険に乗り出す』ことが決定した話題があった。

日本の国は『世界に冠たる国民皆保険』の国で、『税収と医療費の額が同じくらい』と言う発言に『ア!』と思った。
あらためて今の状況にきずいた。
もちろん『税が全部医療につぎ込まれているのとは意味が違う』のは気付いてほしい。

医療保険で医療費の大半はまかなわれるわけだから、高度の医療にかかる経費を節約することは、『社会的にみれば立派な生産活動だ』というわけ。

近い最近のことではないが、腎臓に持病があるのだから、将来人工透析の恐れがないとは言えない。
30代に腎炎を発症し、以来、いわば『成人病のオンパレード』だから『頑張って高価な医療を受けないようにすること』がその面からある種の生産活動であるのかもしれない。

医師は『会社に行くより治療せよ!』少しでも透析に入る時機を遅らせろ!と強調した。

大町病院では透析患者が増えて、他院への転院を勧められている患者がいるらしい。

24日には『患者の見舞い3件』、いずれも大町以外の病院だが、うち2件はその必然性が怪しい。
『患者の信頼をどう得るか?』が大町病院の課題だ。

そんなことを考えた2~3日。

仰げば尊し・・

一世を風靡?した美麻のソフトボールのナイターリーグ戦ができなくなった。
去年から。

一時、地域の『村づくりの中心的な存在』だったから、『月曜日と木曜日は(リーグ戦のある日)に会議を計画しない』ことになっていた。

地域の『いわば大物』がみんな入っていたから、けして得意ではないが、その後の『反省会のために入っていた』り、『監督になったから連絡用に携帯電話を買った』とか、収入は減るが、『試合に出れないと困るから、長距離便の運転は断った』などという『傑作な話』がいっぱいある。

それぞれのチームは60代から20代まで混在していたのだが、だんだん人数が厳しくなって、2チームほどがチーム編成できなくなって、ついにリーグ戦ができないことになった。
それでソフト部自体がなくなってしまった。

チームの方も解散するのだが、その解散式(といっても宴会だが)が昨夜あった。

いわば『卒業式のようなもの』だから、学校のそれが話題になって、卒業式の定番『仰げば尊し・・』はよかったなー、という話題が盛り上がった。

前にいったように『相当の年代差』があるから『もう最近の卒業式にそれは歌わない!』ことにびっくりした者がいた。

そして、そういえば『君が代』も歌わないそうだな?というから、それが最近は『しっかりピアノの伴奏で、指揮の先生がついて歌う』現状にも『へー!』とびっくりしていた。

ひと時、公式の行事などで、あまり周囲を刺激しないように、『カセットテープをソート流し』ていたことが続いたことを意識していた者も多い。

『卒業式の話題』が『校歌の方に変化』して、『耳傾けて・・』から『杉のこずえ・・・』になって、『しらかば芽吹く日・・・』につながった。

『校歌を宴会の歌』にしてきた年代にとって、ずいぶん『懐かしい会』になった。

そして、ソフトの『チーム解散式』を、次の『ステップの最初の一歩』にしようとの一本締めも、それなりに共通の認識にした。

納得 累進税率

国の政権は交代したのだが、なかなかその実感がわかない。

もちろん『政治と金』の話が大事ではない、などと言うつもりはないのだが、大手マスコミは大衆受けする話題のみ提供し、もしかしたら『検察の筋書きどおりの報道姿勢』に徹して、『小沢抹殺に狂奔』している(のかもしれない)。
鈴木宗男さんの『ムネオハウス』疑惑事件のように、作られた事件なのかもしれない。

疑惑報道の結果として、『小沢権力は縮小』し、それが『民主政権の改革衰退』につながっていることは事実だ。
『政権交代に託した民衆の思い』は、結果的に『検察とマスコミによって消され』てしまった(のかもしれない)。

でも・・・

今朝の朝日新聞に『累進税の強化』という記事が載った。
累進税率

takeyamaにとって、ささやかだが、マー初めて『政権交代を実感』した事がらだった。

『累進税を強化する』としてあるのだが、takeyama流にいえば『強化するという言語は誤り』で、累進税を縮小し過ぎた状態を『基に戻すにすぎない』ことだ。

長い期間にわたって、高額所得者には相当減税をしてきた。

今、所得税の申告の時期だが、25年位前には期間限定の臨時税理士(村の税務職員は確定申告の時だけ税理士同等の権限を与えられる)だったのだが、今の税率区分より高額所得者の税負担は相当重かった。

全体的な経済成長というか、経済成長の指数のために、金持ちを優遇して『競争原理をあおる政策を続けた』結果、今の『深刻な格差社会』を作ってしまった(とtakeyamaは思う)。

08年11月、定額給付金に関して『累進税率を復活すべき』だと書いたことがある。

富の再配分が政治の基本であり、累進税率を元に戻すことは、時機を得た政策課題だと思う。

『高額所得者の負担で子育ての支援』をする。
『究極の少子高齢化社会対策』だと思う。

『自民党政権では絶対にできなかった政策』だ(と思う)。

「梅は早春をよぶ!」

暮れに同級生がなくなって、4日は葬儀・告別式に出席した。

仏事の年齢は『数え年の勘定』で、『生まれた時が1歳』、その後『年取り(年末)で1歳年齢を加える』理屈。

葬儀の際、『齢69歳』と言っていたから、takeyamaも『年明けで70歳』だと言われることになった。

70歳、やはり相当感じるところがあり、あらためて言われてみると、ある意味衝撃だ。

それはともかく、葬儀の後の法話

禅宗の教えに「梅は早春を呼ぶ」というのがあるそうだ。

梅は決して『春の訪れを感じて花をつけるのではない』。冬に『花を咲かせて、それをもって春をよぶ』のだ!

『受動的に物を考える』のではなく、『能動的に物を進めことが大事』位の意味だと思うのだが、哲学の実践者がそれにふさわしい場所で言うことだから『すとんと胸に落ちる』。

こんな機会がないと自分を振り返る機会がない。

もう2割を超える同級生が鬼籍に入ったし、葬儀に参列できる者も少なくなった。

話題も『あそこが痛い、ここが不安』等、健康の話題が多いし、一方、『今おれたちが残さないと、この地域の文化は散逸してしまう』などという危機感を訴える声もある。

妙なところで『同級会』になってしまった。

謹賀新年

去年から(といっても31日からのことだが)雪が降り続いて、産土様の初詣にも支障があった。

厳しい年明けとなり、波乱の年を予測しているのかもしれない。

ともあれ、数少ない読者の方に新年のご挨拶を!

「新年明けましておめでとうございます!」
「今年もよろしくお願いいたします!」

マー半分は冗談だが、区長(自治会長)になって一番大変なのは『青具神明社元旦祭への出席要請』。

それがなければ雪が降っていて『寝正月』としゃれこむのだが、仕方がないので新年早々庭の雪かきをして車を出す。

家の産土さまはもちろん藤井神社だから青具神明社ではないから、『ばちあたり』だが、ちょっと大変なこと?

祭典は猛烈な寒さだが、その分厳粛な気分にもなる。
少しは『すっきりした気分』になるから不思議。

ともあれ、本年もよろしくお願いします。

新聞に

タイの高校生が2泊滞在したことは書いたのだが、美麻での滞在を終えたお別れの会があって出席した。

その様子が朝日新聞に載ったので紹介。
朝日新聞の記事タイ交流新聞記事


民族衣装はタイから持参したものだそうです。

『日本のお父さん』として『日本人を代表したつもり』だが、さて・・・
そんな大げさなものではない(笑)

タイカレー

昨日タイから子供たちが来ていることを書いた。

今日は夕食の一品を作ることを期待していることも書いた。

『ジャガイモと玉ねぎがいる』と言われたので、懐中電灯を持って下の小屋まで下って用意した。
2009_0928_レシピを見ながらタイカレー

レシピをみながらだが、タイカレーを作ってくれた。
『いつ夕食になるの?』と実は心配したのだが、なんとか食事にはなった。
相当準備をしてきたことがうかがえる。

このことを通じて、スーパーにはずいぶん『タイカレーの食材がそろっている』ことを発見したのは副産物。

意外だったのは『かの国のインターネットの普及が進んでいる』こと。
takeyamaのpcを自分の物のように使いこなす。

世界の共通言語、英語をマスターしていることは楽だなーと感じ入る。
小さいころから英語に親しんでいるらしい。
こちらは『pc言語が日本語』でないと、手も足も出ない。

会話は日本語でするのだが、判らないことをあわてて説明するから、どんどん言葉が多くなって、余計に判らなくなる。
改めて日本語も勉強する気分。

大福餅に感動。タイの少女大福を食べる
みんなタイの方が価格は安いのだが、大福は日本の方が安いそうだ。

タイからのお客さん

山村留学の主催団体が、今年の夏にタイへ日本の子供たちをおくった。

いわばその反対盤で、今度はタイから子供たちを受け入れることになって、3人の高校生の女の子を2日間受け入れることになって、夕方から始まった。

自己紹介で名前を聞いたのだが、どういう風に書いたらいいのかがわからない。

日本語を勉強し始めて1~2年らしい。

話すことより聞く方が難しいという。

takeyamaはちょうど今日から68歳だと言ったら『おめでとう』と拍手されて、面映ゆい感じだが、印象に残る誕生日になった。

あすはタイの料理を作るらしいから楽しみにしている。

『コロコロとよく笑う年代』であることは万国共通のことらしい。

判断材料

日本の民主主義制度を中学校で勉強したしたのだが、まだ憲法が新しくなったばっかりだったから教えるほうに相当の力が入ったし、学ぶほうも相当新鮮で素直に頭に入った。

だからtakeyamaの民主主義は中学校の公民のレベルそのままだから『いたって青い』のだが・・

日本の民主主義は『制度としては相当のもの』だと思う。

戦争に突き進んでしまった反省を基礎にしているから、権力の一極集中を排した3権分立、主権在民の思想の成文化などは中学生の頭に素直に入った。

現実の問題として行政・立法・司法間の相互監視のシステムは相当の制度だと思うのだが、だからこそ、前民主党小沢代表への国策捜査的司法官僚の立ち振る舞いなどには『ん?』と思った。

主権在民の一環として、司法への国民監視制度として、最高裁判事の国民による審査制度があり、国会議員の選挙に合わせて行われるのだが、議員の選挙に関心が集中してしまって実際の国民審査に戸惑っている国民が多いはずだ。

国民審査の意義は本来『いいな~』の制度なのだが、実際の方法は『大人の浅知恵状態』で、『何だかわからないからそのまま投票すると、信認したことになる』変な方法だから、制度発足以来信認されなかったケースはない。

選挙公報などで『この人はちょっとなー』などと思っても実際現場に行くと『さてどの人だっかな-?』となってしまう。

前に選挙事務に携わったときに、メモを持参した選挙民がいて感心したことがあるのだが、実際×をしたい者の氏名を間違えずに投票行動をすることは相当困難で、メモが必要だと思った。

その性質上、裁判の専門的なことを主に判断することになるのだが、ひとつ『明確な判断基準』が見つかった。
外務官僚を退官した(させられた?)天木という人のブログで、あのいわれのないいイラク戦争に加担した小泉路線の外務官僚トップが最高裁判事に横滑りしていて、今回の国民審査の対象になるらしい。
例の『田中外務大臣罷免事件』のときに名前が取りざたされたような気が・・・

自信を持って『竹内に×』しようと思う。
賛同者が出てほしい。

『大量破壊兵器は結局なかった』ことは事実で、憲法に違反していたことも結果的に事実だし、言い出しっぺのアメリカでさえ誤りを認めて『結果的に新大統領』が生まれた。

国民を欺いた責任はもちろん当時の小泉総理にあるのだが、官僚のトップの責任を許してはいけない。

中東の『油情勢からみて国益を損なった』とする識者も多い。
何よりも、『裁判官の国民審査』というシステムを『まっとうなもの』にしたい思いが強い。
本当に罷免されたらこの国の民主主義の大いなる進化だ(と思う)。
1人だけとびぬけた数値が出ても大いに意義がある。

大上段に振りかぶった話題で、このブログにふさわしいとも思わないのだが、雨が続く徒然に・・・

快挙

地域にとって有史以来のこと。

学校が統合されて30年を超えた。
もう『新統合学校小中学校』などという言葉は一般的でなくなったのだが、小中2校を統合することを決めて、それを行って、新学校の設備や内容の充実を第1にしてきた人間が残り少なくなった。
そんな人間から見た感慨。

山留生は15日に農家入りしたのだが、いつもの野太い声が、一層しゃがれて、この辺でいう『げーろ(蛙)をひきつぶしたような声』をしている。

そのわけは・・・
13日に郡球(正式には北安曇地区中学校体育大会というのだが、関係者の間では今でも郡球で通用している)があって、美麻中学校の野球部が優勝して中信大会に進むことになった。
中学生にとって一番グレードの高い、正式な大会でだから相当のこと。

中信大会に進んだことは前にもあったが、優勝は学校始まって以来のこと(だと思う)。
それ以前の美麻村時代の南北2校時代を含めても初めての快挙(だと思う)。

去年『こんなことを書いたこと』があったのだが・・・

今、中学校はちょっと男女バランスが崩れているせいもあるのだが、野球部員が多くて(バレーボールが少ない)23人もいる。
ベンチ入りが20人までだとのことだからベンチに入れない部員がいたことになる。
運動部では当たり前のことなのだが・・
美麻では珍しい。

そんな状況を考慮したのか、大人から見れば些細ないたずらの類いのことを捉えて、試合出場を停止された部員があった。
練習の緊張感を継続する工夫、だったらしいことがしのばれる。

緊張した試合が続いたようだ。地域に6校あるのだが、4試合を全勝した。
松川に勝って、仁科台、白馬を破り再度松川に勝ったそうだ。

野球好きの老人がいて、自分は地下足袋をはいて野球をした世代。
われわれの『あこがれの存在』だったのだが、ついに男の子に恵まれなかった。
今回、娘の子、孫の試合に訪れて孫(3人かな?)の活躍に涙を流したと言う。
その場に居合わせなかったのだが、それを聞いたこちらも、涙腺があやしくなった。

昨年、一昨年、野球に熱心な山留生がいて、特に一昨年1年生の彼は美麻の野球にあきたらず(多分)に地元に帰ってしまったのだが、どんな感想かなー

家の山留生は声をからして応援したらしい。
ただ一人の女の野球部員でベンチ入りはできたようだが、参加の役割は例の『声だし担当』
相当、それに頑張ったらしい。

そのことで山留生らしいエピソードが発生したのだが、いずれ・・・


運動会の実施判定会

明日は地区の運動会の予定だが天気が相当微妙。

明日朝6時から実施の可否を判定する会を開くそうだ!

情報が得られたらその時点で公表する予定・・・

母校が90周年

このブログの読者に同窓の者はいないと思うのだが・・・

母校は22年90周年を迎えるという。
校門を巣立ったのは昭和35年のことだからもうずいぶんになるし、確か80周年のときにも寄付の振り込み用紙が送られてきた。
90周年の記念行事の大綱が決まってその実行委員会の通知が来た。

美麻八坂の支部の責任者になって、そのことから募金の実行委員会のメンバーに割り振られていた。

開校90年を迎えるわけだから同窓生といっても相当の年代差がある。

記念事業は第2農場のあの日輪舎の保存事業だとのこと。
有形の登録文化財に指定される見込みだとのことで改修工事をすることになった。
登録文化財は県下の高校3番目(他に長野高校、深志高校)だとのこと。

円形(12角)の建物だから屋根が円錐形をしている。
在学中は毎週金曜日第2農場で過ごしたし、宿泊合宿もしたから相当思い出もある。

募金の目標額は3100万円とのことだが、同窓生にはすべからく振込用紙が届く手筈になっている。
目標が達成されたらいいのだが・・・

久しぶりの母校で同窓会だが、恩師の元気ぶりも相変わらずで心強い。
同窓生で母校の校長を経験し会の顧問に座っていたが86歳で『手首から心筋梗塞の手術をした。その後中国に2月間行ってきた。いま中国からの留学生2名を預かっている。記念式典は23年5月だがそれまでは大丈夫だと思う。』というのには『口あんぐり』状態。

もう同級生が何人も亡くなって『恩師の方が弔辞を読む逆縁』が何度もあった。
そんな『不孝行』をしてはいけない。

校歌
わが執る鍬に力こもれり。
わが蒔く種に心宿る。
土焼くる真夏、霜さゆる師走。
日に日に励む、われらは強し!

双耳峰の中央に夕日が沈むのは

今日4月29日午後6時ころ、玄関前
夕日4/29
鹿島槍の中央に夕日が沈むのは2~3日後
現在、美麻八坂線、由久保と小藤の間、以後小藤~堀切(山の看板付近)まで

納得の2題

この頃、やけに知人が亡くなる。
村を離れて息子のもとに身を寄せた者が、こともあろうに3人とも家の火事で焼死してしまった。
状況の詳細は知る由もないが、県外に暮らす弟が兄貴と両親の葬儀をした。
いろいろ公務で世話になったのだが・・・

『農業に専念する』と、仕事を早期退職した友人がいた。
母親が認知症になってしまって、その世話をしたかったことも大きな理由だったと思う。
こともあろうに田植え機と共に転落して一命を落としてしまった。
3年前のこと。

件の母親がこの間亡くなった。
笑顔だけを振りまく人で、笑顔以外の顔を知らない。
祭壇の遺影が笑っていたのが印象的。
『せがれが亡くなったことを認知できていなかったらしいこと』がせめてもの救いだったかもしれない。
せがれの連れ合いが面倒を見て、喪主も務めた。
式の最中、逆縁のことに意識が及んで、鼻の奥がつんとすることがたびたび。

親戚の老爺が亡くなった別れの式にも参列した。
曹洞宗の式でtakeyama家の菩提寺も同じだから進行は同じようなものだが、方丈さんは山間地ではいわば『いちばん身近な哲学者』だから、彼の君の法話にはいつもちょっとした感動がある。
葬儀という、そして身近なものへの別れのタイミングでもあるから、素直に話に引き込まれるのかもしれない。

今この地は桜の花盛りだが
花をつけ、それをさえるのは枝で、枝を支えるのが幹だ。
そして、幹をしっかり支える根がある。

ここまではいわば当たり前だが、最後にそして『根は人の目に触れることはない』と締めた。
言わんとする言葉の意味まで解説はしなかったのだが・・・
含蓄のある言葉だったと思った。

式の最後は喪主の挨拶だが、故人は相当長生きした(93歳)のだが、決して健康であったわけでもない。
きまって晩酌もしたのだが、毎日薬を飲み、数度の入院も経た。
『無病息災』であったのではなく、いわば『一病息災』だった。と
最近長生きするものが多いのだが、若い頃病気がちだったものが多い様な気がしていた。
喪主の挨拶に納得。

時代の変化に応じていわば国語も変化する。
前に『不言実行と有言実行のこと』を話題にしたことがある。

農繁期の雨の日に・・・

ダイヤモンド?爺が岳

ダイヤモンド爺が岳
夕方天気がいいのはめずらしい。
鹿島槍の真ん中に夕日が沈むのはまだちょっと後なのだが、とりあえず爺が岳のあたまに沈むのをとってみた。

藤の集会所付近、3月30日17:30

日本の政党政治は国家統治の従属変数

このところ『ずーっともやもや』していたのだが、朝日新聞のこの投稿記事に『いたく納得した』からブログではルール違反の気もするのだが紹介します。
あまり影響力のないブログだからご勘弁を・・・

朝日新聞3月26日、私の視点から
山口氏意見

『小泉純一郎という人気者の「構造改革」という大言雑言に熱狂した揚句に、社会保障と雇用の崩壊に直面している日本人(投稿文から引用)』として相当冷静に対処しないといけないと思う。

『民主主義を支えるはずの世論も、検察とメディアの手にかかれば簡単に変えられる(投稿文から引用)』ことを実感している。

特に最近のメディアの感情的な『国民の感情におもねるような風潮』は『要注意』だし、「物知り顔をする識者?』の『解説?』も『ん?』がある。

肥後の守

ある教育関係者と、この学校のこのことを話題にしたのだが、『肥後守』がナイフを意味していることが通じなかった。
とにかく、事故や児童のけがが怖い学校ばかりになったのか、ナイフの類が持ち込み禁止になっているようだ。

takeyamaの子供時代、鉛筆を削るナイフは必需品で、そのほとんどは肥後守だった。
ほとんどの少年少女の筆入れに入っていた。
教室の柱や机も被害にあったが、遊びの道具をうまく作れるものはヒーローだった。
このナイフは今のカッターナイフや切り出しナイフのように切れ味はよくなかったから手先の工夫が使い勝手を左右した。
そして刃先が鋭くなかったから、手も切ったが大げさな物にはならずに、自然に危険を回避するすべも覚えたし、他人の痛みを感ずる機会にもなったから、他人を傷つけることの痛みも早く身に付いた(はずだ)。

肥後の守

この学校の取り組みが継続していることは何時も評価してきたから紹介したい。

この記事を書いた記者も『肥後の守が日常の経験では無かった』ようで、それがこの記事の書き出しに表れていることが面白い。

小さな手作業を省略して、いきなり便利な電動機具を使うから大きな事故にあったことを知っている。
取り返しがつかない大けがをする前に、小さなけがを奨励するのも変な話かな?

日ごろ山留生を相手に『危ないからやめろ』とはなるべく言わないようにはしてはいるのだが、どうも彼らの判断の基準があやしくて、苦慮しているtakeyamaです。
今日の岳山
今年の目標、復活再生を、雪の下で待つ『わかたの棚田』,11:2:2
11;2わかたの棚田  23年新春 自宅2階から山小屋風 1月3日朝 山小屋?  夕焼け(22;10:29)庭から鹿島槍を 夕焼け 鹿島夕日
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