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謹賀新年

25棚田年賀
新年を迎えました。
ずいぶんブログにご無沙汰しましたが、とりあえずご挨拶。
今年も同じことが人生のテーマになります。
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合併の約束ですので・・・

水道のメーターは使える期間が決まっているらしい。
庭に「メーターを交換します」と言って設備屋さんがきた。

ちょっと作業振りを見ていて『ん?』と思った。

交換前のメーターは、数値を『穴を覗いて調べる』スタイルではなくて、『ちょっと離れた、壁についているものを覗く』ものだったのだが、今度のものは『身をかがめて暗い穴を覗き、その数値を確認する』ものにグレードを下げている。

『ん?』と、怪訝な顔をしていたのを感じたのだろう、件の設備屋さんが市役所からのお手紙を差し出した。
それが冒頭の件。

『時期が来て交換するメーター』は『市内統一で隔測のものは使わない!』ことが『合併の取り決め(協議)だ!』というわけ。

むらは合併前に『村の住民福祉、生活向上』のために、上水道を整備し、その過程で、営々と管理してきた『地域独自の水の供給施設』をあえて、『村の施設に乗り換え』させたり、村が『水源を買い取った』ものもある。
だから、水道事業は公営企業(簡易水道事業は準公営企業)の形はとっても、中身は住民福祉事業そのものだったから簡易水道事業に採算性を求める視点は小さく、『村民すべからく一緒』で、電気を使って地下水をくみ上げる水源も、自然流下の水源を利用する安上がりの地域も同じにした。
『簡易水道という会計』も、『どだい独立採算性では無理』なことを『認めている制度』なのだから、一般の税金投入を認めていて、『高料金にならないように』と『国からの交付金制度』もある。

そんな簡易水道事業だから公営企業・独立採算の水道事業と料金を一緒にすべきで、そこからすべて始まると思うのだが、この投稿はそんな高級?なことを話題にするのではなかった。

で、水道メーターのことだが、むらは寒冷地だから冬の気象を考慮して雪をどけて穴を覗かなくてもメーターの数値が読み取れる隔測型のメーターを使った。
旧市の使用者より『ちょっと上等の施設』だが、『ちょっと気に入らなかった』らしくて、交換の際には穴を覗いて調べるものにグレードを下げることを『合併協議で決めた』。
だからメーターを、原始的なものにあえて代えて、その言い訳に合併協議を持ち出した。

こんな姑息な手段で市を運営することに何の思いもないのだろうか?
『隔測装置は相当値段が高い』から『経費を節減したい』と率直に記した方が好い。
今更『合併の約束だ!』の文書を出す神経が判らない。
いまごろ旧むらの行政関与や責任を持ち出す行政センスはなんだ。

冬季には雪や氷で『確実に測れないメーター』が出るが、その分は『推定で数値を入れて、雪解け後に調整する』とも書いてある。

水道メーターの検針だが、むらの時代は月1回だったが合併で2月ごとになった。
決まりは月ごとになっているから、2月分を平均して月の便宜上の使用量として料金を計算する。
同じことのようだが、基本料金の境目等の使用者にして言えば、消費税分を含めて若干の齟齬は出る。
今度は4月分を推定する事態も生まれる。
マー『目くじらを立てるほど価値がある話ではない』が・・・

メータの読み取りは使用者がするのではないから、takeyamaは関係ないのだが、検査員は近くに住む高齢者だ。
寒い雪の日に、マンホールをはずすので手袋を湿らせて、膝をついてかがんで、、懐中電灯をつけて、穴を覗く姿が目に浮かぶ。

それにしても、生活上グレードが落ちて行くのは気分が好いものではない。

takeyamaの乗用車は15年前は1,800CCだったが、その後1,500になり、今は1,200CCになった。軽トラックはエアコンが外れたものになった。

候補者が、ほかの候補者の選挙運動をすること-3

前回話題にした、候補者が、ほかの候補者の選挙運動をすること-2なのだが、返信があったから紹介する。
選管返信
ポチッとすれば拡大します。

返信の内容は、この辺で言う『木端でハナをかむ』というやつで、『何んともそっけない!』と言うか、論点をずらして答えない『なんとも公務員流!』と言うか、のものだが、とりあえず『メールが公務に通用する実績』ができたことは確かで、まー『文書(手紙)』と『電話(会話)』の中間くらいに『電子事務』が位置付けられている(位置づけられた)ことが確認できたことはよかった。
高齢者にとって『相当のこと』だということに、いずれ気がつく人が多いはずだ。
返信は文書(手紙)で届いた。ちゃんと文書番号が付いているから『れっきとした公文書』の扱いになっていることに注目。

回答の内容には納得できないが、いずれ論評したい。
今日のところは『相手の言い分だけ紹介』ということで・・

候補者が、ほかの候補者の選挙運動をすること-2

結果的に『心が躍るわくわく感は空振り』に終わった『選挙イベント』で、初めて経験したことを前回話題にした。
『候補者が、ほかの候補者の選挙運動をすること』

なのだが、案の定というか、予想通りというか選管からは『梨のつぶて』だ。
そもそも『この市の電子事務』が『事務として本物なのか?』がはっきりしない。メールが『書いた文書』や『電話』と『どう違うのか?』が明らかになっていない(と思うのだが、何処かに規定してあったら教えてください)。

マー個々の職員は『便利にメールアドレスをあてがわれている』風だし、担当のアドレスを公開もしてあるようだが、『全庁的に系統だって連絡先をわかりやすく』記してもない。

メールアドレスの公開は『基本的に受けての都合』が優先されて、『出しての便利さ』に配慮してある姿勢は薄い(と思う)。
全市挙げての協働は『普通の市民の声を聞きやすくする体制が大事』だと思うのだが、市の側の『知らせたい情報』の拡散は相当熱心で『まだ十分伝わらない』などと強調するのだが、『住民からの情報をなるべく受けよう!』という姿勢は『?』だ(と思う)。

で、本題だが、ある筋からの情報で『件のメールが届いていることは確か』だが、返答はない。
一つは『正式な文書ではないから握りつぶす!』ことだとすれば正式な文書(書きもの)にすることだが・・
『電子事務の構築』が『高齢者にとって今後とても大事』だから『どうしようかな?』と思っている。
『メールは正式な文書と一緒』の『事務体制を早くつくる』ためにどう役立てるか?

いっそ、選管の指導機関、『県の選管に一般論として質問してみようか』な?

元のブログをぜひ確認いただきたいが、『選挙を公営で行う』という『民主主義の基本理念』からは看過してはいけない事案だという思いは消えない。

まだ選管からの返答を期待しているtakeyamaです。
実は『我れ選管なりせば!』という模範回答?は用意できている。まー『マッチポンプ!』だが・・・


候補者が、ほかの候補者の選挙運動をすること

地域(の候補者?)にとって、損か得かと言うと、声を上げる問題点はあるのだが・・・

過ってのむらにとって、初めての市議会議員選挙が終わった。
いちばん身近な選挙で、ある意味地域づくりの起爆剤になる選挙だ。
日頃地域にあまり関心が無くても、この機会に考える人間が多くなる。

初めての機会だったから期待したのだが、結果的に『心が躍るわくわく感は空振り』に終わった。

選挙イベントで、初めて経験したことを前回話題にして、疑問なことを選管に聞いてみることを約束した。
選管への手紙を公開する。

地域の候補者は、最下位だが滑り込んだから『マー良かったこと』になるし、結果的に『一番効果的だった選挙運動』が、話題にしようとしていることだから皮肉だ。

『損得論的』にいえば、これをして『得なことは、個人的には何もない』。
何人かの『知人にはうとまれる』だけだし、『友人を失うことになる』かもしれない。
いろいろな『手掛かりを失う』ことにもなる。

それでも、こうしなければ済まないのがtakeyama流。もう『老いの一徹』と言うやつかな?

以下選管への手紙全文

(4月25日)
 候補者がする、本人以外の候補者の選挙運動について(質問)

市議会議員の選挙が終わりました。公正な選挙に取り組んでおられる委員会に敬意を表します。
選挙運動についてご教示ください。
私は、今まで経験したことのない、非常に珍しい選挙活動に遭遇して、しばし考えておりましたが、選挙期間中には一人の有権者として、本人の意図しない影響があることを恐れて表だった意見表明を避けてまいりました。
選挙が終わりました。今後のこともあるのでお伺いします。

『ある候補者が公示早々当地を候補者名入りの正規な選挙カーで訪れ、本人以外の候補者の選挙運動を、明らかに堂々と行いました。
「今日は自分の選挙運動ではない。この地域から出馬している○○を落選させてはならないから運動に来た」と明言しました。
各地で同様の活動をしたようです。儀礼の範囲を明確に逸脱しておりました。』

そこで、以下お伺いします。

1、ある候補者が、選挙カーに記載してある者以外の候補者の応援演説をしていた事実を選挙管理委員会として把握しているか?

2、選挙カーでの街頭選挙運動で、明らかに本人以外の選挙運動をすることが、現行選挙法上可能か。いわゆる選挙違反にはならないか?

3、公営選挙は選挙運動が金銭によって公平が損なわれないように配慮した制度で、その中に、選挙の街頭活動を公平公正に行うために選挙カーの費用を公費で負担することになっていないか?

4、街頭活動用選挙カーは一候補者あたりの台数制限があるはずだがどうか。

5、候補者所有の選挙カーがそれ以外の候補者の選挙運動をすることは、選挙活動の公平公正を担保する公営選挙の精神に反するものだと思うがどうか?

6、候補者が管理する選挙カーの、本人以外の候補者の選挙運動を容認することになれば、必ずしも当選を目指さない候補者を擁立して選挙活動をするやからを容認することにつながる。何らかの対策が必要ではないか。候補者への選挙運動に関する説明は十分行っているか?

7、自分の税金の一部が使われる市民の一人としては、このような選挙活動は容認できない。選挙が公営で行われている事実が市民に正確に伝わっていないことが今回のようなことを容認することにつながっている。候補者の選挙運動に要した経費、公費で負担した実態を広報する努力が足りないと思うがどうか?

以上の項目についてお尋ねいたします。
なお、この質問に関して、あるブログに公開してあります。

草刈り場

長い人生?の中で初めて遭遇した。

若い時から民主主義には相当関心があった。
中学校の社会科の先生のせいかもしれない。
本気で『選挙年齢を18歳に引き下げろ!』『オレにも投票させろ!』ともいった。
以後の人生では『本格的な浮動票』として対応してきた。

そのtakeyamaにして、昨日はびっくりした。

市議会選挙が告示された。
ポスター掲示場に22人のポスターを張ってある情景は見事だ。

合併後5年だが、始めて普通の市議会議員の選挙になる。
5年間も『むらの市議会議員』だった。
むらの市会議員、合併の特例で臨時に合併村に1人の市会議員を置いて『合併村の方感謝してください!』だったのだが、その反対、その弊害がもう出ていると思う。
安全に1人の市議会が保証された代償が。

他の地域の候補者の選挙カーが、この過疎地に訪れたのだが、何とその内容が『むらの市会議員への選挙運動』。
話の内容が『合併村のことは一般の市議会議員には判らない。苦戦しているむらの議員を当選させるように!』というもの。
立候補している自身の支援は訴えなかった。
合併後5年過ぎたが、旧村部はまだ議会では外様扱い。『そちらのことはむらの市会議員が扱ってください!』と言うこと?

むらの市議会議員は、4年前地域を二分する一騎討ち、いわば相手との比較対照、『最大公約数的な選挙』で選ばれた。
『どっちがいいか?』だが、『どっちがより駄目か?』の選挙の側面もあったのだから、結果の評価は難しい。

今回は22人中の1人を選ぶのだから、いわば『最小公倍数的な選挙』だ。

地域の候補、政党を名乗るもの、親戚が応援するもの、地域生まれを強調するもの、女性、ボス的力を誇示するもの等多彩。
市民の代表として『市民の声を行政に届ける』などと言うのが一般的だが、ちょっと『ん?』と思うのがtakeyama流。

首長と議会議員を選ぶ『2元代表性の地方自治制度下での議員の役割』は、何と言っても『首長や行政機関のまともなチェック役』としての役割が一番だと思うから、その辺を最重要に選びたいと思う。もちろんバランスも重要だが。
『あれをします!これをします!』と言う訴えは、合議制の議会では『眉唾もの』のような気がするから。

それにしても、自分への支持を訴えることなく、『地域の候補が危ないから、地域の住民は支援するように!』と自分の選挙カーから声を発することには大いに疑問を感じた。

街頭演説の印を持って、選挙カーに書いてある名前と違うものの運動は変だ。
選挙カーの設備はもちろん、運行経費や選挙用はがきの経費は公費、すなわち税金だ。お金が無いことが理由で選挙ができないことが無いように配慮したもので、だから候補者の平等を担保したもの。

『認められた選挙カーだから何をしてもいい!』と言うのはおかしいのではないか?
自分が安泰だからと言って、そんなことを認めていたら『選挙の公平性は保てない』。悪用すればとんでもないことになる。
『当選を志さないエセ候補者』が『選挙の費用を市民に負担させることになる。
選挙の終了後にするが、選挙管理員会に聞いてみるつもりだ。

もうひとつ、選挙通の言葉に『草刈り場』と言うのがある。地域に候補者がいなくて、地域外の候補者が入り乱れて票の取り合いをすることを表現したもので、『だから候補を立てないといけない!』になる。
『草刈り場はご免だ!』になるのだが、なまじ候補者が在るからと言って、大町スキー場やマムシ坂を超えて選挙カーが訪れないような状況では、地域事情は多くの議員に伝わらない。それでは結局のところ『地域課題が解決されないこと』につながる。

takeyamaは『草刈り場歓迎』だ。

水道料金は同一になるか?

公営簡易水道特別会計
○ 可能な限り早い時期での上水道との料金統一に向け、努力されたい。


もっと早く反応しなければ失礼だった。

市議会の広報誌(議会だより)が10月15日に発行され、3ページに9月議会の決算審査の様子が掲載されている(冒頭の表現)。

簡易水道会計はもちろん承認されたのだが、その審査に際しての議会としての意見が載っている。
と言っても『議会としてのまとまった意見』なのか、『審査の際、議員の誰かが言ったもの』を単に紹介したものなのかはわからない。

まだ議事録は公開されていないから、録画されたもので確認するには相当の手間がかかる。
マー、議会報で公開されたのだから『議会の公式見解』だと思って、心底『よかった!』と思う。
と言っても、まだ『扉に手がかかったにすぎない』のかな?

合併後5年になる。

なんせ『水と言うライフラインの最たるものの料金』が『市民同一でないことはよくない!』と思って、合併前から発言したり行動してきた。

このブログで試しに『水道料金』で検索すれば相当の記事に触れるはずだ。

合併の協議が『損得論』に集約されて、ことの本質に迫れなかったことが始まりだが、『過ちをあらたむるにはばかることなかれ!』と言うことにはならなかった。
合併前の村の条例改正を議員提案したこともあるが、今考えると『えらい元気だった!』ものだ。

新市民になって、市長との行政懇談会で無謀にも論戦を挑んで返り討ちになったこともあるし、地域づくり委員会で市長に対し意見書を提出することにも奮闘した(つもり)。

市長や市役所には疎ましかったと思うのだが、市の議会に直接働きかけたことはない。
議会で話題に上ったことはあるが、takeyamaからのルートではない。
マー最近はあきらめムードでしらけていた。

ずいぶん古い記事にアクセスがあって『ん?』となって、遅まきながら議会だよりの記事に気がついた。

取り上げるのが遅くなって失礼した。

行政の関係者は今もって『損得論』を持ち出す。
水供給等は『供給業者的な立場』でものを考えるのではなく、『住民への福祉や公正公平』を基盤にしなければおかしい。
議会の意見を踏まえて、23年度当初からでも対応すべきだ。

『単なる能吏』か?『政治家』か?が問われる。

長い投稿を最後まで読んでいただいてありがとうございました。
気がついたと思いますが、このブログは前身のブログを乗り換えたものです。
大きなライブドア事件と言うのがあり、ブログサービス(無料の)が『ある日突然亡くなるのではないか?』の恐怖におびえて今のものに乗り換えたのです。
心配は杞憂に終わ、今もサービスされています。
当時のものはライブドア版の方が読みやすいかな?と思ってそちらにリンクしておきましたがどうでしょうか?

笑えない、笑ってしまう話題(2)

笑えない、笑ってしまう話題で続編を約束した。

まず事件?の位置関係

2年ほど前にも鹿が悠々と闊歩していたところでもある。
熊が出た
黒丸の栗に登っていた。

第1発見者は手前の畑で作業していた。
件の栗園の周りは動けなくなる年齢を見越して山菜園を造成?中。
タラの芽やこしあぶら、行者ニンニク、マイタケ、もみじがさ、アスパラなどを増やしている。
自分で手入れしないと山の味覚が口に入らない時代になっている。

さて本論だが、人家は遠くない。
マー人によって危険を感ずる程度は違いがあると思うのだが、takeyamaは『危険度は相当高い』とまず思ったから『駆除!』のゴーサインはすぐに出ると思った。

警察の関係者は集落の入り口を封鎖し、住民には『家に入れ!』と指示した位だから、相当の危険度を認めていたはず。

無策のまま逃走されたら住民は相当不安な生活を強いられる。
だから住民はこぞって駆除を要請したことはすでに書いた。

銃を扱う者は現場にいてゴーサインさえ出ればすぐに対応するのだが、それがでない。
『麻酔銃で眠らせて山に帰す1』方向で動いている。
その担当、大学の研究者らしいがは早くて4時30分くらいの到着だそうだ。

ちょっと頭にきて、『誰かけがをしないと事態は動かない!けがをしたらどうだ!』位の暴言を吐いた。

それにしても『もう栗はなっていなはずだが?』
そして、『木の下設置した罠にかかったのかも?』と気がついた。

親子3頭連れだが、親か?子か?
どうも親の方が『錯誤捕獲』されたらいことhが判って現場はちょっと落ち着いた。

担当者はいわく、『錯誤捕獲は放獣が原則!』とのたまう。熊に予定を聞いたわけではないのだが、あの家の軒先においてあるかぼちゃを目当てに来た熊を手前の罠で阻止したと評価するのが地元の住民やtakeyamaの思い。

相当の意識のずれを感じた。
カチンときたのが『熊の保護団体やマスメディアがうるさいから麻酔銃で放獣!』とのたまう行政マン。
自分を安全圏において他者のせいにする態度。
電話がうるさくて困るとしきりに強調する。

『住民の安全確保』のために断固『それらの矢面に立つ気概』を示さないこと。

その夜の自治会の会合でそのことを論議した際、『それなら今度はみんなで住民の安全を守れとみんなで電話するか?』と提案した者がいた。
『物理的な抵抗を示せばいい!』という発言が現実味を帯びた。でも『住民は怒っても態度には示さない』
それに安住してはいけない。

そして5時くらいになって、あたりが暗くなって、物々しい人工の明かりがついて、懐中電灯で麻酔銃を撃って、暗闇を小熊を追ったのだが、当然1頭の行方は分からなくなった。

そんなに甘く見てはいけない。
網を持ち出して『小熊を捕まえろ!』と切り出されたから、即座に『お断りした』のだが、『小熊という言葉のイメージ』に踊らされるつもりはない。

後日談2題

『どこに放獣した?』と聞いたのだが、『どこにしたかは言えない!』『大町市内の国立公園内』と答えた。
そんなことを秘密にする意味が判らない。
何かくるっている!(と思う)。
2~3日後『居谷里で親子づれ目撃!』の情報が流れた事を聞いた住民は曰く『中山にでも放ったかい?』と悪口。

『錯誤捕獲』と言うのだそうだ。
『熊の捕獲は基本的に許可制』のことは前に書いた。
だから『罠にかかってしまったのは錯誤』で、『捕獲を目的に罠を仕掛けることはできない』のだから、『間違って罠にかかってしまったのだから放してやるのがスジ』だそうだ。
『人間への危険性!』への判断が『その後の対処』に影響するべきだと思うのだが・・・

そこでその罠を仕掛けたtakeyamaの責任問題だが・・・
その立場をtakeyama流に・・・

もちろん当日の予定を熊にインタビューはしてないのだが、その先50メートルの『農家の庭先に置いてあるかぼちゃ』を目当てに、軒先の『柿の木』を目指した、農家の『2階のミツバチの巣』を狙ったのだが、運悪く罠に阻止されたのではないか?と言うのが事実だと思うtakeyama。

前のブログで、『みなさん!私のためにご迷惑をかけてすみません!』が言えなかった理由がこんなところにあったことは表明しておかなければいけない。

行政機関や警察関係からの『おとがめはなかった』のだが、『50人を超える人間』の『半日分の人件費負担を求められたらどうしよう?』

大勢で見張りをしている目の前で栗の枝がぼりぼりおられた。
木の管理者としてはなんともいえない気分。
これで何年か栗の収穫は見込めない。
マー木自体が枯れてしまうことはないとは思うのだが。無残

続編を書くことを予告しながらずいぶん長く書きこめなかった。
下書きの状態で長い期間が過ぎたのだが、辛口のコメントを記す時に関係者の顔が浮かんでくる。
『公開にためらいが生まれる』こともある。
あまり気分がすぐれるとは言えない。

水上神社

ちょっと『ショック!』なことがあった。

水上神社は『みずかみ神社』であって、『みなかみ神社』ではない(と思う)。
『産土神社たる水上神社を崇敬する氏子』の皆さんはどんな感じをしたのだろうか?

明治時代から戦後まで『藤の産土様(藤井神社)』が水上神社に合祀されていたことがあって、そんないきさつは美麻wikiに記録させてもらっている。
そんなことでまんざら無関心ではいられない。

24日は地域の文化祭で、中学生の研究成果が張り出されていた。

中学生が地域に関心を持つことは大変いいことなのだが、「水上神社は『みなかみ神社』です!」というのには参った。

『出典基』が判らないので『軽々には言えない』のだが、『産土様の世界』は、マー『宗教と言うよりは、民俗や風習の世界』であり、この場合、その名称の類は『土地でいい慣わされている呼称』が『正式なもの』であるはずだ。
『出典基が宮司でない』ことは確認できた。
宮司が困っていた。

前に『青具』は『(あおぐ)ではなくて(あおく)であることを書いたことがある
地域の固有の歴史や文化につながることを勝手に変えてはいけない。

ウインドーズの言語では『あおぐ』と入力しないと『青具』にはならないのだが、takeyamaのコンピューターは『あおく』と入力すれば『青具』に変換するようにしてある。

『水上』を『みなかみ』と読むことも知っているし、『みなかみ温泉』のことも、高名な小説家があることも知ってはいるが、『水上神社』はやはり『みずかみ神社』であるべきだ(と思った)。

本来学校の方に直接伝えた方がいい(と思う)のだが、takeyamaにして『ちょっと気遅れ』するのでこのブログで『遠吠え』で『お茶を濁して』おく。
どなたか『中学校に伝えてくれないか?』なー・・

ついでにいえば、『静の桜(しずかのさくら)』に関して、『歴史と民話の境目』がちょっと気になった。
民話と歴史が一緒になっては困る。

とかく『近頃の少年少女』達は、『霊』とか『超能力』の世界に『はまりやすい』傾向がある(と思う)。
だから、周囲の大人は『注意・注目』して行かなければいけない。

『架空の物語』が『実際に有ったこと』と混同されてはいないと思うのだが・・・
ちょっと気になる。

公と私の境目

市役所から立派な手紙(封筒)が届いた。
何かの役職者にあてたものらしくて、相当の数のようだ。

結婚式の案内のほど豪華なものではないが、厚手の用紙の案内状でマー普通の会議の通知などより相当グレードは高い。

封筒の差出人の欄には『市役所』と書いてあった。

開いてみたら市長の就任のあいさつ。
こういうのも『公の事務』なのかなー?
公私

文章の感じは『私文書』のような感じもするし、封筒の署名は『市役所』だから『公』か?

『つまらないことにこだわる』のは『悪い癖』の類か(ナ?)。

ちょっと頭の体操の類だが、そもそも封筒の差出人を『市長』ではなく『市役所』とした『担当者の意図』は何か?などと考える。
『封筒も本文も差出人が同じ』だったら、こんなことに気づくことがなかった。

「『変なことに気づいてください!』と言う『担当者の内部告発的なサイン?』だったらどうしよう?」などと思うのは深読みしすぎでしょうか?

判りやすい選挙と判りにくい選挙

地域には2種類の選挙用のポスター掲示場がある。

参議院議員の選挙が公示になったから市長選挙と今週中はダブル選挙だ。

市長選挙の方は判断がたやすい。ここは有権者が少ない地域だから選挙カーが訪れることなど少ないのだが、両候補者の違いがはっきりしている。

選挙公報や公式ビラが判りやすくて、『確かな市政運営』と『行政エコ、行政改革』のどちらを選ぶかということだし、選挙の手法もはっきり違う。

外野からみると断然当選確実の方がハイテンションで、取り巻きも盛んに危機感をあおる選挙手法だが、地域の有力者をいっぱいとりこんで必勝の鉢巻きがものものしい。
一方は淡々と政策を述べて、「吸収された旧村部のおかげで合併特例債が使えることになった」などと街頭演説した。

マー違いがはっきりしているから、どちらにピンと来るかを判断基準にすればいい。

ひき替えて、参議院の方は結構なやましい。

去年の政権交代選挙の意義は大事だったから『後戻りは困る』のだが、『コンクリートから人へ!』の売りは少しおかしくなった。

それでも『県区』の方は自分なりの判断基準はできたのだが、比例区の方は相当なやましい。

一つの政党に2つの勢力が存在するのか?違うのか?
政治と金お問題は執拗なマスコミの操作ではないのか?

政治的に、犯罪やその疑惑報道で政治家が抹殺されたたケースがあるのではないか?
鈴木宗男氏への執拗な疑惑報道で庶民は『とんでもない鈴木』だと思ったのだが、その当時のムネオ疑惑のほとんどは裁判にもなっていない(6月16日付宗男日記を参照した)

国の原子力政策を批判した福島県の佐藤元知事収賄疑惑は2審で実質的な無罪状態

石井議員を巻き込もうとした郵便不正事件は無罪の公算が高い。
指示を受けたとされる関係者の供述調書は証拠採用されないことになったことは、マスコミにさえ載った。

『検察、それも特捜部の捜査』と『マスコミの疑惑報道』で多くの『国民は洗脳』されてしまうのではないか?

事実『小沢氏は表舞台から姿を消』してしまった。
『政治と金』は問題ない!と言うつもりもないのだが、ただ『目くらまし』のように『ターゲットを作っている』ような『マスコミ』や『評論家』の姿勢にはチョッと『ん?』で、当面の選挙への対応は難しい。

判り易かった市長選の方は今日『期日前投票』を済ませた。

公共交通

美麻の公共交通で考えられるのは、今のところバスのことだけだが。

30日に『地域公共交通会議』というのがあって、出席した。

例の『規制緩和が華々しい話題を提供』したのだが、それまで陸運局が許可してきた、バス路線や時刻のことが緩和された。
それでも、それらのことに関してまるっきりフリーになったわけではなく、ちゃんと『地域公共交通会議の意見を聞かなければならない』ことになっている。

美麻内のふれあいバス運行は、合併後に村当時の『村の中心に向かう方向』から、基本的に『大町に向かう路線』に変更されたから、特に梨の木峰より北の方面にはずいぶん使いよくなった。

それはよかったのだが、去年の時刻変更は、この地域(といってもごく特定少数だが)の切実な利用者にとって『使えないものになってしまったこと』はこのブログで話題にした。

とにかく『高校を自由に選』んだり、『親の都合によらなくてもよい便を確保をする』ようにと思って、市外の高校にも通学できるように、大町駅に着く時間を幅広く設定するように主張した。というより、せめて20年の分を確保するように意見をまとめた。

その主張は反故になって、それによる利用者が減っていることが立証された部分があるのだが、それにしても高校生のふれあいバス利用者は少ない。

このままでは『高校生の通学バスとしてのふれあいバスは必要がない』とされるだろう。
事実市は社会福祉の分野が担当で、美麻・八坂をのぞいて『バスは高齢者などのためのバス』、だからそれらしい名前の『ふれあいバス』となっていることからも推定される。

『交通手段のない特殊事情を必死に訴え』て『親の都合によらなくても高校に通学できる環境を維持しなくてはならない』という使命感に燃えて、相当の激論をしてきたtakeyamaだが、『高校生の乗車率の悪さ』に実はしょんぼりとしている。

担当者との個別の折衝の感触では、今のところ乗車率を問題にはしていない風だが、どちらがニワトリでどちらが卵かわからないのだが、いずれ問題になるはずだ。

『利用できない便だから利用しない』のか?、親に送ってもらう方がいいので利用しないのか?、親の意向はどうなのか?
『利用がないから廃止する』となるのか

バスの時間はそれぞれの分をかなえることは困難なのだが、最大公約数を生み出す議論が必要だと思う。

中学を卒業して、高校に入るために市外に居を構える者がいる。もちろん特殊な事情なのだが『自分ひとりでも何とかなる地域条件』は論議しなくてもいいのか?

市の関係者の、最終的な条件設定を受けて地域内で論議した方がいい。といってももう『22年の4月には間に合わない』。大枠は決まっている。とても議論できる状況にはない。

早くても『23年4月』からのことだが・・・

地域公共交通会議の会議の状況だが、市の担当の説明に隙はなく、委員の発言は少ない。
『市の方向を追認するための会』になってしまっているから『案が出る以前の折衝』が大事だ。

新米の地域公共交通会議の委員の感想。

水の供給単価、地域づくり委員会の意見

市の水道料金は水道と公営簡易水道では違っている。
料金は水道給水条例公営簡易水道条例で決まっているのだが・・

メーターの口径を普通の一般家庭の場合13㎜で契約していると思うから『水道』と(簡易水道)を比較する。
1月当り10㎥までも場合『1,200円』(1,700)、それを超えると1.0㎥当り『140円』(150)となっている。

なぜ『食生活の基本になる水の供給単価が、同一の市内によって違うのか?』実に素朴な疑問から合併する前から、取り組んだが解決しなかった。

合併直後、無謀だが、『水道料金を一緒にして新市の一体感の醸成を!』と就任直後の新市長による市政懇談会で市長に論戦を挑んだことがある。

市長は水道事業や簡易水道事業の経営者の論理で、『独立採算を取れない簡易水道が料金が高いのは当たり前』ということだった。

でも・・・
『生活の、最も基本中の基本の水供給の価格が違う』のは、『どうしてもおかしい!』と思い続けていたのだが・・・

このことに関して、昨夜の『地域づくり委員会』では意見書を市長に提出することを決めた。
(もちろんこれから提出する予定のこと)

水道料金の統一について
 水道の使用料金は市民同一にするべきである。
 市の水道料金は水道と簡易水道によって料金に違いがある。
 「水道事業は公営企業として料金収入を持って自前で運営し、簡易水道事業は辺鄙な地域への水供給の故に、経費に充当する収入が少なく、不足分を市の財源を投入してまかなっているのだから、料金は異なっても仕方がない」と従来は説明されてきた。
 しかし、水は市民の生活にとって極めて密接な事柄であり、経費の問題に優先して論議されるべき課題である。
 本来、市内は、一律の水道網を設置し運営されるべきだが、全体の経費や運営のために合理性があるのかが課題である現在、当面簡易水道の使用料金を水道料金に統一し運営すべきである。
最優先の『ライフライン』として位置づけられている水供給であるから、市民の理解は得られるはずである。

以下ちょっと解説を・・・
地域づくり委員会は条例によって設置された公式の機関だが、何せ『市に意見を言ってもよい』組織で、市(長)の対応は判らない。
条例改正は議会が決めるのだが、議会に提案されるかどうかも市長の胸3寸。

だから『見通しは立たない』のだが、結果はともかく、成果はともかく、『変だと思うことは変だという!地域の姿勢、地域づくり委員会の姿勢』がより重要だと思うtakeyamaです。

『初めて意見らしい意見がまとまった!』ある委員の感想が耳に残った。

懇談会

昨夜『市長との懇談会』をした。
『あった』と書かずに『した』と書いたのは、その回を主催したのだから。

『市長や市の連合自治会』では『地域懇談会』だとしているのだが、当の地域?の方が『自分たちのことを地域というのも変な話』だから、会を『主催した美麻の連合自治会』では『市長との懇談会』というネーミングにした。

些細なことだが、こんなことにこだわるのがtakeyama流。

肝心の懇談会だが、10日ほど前に市長の『後援会の市政報告会』というのがあって、大盛会だったようで(今度の夏は市長選)、そんなことがあったか、昨夜の会は閑散としていた。
総勢は30人超だが、そのうち市の職員が10人ほど。

地域を篤く語り、現状を堂々と批判する勢力は出席しなくなった。
『もう無駄!』だと思う人が増えたかもしれない。

懇談の発言者は5人、素晴らしく行政に精通し、公務員の鑑のような市長だから、発言に対する答えは多岐を極めるし、ほとんどの事案に対して造詣が深い。
逆に焦点が判りにくい(かもしれない)。
『議員やそれないの知識の持ち主や経験者』を相手にした、無難な答えをするのだが・・・

発言者は元村長や議員、今の市の各種審議委員など『それないの顔ぶれ』だから、それなりの意見や提言だと思ったのだが、意見を聞いた風を装っても、結局『提案は全部没にした答え』になっていた(と思う)。

松糸道路の市内ルート案を早く!の意見には、3ルート(市内真ん中、西、東)案があることを示したが、決定する方法に踏み込んだ話はなかった。

先にあった市立病院の危機に関しては、暗に技術系の職員と事務系の職員の意識のずれを指摘する意見に関しても市役所の職員との人事交流を検討する姿勢は示さなかった。

『事務(行政)職員の意識改革が必要なこと』は衆目の一致するところなのだが、相変わらず『努力目標の域を出ない説明』で、病院との懇談会で、病院管理者が市長との役割で戸惑っている『公営企業法全部適用の本当の姿』を説明する姿勢はなかった。

国保会計を運営する『医療保険経営者の姿勢』を示し、『病院経営の責任の一線を退いていること』をさりげなく示した。

傑作だったのは元村長の発言で、『市町村職員共済組合員(村の職員)はどんどん医療機関を利用し、国保の組合員はそれなりに!』といった『元某村の長の発言』を紹介したこと。

市町村職員共済組合の一人当たり医療費が、県下で相当高かった『某村の診療所の会計は黒字だった』ことを、暗に紹介したのだと思う。
以前『したたかな村があったこと』をtakeyamaも感じている。

合併で判らなくなったのだが、合併前の『美麻・八坂』の国保の医療費は、『旧市のそれより相当低かった』から国保税は『相当安』かった。
それを受けて、一つの市で違う国保の税率を合併直後は適用したのだが、早々に同一にした。
『8パーセントを超える率で税は上がった』のだが、そんな現実を気付かせた質問だった。

『医療費の通知事務の廃止』を提案した意見には国の意向を前面に出したのみだったが、takeyamaも無駄な事務だと思う。こんなことをやめれば無駄な経費が抑えられる。
マー怪しい医療機関の不正請求の歯止めにはなっているかもしれないが、受け取った国保の保険者にそれなりの知識が必要なのだが、そんなことに触れた記述はない。

利用したい教諭がいなくて、教員住宅が空いている。
施設がご粗末なことが理由なのだが、それを指摘する意見に『半分くらい空いている』という市長発言があって、『現状が担当から上がっていない現実が明らかになった』のがこの懇談会の唯一の収穫?
9棟(14世帯)のうち1棟(1世帯)利用だけという現実や水洗トイレがないことなどが大衆の面前で語られたことは案外大事なことだったかもしれない。
隣の村は合併しないで自立を志すのだが、そんな村は教員住宅を大事にするからそこから通う教諭がいる。
昔の美麻村の逆だ。
美麻から村外の学校に通う教諭がいた現実がある。

ただ、発言者が地域づくり委員だったのには『?』、本来この委員は公式に市長に意見を言うことが認められている。
委員の怠慢ぶりが明らかになった。もちろんtakeyamaも同罪。

諮問されていないことでも勝手に市長に意見を言えるこの委員会で、『勉強するから視察旅費がほしい』という意見にも『?』
これを乗り越えるのがこの委員会の性格なはず。ちょっとピンぼけ!

ポカポカランドの指定管理者が変わるのだが、4対3の選定委員会結果を演出して、今までの管理者決定プロセスの責任を上手に逃れ、また新しい管理者決定を正当化するよう上手く立ち回ったな!という感想はtakeyamaだけだろうか?

4対3という結果は過去のことを全否定されたのではない!という市長発言が物語るものは?

市の『行政課題をお手伝いする委員』に『自治会加入条件にしたのは変』という発言もあったが、山里に暮らす住民にとって近所づきかいは最低条件。
takeyamaはその条件は正当だと思う。
自治会加入したくない者が増えても地域は元気にならない(と思う)。
単に人数が増えても意味はない。
藤は、地域在住の前からコミュニケーションをとっている

懇談会の様子はいずれこちらで公開されるはず。
もちろんさわやかテレビでも。

美麻地区連合自治会が主催する懇談会は最後になるかな?
住民の要求がない会はやっても意味がない。

危機?

市立総合病院から住民との懇談会、『対話集会をしたいから仲立ちをしてもらいたい』という申し入れがあった。

大事なことだと思ったから住民に集まってもらった。
あまり出席者が見込めないから、地域へ個人通知も相当数出したのだが、思いのほか人数が集まった。

病院の職員、とくに『相当数の医師の側』が『危機感を持っている』感じ。

病院はちょっと前に『地方公営企業法の適用を全部受ける』ことに変えたのだが、そして設置者の市(市長)が経営の第一線を退いて、事業の管理者を任命して、そちらに経営権を移した。

でも、なんとなくその辺が正直言って、はっきりしない感じがした。

病院経営は赤字だが、減価償却を含めた場合のことで、それを除く現金の部分ではなんとかなっていたのだが、このところそれすら怪しくなって『内部留保した分を食いつぶしてきている。』

市長は就任直後から『病院改革』に情熱を燃やし?、職員らと対話を重ねてきたのだが、やりきれなくなったのか『公営企業法を適用して管理者を作って責任分担をして逃げた?』

病院は例の『医師の研修制度の変化』によって、卒業後に大学に残る者が少なくなり(大都市の大病院志向)大学の付属病院の医師確保のために、地方の病院に派遣していた者を引き揚げることになり、大学に依存していたこの病院は、医師不足に直面した。

内科医の不足に対処して診療制限をしたのだが、それが他の診療科に影響したのかもしれない。
収入が激減して経営がピンチになったようだ。

そこで『対話集会』となったのだが・・

『収入の激減の理由は分かっている。内科医の不足だ!』と言われてしまうと『さて住民は何をすればいいのか?』となる。

『医師は、大都市へ!、大病院へ!』という今の流れは『全体的の医師不足』と『研修医制度』によることは明らかなようだが、そこで住民の役割は?

『住民が大挙して訴えてほしい』、『大学に方にも働きかけてほしい』、などと言われる。

自分で(地域や病院で)作ればいい!と訴える医師がいて、『時間はかかるがそうだなー』とうなずいたが、『病院の実績がないので役所に断られた』そうだ。
政権が変わっても、どうにもならないのかなー

『自前の医師を作るような雰囲気は』、『医師が移入してくるような雰囲気づくり』につながるような気がする。
何といっても壮大な自然を有する山岳都市だ。

住民の側からの意見は、病院側の患者や住民への対応の問題に集約された感じ。
内科の常勤医師が2人になってしまって(今は4人だが)診療制限した時のトラブルが回復されていない。
今は制限はしていないのだが、それがわかっただけでもこの集会の価値があった。

takeyamaは病院自前の事務職員体制が必要なことを訴えた。
今は市役所の職員と人事交流があり、どうしても腰かけ的なことになりやすいし、他からの事務者は技術職たる医師や看護師に遠慮がちになり、それが患者や住民の方に我慢を強いることにつながりかねないからだ。

施設長たる市長と経営責任者たる管理者の責任分担に戸惑いを感じているかのような当事者を目の当たりにして、『しっかりしてくださいと声をかけたくなった』が飲み込んだ。

この病院にはもう30年近くお世話になっていて、3年ほど前の『前立線摘出の手術』のときには、過去の病歴やけが歴が全部明らかになっていて、それに基づいた対応ができて安心した。『なんでもこの病院!』で対応してきて『よかったなー』と正直思った。

なくなっては困る病院だし、できることは住民の一人としてやらなければ!と思った。

このブログの読者に医師の方はいないと思うが、お知り合いに内科医の方はおりませんかねー?

総論と各論

5月の30日にごみ処理に関する市民懇談会があった。

もう古いことで改めて書くこともないのだが、市の議会でtakeyamaの発言を取り上げた議員(16日7番目の一般質問)がいたから、ちょっと説明を・・・

懇談会は『市民の声を聞いたことにする』いわばアリバイ創りの趣があるのだが、とにかく25人ほどの地域の市民が集まった。

主催は市役所(市長)だが、地域の自治会長も開会時に挨拶してほしいと依頼された。
主催との関係でちょっとした戸惑いがあったのだが、とにかく『地域の市民の声を聞くと言われるのだからマーみんなで意見を言いましょう!』といった趣旨の挨拶をした。

懇談会を主催したつもりはない。

冒頭、今までの経過を含めて今後のことも説明されたのだが『この説明では、総論賛成、各論反対が起きる』と発言した。

説明も資料もごみ処理の経費比較に重きがおかれ、本来話題になるべき『ごみ処理に伴う環境負荷の面』が薄いものだったからだ。

合併前、ごみ処理組合の一部事務組合に籍を置いたことがあって、そのころ感じた市のスタンスがそのまま引き継がれていると思った。

市のごみ処理施設は、とにかく『迷惑施設を地元に受け入れてもらう』ということ尽きている。

今から10年位前、ダイオキシンの話題が盛んだった。
今の『ごみ処理広域化計画』の前段が語られたのだが、件の一部事務組合を担当した3年間に市の担当課長は3人変わった。
10年後のごみをどうするかを語るものはなく、『22年に山下地区との協定は切れる。』『他村のごみは市民感情から受け入れられない』と語るだけだった。

『経費を節減するごみ処理』が首長と担当の命題で、『お金がかかって・・・』が共通語になっていた。

まだ美麻も八坂も村として存在し、どちらも大?大町市にはごみを受け入れてもらえないから、美麻は白馬小谷の仲間にしてもらい、八坂は新町などと一緒になったのだが、その炉がダイオキシンの暫定値をクリアーできないで廃炉にするから困った。
当時の市は前述のように『他市町村のごみは市民感情が・・・』だったから長野市の炉を使ったこともある。

皮肉なことに『他市町村のごみは市民感情から受け入れられないはずの市』が、松本市にごみを受け入れてもらう事態もあった。

地方事務所の屋上の空気中のダイオキシン濃度を測ったら、北安曇の分が県下で一番高く、『大町のごみ焼却炉から排出』されるのではないか?というのが『ごみ担当職員のいわば公然の秘密』状態だったことがある。

『経費が!』でなかなかダイオキシン対策が進まなかったのだが、ついに暫定基準を超えてしまい、操業停止になって松本にごみを運んで対応したことがある。
余談だが、暫定基準は今の基準の100倍近い数値で、気の小さい人は卒倒する位の値。

測ったらいきなり暫定値を超えてしまった炉は県下に2~3炉あったのだが、あれだけ問題が大きくなってから、その後に対策もせずに暫定数値をクリアーできなかった炉は県下にはない。
必要な経費を惜しんで、恥を県下にさらしたから、白馬小谷を含めて、他町村は市のごみ行政のお粗末さを実感している。
付近のごみ処理担当者の間では周知の事実だ。

船頭多くして、船浅瀬を渡るの類で、今回の『飯森断念』の底流に『市への不信がある』ことを知らなければならない。
当時から『22年新施設稼働』とは言われていたのだが、『大町はだめだな!』と見通していた白馬の施設組合は、広域化の議論と並行して施設の延命化にすでに取り組んでいた。
その分の経費を大町が負担しても、なお他村に施設を造ってほしいというのが大町の行政関係者の意向だった。
そして今また『市単独で!』とも言いだした。各論でまた大騒ぎになることが予想されるのだが・・・

大北の盟主を標榜する市だが、凋落していく名家の風で、盟主たる威厳もおおらかさはなく、自己の主張を振りかざしているに過ぎないことを、議会を含めて市は感じたほうがいい。

懇談会で言ったtakeyamaの発言は、経費からごみ処理施設を論じるのではなく、適正処理の方向からそれを論ずるべきだとしたものであり、そのために一定規模のごみ量が必要で、その面から結果的に広範囲を対象にごみ収集をして、場合によっては産業廃棄物の一部も一緒に処理して地域全体の空をきれいにすべきことを主張したものだ。

自治会は市の行政の一部だなどという意識はtakeyamaにはない。
自治会は協働の一方の柱だが、行政機関とは正当に対峙していると自負しているのがtakeyama流で、そのことを実感している市民や行政関係者が多い(と思う)。

確かに懇談会の開会に際して挨拶はしたのだが、会を主催した風のことを言ってはいない。
『行政の意向を聞いて自治会長が発言したごときの質問』は『げすの勘繰り』の類で、不明を恥じてもらいたい。

これは『takeyamaの方の、げすの勘繰り』だが、美麻と八坂が大町市になったから『大町単独で施設を造るといっても用地はあるから大丈夫!』では困る。
そこには『ごみを適正に処理する視点』がない。

ごみ処理施設のことは、総論より各論から入ったほうが結果的にいいかもしれない。

いわく、中心市街地活性化のためにごみ処理施設を造る。
いわく、旧東洋紡跡地の有効利用のためにその場所に造る。
etc・・・

美麻のような山間地では、ごみ程度のことは自己責任でできるのだが、3人の老人を看取った身で思うのは紙おむつの処理で、行政機関がそれをまとめて処理してくれて大いに助かった。
入院もしてみたが、病院から出るそれも相当になる。
介護や看護の施設の量も推定できる。

生ゴミの減少対策が、主要なごみ対策だなどと思っては困る。

これでいいのかなー?

非常に公共性の強い法人の評議員に『連合自治会長の故』をもって委嘱された。

そしてその『初めての評議員会』があった。
主要な議案は20年度の決算認定。

それがちょっと信じられない事態で、『前年度(19年度)の繰越金が実際の金額(貸借対照表の額)と整合しないから、その額を変えて(正しい額にして)20年度決算書を作ったから認定してほしい』というもの。
総額5億円ほどの決算のうち180万円ほどが整合しない。

前年度の決算額が整合していないことは、すでに前の評議員会に報告済みのようで(今年度の2次補正予算の際)あって、その時は、今年度の会計操作で調整する予定だったが、この評議員会では『会計システム上今年度の会計処理は不可能だから、異例だが、前年度の決算書の残金(繰越額)を訂正して、今年度の残額を実態に整合させたい』と説明された。よくわからなかったので質問したのだがその要約(のつもり)
地方事務所の監査の結果明らかになり、16年から17年への移行の際取扱いが違って、それ以後続いたとのこと。

法人の評議員に委嘱された経過がはっきりしないのだが、『美麻の連合自治会長になったことがいわれ』だから、『市民から選任されたこと』とは、ちょっと認識に差がある。

評議員は議会議員のようなものだが、議会では当然認定できないような事案でも『まーいいか!』になりがち。
そこが選挙の洗礼を受けた者との違い。

その上、決算の認定は『できないと反対しても、それでどうなるものではなくて、決算そのものは変えられない』。

そんなことを念頭に、決算認定の方に挙手をした。
評議員全員が挙手したから、『マーマーというものが全員だった』ことになる。
別の評議員がその件に対する理事会の様子を聞いたのだが、理事会では『話題にもならなかった』という答弁だった。
れっきとした独立法人だが、設立の経過や目的から理事に経済団体(法人)のような緊張感はない(と思う)し、専門外の者も多い?

不正の臭いのようなものは感じなかったのだが、今回のような間違いは職員が起こした。
職員は上司に報告した時点で責任は上司に移り、上司は理事会に報告して善後策を講じた時点で責任の所在は理事会に移る。
理事会は不都合な決算でも、評議員会の認定を受ければその全責任は認定した評議員会の方に移る。

『それを言っちゃーおしまいよ!』だが、周りの評議員を見回してもほぼ素人状態。
でも認定した事実は正式なものになり、関係者は『評議員会の認定を受けた20年度決算では・・・』というのは目に見えている。
決算は『法人の広報紙でお知らせされるはず』だが、事実をどう記すか注目していかなければいけない。

マー『みんなで渡れば怖くない赤信号』の類いで『評議員として無責任!のそしり』は甘んじて受けるつもりだが・・・

それにしても自治会長になって、しかも美麻の連合長になるとそのとたんに得て不得手に関係なくいろいろついてくる。

市役所などの機関は『住民の意見を聞いたことにするため』に自治組織をうまく使うのだが・・・

オオカミ少年

間延びした、抑揚のない声が流れた。

こちらは『広報○○市』です。
『火災気象通報』
この時期、『山火事が多いから山に入った人は火の取り扱いに注意してください』

外は雨、夕べから降り続いている。
最近山火事を注意する時期だから『間違ってはいない』のだが『思わず笑って』しまった。

この市の防災無線は大金(合併特例債も)を投じて、怪しい?契約の結果出来上がったのだが・・・

ずいぶん前のことだが、毎日雪崩注意報が出るから違和感があって、調べたら『注意報が出ていない時に登山者が雪崩にあった』。
だから『注意報は出しておかないと責任が取れない』といわれて『へー』だったがそのたぐいの話。

オオカミ少年の童話は『オオカミが出た!』と大人を驚かしていた少年が、実際にオオカミが出た肝心のときに信用されずに、大変な目に遭ったことをいさめたものだと思うのだが・・・

注意報が肝心のときに機能しなくなってしまってはいけない。
ちょっとどころではない相当の工夫がいる。

挙句に最後は『以上消防防災課』ときた。
この課は『いざという時の危機管理の責任課』で、いざという時だから『想定外の出来事に対処』できなければ役に立たない。
こんなところに危機管理を託す市民は不安だ。

農繁期の雨の日に・・

前にも何回も放送があって、誰かが注意するか?と思っていたのだが、我慢しきれずに憎まれ口を・・・
関係者に違和感がなかったとしたらその『感覚を疑う』のみ。

経済対策、定額給付金とETC

27日はtakeyama家にとって、緊急経済対策?の日。

朝の郵便で定額給付金の決定通知書が届いた。
その申請はこの9日にしたのだが、前に話題にした。
事前のマスコミ情報と違って、ずいぶん簡単で、コピーは全然いらなかったから逆に心配したのだが、懸念を払拭して決定になった。

形態は自治体の固有事務だから自治体ごとに違ってもいいのだが、どうも自治体によって対応が違うようだ。

また、今になって『DVのケースは世帯主に被害者の分まで入ってしまう』などの問題提起されているが事態は当然予想されていたことでいまさらメディアが取り上げてもメディアの無能力さ加減を強調するだけなことを気がついているのだろうか?

もうひとつ、自動車の工場に依頼してあったETCが間に合ったという連絡があった。

『100年に一度の不況対策』として『ETC搭載車は、高速道路使用、土日祭日乗り放題1000円』ということがあり、『その収入不足分は、国民全体が税金で補てんする』ことになる。

あまり高速道路を使うわけでもないし、設置費用をカバーしきれるか問題だが、高速値下げ政策を使えないのは癪だし、なんだか時代に乗り遅れるのも癪だから半分意地でETC搭載車にした。
『天下りETC関係団体や企業を助ける政策』だと気がついてはいるのだが・・・

定額給付金はもらって迷惑なものはいない(はずだと思う)のだが、この市にも受けとり辞退者がいるという報道があった。
受け取った上で、自己が意図する社会貢献費用に使ってもらう方がいいと思うのだが・・・

takeyamaは受け取るのだが、政権党やその友党には決して投票しないことを宣言しておく。
こんな選挙買収事件は無効にしなければいけない。

高速料金値下げが物流の本体トラック輸送に及ばないことは基本的に経済対策としての本質を欠いている。
単に『一般車を対象にした方が、選挙対策として有効』だからにすぎない。

この次に続く対策?は『金持ちからお金を使ってもらう』ために『金持ちを優遇する』のだそうだ。
相続税をまけたり、エコ品の買い替え優遇など、生活困窮者には手の及ばないものに、税を優遇するのだそうだ。

『富の再配分』こそ政治だと思うのだが・・

本当にお金が余っている人がいて、箪笥に貯めたお金を使ってもらうのなら、食料品など生活必需品をのぞいて1月から消費税を上げると言ったらいい。
駆け込み需要が多くなるはずだ。
エコ商品などは『買い控えが起きているらしい』から。

給付金の支給にタイミングを合わせたわけでもないだろうが、テレビのスイッチが入らなくなった。
山留生はもともと見ないから問題はないのだが、情報取得に戸惑っている。
幾日我慢できるか?
つれあいはラジオだしtakeyamaはPCを頼りだが・・・

高額所得者の所得税税は、前より随分安くなっているはずだ。
選挙目当てに『大判振る舞い』ばかりしていていいのか?
累進税率復活!

定額給付金の申請

さっそく申請した。

『本人を証する書類の写し』と『振込口座の確認の写し』を添付する欄が、裏面にある。

『振り込みの口座を証する写し』は『税等の口座振替の口座を使う場合は不要』だとちゃんと説明してあったが、『本人確認の写し』のことは、何の説明もない。

ちゃんと『名前』も『生年月日』もかみさんの部分も含めて金額まで印刷してあるし、その他役所に保管している『個人情報の利用の承認許可』も給付金の申請と同時にしたことになることを書いてある。

だから、『必要なはずがない』と解釈したし、何の説明もないのだから『何も添付しない』まま、書類を送り返した。

本当はちょっと心配しながらだったのだが、そのことを『さわやかテレビ』で放送している。
『本人確認ははじめは必要だった』が『今はいらなくなった』ともっともらしくいっている。
真相は『?』

本当は『記載説明書の不備』だったと思うのだが『ミスをさりげなく目立たなくしている』のだと思う。

『国からのマニュアル』をメディアはよく放送した。
田舎でコピーは結構大変だし、運転免許証がない人は何で証明するのか?と思ったり、新しい振込詐欺まがいのことをおそれたり、『コピーを利用してくださいと近所に言った方がいいのか?』などと考えたりしたのだが、マー『一件落着』。

メディアの国からの情報提供を『前には・・・』と位置づけて放送しているのなら、本当は国語の取り扱いがおかしい。
本来この『給付金事業は市の自治事務』のはずだから、市からの通知が初めてのはずで『前には必要だった』のなら『申請用紙にその説明があってしかるべき。』

マー、こんなことは大勢には影響がない屁理屈の類いだが、この辺の公務は結構言葉の使い方がずさんだから、妙に気になるのは悪い癖かな?

返信用の封筒にはちゃんと『送料は受け取りが負担する』と切手欄に書いてある。

例の郵政民営化の流れの中で、郵便の『配達が美麻局から大町局に変更』になる際の説明会のときに『サービスで郵便物をもっていってもらっていたのだが・・・』と発言したら『今後は業務で差出物は従前の通り配達人が持参する』と答えたから、今は『堂々と郵便受けに置いておくだけで相手側に届くシステム』になっている。

マー『大した負担がなく、定額給付金は手元に届く』
かといって『壮大な公金利用の選挙買収』には『引っかからない』ことは言うまでもない。
浮かれて『無駄遣いする』つもりもない。

せっかく下がり始めた『ガソリンが値上がりし始めた』方が気になる。

予想

会議などでいろいろ議論するのだが、議論がかみ合わなくて”いらつく”ことが多い。

『こうすればこうなる!』と未来を想像して議論することが苦手な者が多い。
将棋や囲碁は『上達のコツ』として『3手先をよめ!』と言われる。

明日から市営ふれあいバスの時間割が変わる。
地域づくり委員会での議論を取り入れない改訂が行われてしまったので『大町より南に通学する高校生が使う』と思われる『大町駅7時21分発の電車』に間に合う便がなくなってしまったことはすでに書いた。
『親が大町駅まで送らないと通学できない高校生』ができてしまったことも指摘
してある。

境の宮から新行を経由して大町に向かう朝1番の便が15分遅くなった結果の副産物で、川手を出発し青具を通って二重大塩を経由する便より『後に通る、境の宮からの便が逆に早く』大町につく。
ふれあいバスの時間表はこちら

今まで大町に通った青具の高校生は、早すぎても境の宮からの便を使うか、少し遅い川手からの便を使うか選択したのだが、これからは全部新行を経由する便を選択するはずだ。

7分あとから通過する便の方が先に大町駅に着くのだから当然だ。
おそらく川手線の青具の停留所(ぽかぽかランドと現金屋)の利用者はゼロになる(はずだ)。

川手線は県道の美麻白馬線から長野方面に向かい、農協の美麻支所の近くのバス車庫で折り返し(回り込んで)ぽかぽかランドの前(停留所)を通過して青具の神社を美麻八坂線を梨嶺方面に向かうのだが、必ずこの間は空気を運ぶだけのものになる。

朝の貴重な時間に青具の神社前を2度通る通るのだが、その間はまず必要がない便になるはずだ。
同じようなことが梨の木峰と梨嶺間にあって、こんなに早い便で梨嶺に来る者はいないはずだからこの折り返しも無駄なことになる(はずだ)。

朝の貴重な時間に、都合2分間の無駄があることはずいぶん前に指摘してはあるのだが、そんなことに配慮したダイヤにはなっていない。

このての話題は、何時も『何か都合が悪かったらその時に見直したらいい。それが建設的だ。』と片付けられる。

朝1便の川手発の川手小藤間は利用者が今年は見込めない(21年は)し、この便は大町超えの者には使えないから、今年の秋には『利用率が悪いからこの便の運行はできない』などと市役所側から言われる気がする。

将来の利用者はあると具体的に指摘しても、調査が不足していることを『最近の個人の情報保護の風潮』に逃げ込んで、議論を逃げる傾向もある。

ふれあいバスの朝の便は『ほかに公共交通がない、この地域の通学する高校生の最後の砦』で、『あることに安心してここに住める』ことに直結しているはずなのだが・・・

親が元気でないと『高校の選択も自由にできない』なんてことになってはいけない。

ずいぶん二重大塩方面から大町を超えて通学する高校生が増えたと思うのだが、朝7時44分発の電車に間に合う便しかないのだが大丈夫なのかなー
この辺はtakeyamaは地元ではないこともあって調査不足。

もっともらしい議論なのだが・・・

最近の流行だと思うのだが、いろいろの事業などはネーミングの付け方に凝ったものが多い。

市も市長が代わって(変わって?)『きらりかがやく協働の町づくり事業』というものができて、市役所が一生懸命PRするから市民の間に『言葉』は定着してきた。
協働と言う言葉は大変響きが良くて、これを表だって批判する者はいない。
だだその精神的なものについては『?』と言うものがある。

市(市役所の職員?)にとって協働とは安上がりに住民を使うこと(ではないかな?と思う)。
市民はそのその耳当たりのいい響きと一種の自己満足に侵されて(?)喜々(?)として協働する(失礼!)

『きらり・・事業』の内に、花づくり活動事業があるのだが『市民の方から市がお金を出したが管理が悪いところがある』と市(市役所)に通報があったから『管理状況を予告なく検査する』そうだ。
実は『本当に通報や意見があったのか?』怪しいと思う。『・・・ためにする情報操作ではないか?』と疑っていた。

『衣の下から鎧が見えるたぐい』の話だが、協働・・などと言っても公務員の本質は上から目線の許可権者だからすぐその本質が顔を出す(と思う)
こういったことにすぐカチンとくるtakeyamaだから、地域づくり委員会の分科会で思わず声を荒げてしまった。

市民の側の委員からこの類の話が出たから『協働の本質を脅かし、市の市民管理を助長してしまう』と発言した。
自分で自分の首を絞めることはない。

地域の『花づくりなどと言う作業』を『検査して、事業効果を高める』などと言う発想は『相当貧しい公務員の発想』だと思った方がいい。
件の委員とて管理が悪いと思う関係者に『それを指摘して意見をいう気概はない』から『市役所の職員にそれを言わせるつもり』だと思うのだが、こういったことが『市による市民支配を助長する』ことに気がついたほうがいい。

青具区でもこの『花づくりには取り組む予定』だが、『地域ごとのコンクール』にしようかと思っている。

メンドシーノ交流実行委員会への意見

『代表者会議の通知』が来たのだが出席できないので次の意見を文書で提出

2つ意見を申し上げます。
出席できないのですから、取扱いについては責任者の良識にゆだねるほかありません。

どういう経過で私が代表者なるものになっているのかが分からないのですが、多分自治会長になったか、連合自治会長になったからだと思います。
自治会長は、それになったとたんに、なんでも『そこにおっつけておけば無難』だという傾向があり面喰っています。

特に連合自治会は、各自治会が集まって連合自治会になっているような名前ですが、実態は自治会長が5人集まって『自治会長の連絡会様』のものであり、市全体のもののような権限も予算もない上、規約自体もありません。
旧村時代には、実態の伴わない区長会を、村の特別職として『体よく行政が利用』してきたのですが、それをそのまま引きずっているにすぎません。

広範な住民を代表する自治会長にとって、福祉や安全、ちょっと広げて教育などの問題はともかく、趣味や地域振興などについては相当いろいろの意見があり、単に形が地域の代表といっても、それらに参加することは相当無理があります。
これが問題の1点ですが、今回言いたいのはもっと本質のところです。

一般的に、実行委員会という組織は、何か事があった場合に単発的に組織されて、ことが終わればその会もなくなる性格のもので、10数年も継続するものではないはずです。
ましてメンドシーノ交流は、いわば『児童の訪問』と『相手地域の住民との交流』という性格が違うものが一緒になってきて、全部を実行委員会でひとくくりにすることは相当無理があります。

『人を育てる市や地域』として、『市民の税金を使う、児童の訪問』はともかく、交流の方は十数年の歴史を経て、地域における住民個々の温度差は相当のものがあります。
相手国は個人の思いが相当強い国民性があり、そこと付き合う過程で、こちら側も対個人、対友人の関係が強まっています。

多様な人間が集まって、その温度が低い者も否応なしに集まっている実行委員会を、いわば発展的に解消し、『メンドシーノ交流協会』として改め、かの地への訪問児童のうち高卒者か成人者、引率等での訪問者、村時代の訪問議会議員、今回訪問した市長や市議会議長、訪問児童の家族、交流ボランティア等の有志を会員として、新たに発足すべきだと思います。

児童の訪問時には協会を母体として実行委員会を組織して地域に広めることも一つの方策になるとは思いますが。

支所長は課長級

今夜は地域づくり委員会。
課題を分科会に分けて検討することになったのだが、その内容は、ちょっとむかむかしていたから記録が『?』。だから責任をもった報告ができない。

前にこの委員会の問題点をいくつか書いたのだが、(1,2,3,4、)全然それに触れないで会を進めたから、会の将来のこともあるから問題視した。

気がついていた委員も複数いたようで『会の意向をしかるべき手段で市(市長)に伝える必要性』が多くの委員に意識されたことが『進化』と受けとめで、自分を無理に納得させようと思う。

それにしても『会としての意見がまとまった』ことを意識して、その後は『それを会の原点』にしないと麻生総理の『あの時は自分の意見は実は・・・』になってしまう。

本論はともかく、会の終了後の報告事項から。
4月からの支所の体制の話があったから・・・

1、支所長が課長級に(現在は部長級)
 支所の総務民生課と産業建設課のどちらかの課長が支所長を兼ねる。

 このことについては合併前から決まっていたようです(05年2月20日のこのブログ)。権限を実態的に小さくして「まーいいか?」の世論を作ってきた(ように思う)。

2、支所で管理している市有林を本庁で一括管理。

3、公民館長に嘱託職員を配置。
基本的に、この市は身内にやさしいからいわゆる天下りかな

4、車両管理の一元化
なるべく早く支所をなくすことに腐心しているらしい。役に立たない支所と言う世論が出るのを待っている?

二重の『市民農園の管理棟の管理』を地域づくり会議が受託するようになることが報告された。
今に美麻wikiで報告されるはずだが、地域づくり会議の臨時総会で受託(希望)が決定?
市役所から提案されたそうで、究極の談合かな?
『個人での受託希望』を『完璧に排除する』ことになるのだから、不協和音がでないことを祈るのみ。

市民農園の運営

農園全体のことではなく管理センターのことなのだが・・・

市民農園は、村の活性化策の一環として、定住人口増加を見込めない中で、都市住民の田舎志向や農業志向に応える形で『村の元気を取り戻す施策』と位置づけられてきた(と言われてきた?)

だからと思うのだが、村の時代には村役場の事務(業務)の相当の部分を占めてきた。
農園全体の運営はもちろん直営で、沢山の居住スペースの人気があり、空き待ちの状態にもなり、『管理センターの運営』は『嘱託だが村の職員』が行ってきた。

詳しいいきさつは判らないのだが、合併後は『当時の嘱託職員が管理を委託』されていたらしい。

管理を委託され、材料などの経費は市が支出し、収入もすべて市のものになる。
皮肉な話だが、『施設がにぎわって収入が増えると管理者の負担が増えるだけ』だからモチベーションが上がることにはならない(はずだ)。

もともと市民農園での農業は『農地法の例外規定での農業?』だから難しい問題が多かったし、一般的な市民が小さなスペースを耕して楽しむ農園と違って、『居住スペースを持つ市民農園』と言う大きな特徴をもつ施設で、それら『利用者の便宜を図るための管理センターの運営』だから、費用対効果の面では難しいことも多かったはずだ。

管理者は『相当のポリシーを持って運営』して、農園利用者と住民の交流も成果を上げ始めて来たようなのだが、管理委託と言う手法からか、管理に対する意欲を失って『今年度で管理を止めたい意向』だそうだ。

『初期投資が終わってさてこれから』と言う時に合併したから、市にとってはおいしい施設のはずだが、いまの市は経費節減にしか興味がない(ようだ)。

役場がなくなって、ずいぶん地域や支所の仕事も少なくなったのだから、支所の仕事を増やし職員の数を維持する視点もあってしかるべきだが、そういった考えはないようで『管理を受託してくれないか?』と地域づくり会議に打診があったとのことで、夕べ地域づくり会議のメンバーに説明会が行われたから出席した。

役員の方から説明はあったのだが、すでに『やるつもりの役員』と『様子見の役員』がいる感じ。

地域づくり会議の会員は、それぞれ『地域の維持や振興の意欲は一緒』だが、『その手段については千差万別』で自分の趣味を地域づくりに生かしたいもの、スポーツの振興が地域づくりに重要だと思うものも含まれている。

今回の提案は、それらをひとからげにして突き進む話だから、会員の中からは『管理センターの運営をして地域おこしを楽しみたいメンバーを作るべき』だというような意見があったし、それらが『地域づくり会議に参加する形』が、『目的も手段も違う雑多な人間が加入している地域づくり委員会の姿勢』だと思うのだが『相当前かがみの姿勢の者』もいたからどうなるのかなー

行政機関が管理する施設(行政財産)は、住民に必要なものだとしてつくったのが建前だから、もともとは市が運営するのが普通なのだが、得手不得手の問題があるから『管理の一部を他に委託すること』はできてもその『運営を一括行政機関以外のものに委託できない』のが法律の解釈。
『管理はともかく、運営まで委託するべきではない』と言うのが法律。

『官から民への流れ』の中で、この頃の法律改正で管理者を市が指定する(指定管理者)制度ができた。管理の委託と違って、2~3年継続して経営できる。
麻の館やぽかぽかランドに取り入れられた。

今回の支所の提案は『管理の委託(仕様書から)』だから、管理センターの運営全般を委託されるわけではないのに『それだけの予算があれば運営できる(赤字にはならない)』と言ったり、『運営のメリット(黒字になる)』がまことしやかに語られたり、『将来の指定管理に有利』だという認識を示したりしていた。
市は『運営委託』はしないのだが、あたかも管理センターを『経営する』ような論調は気になる。
『指定管理の際は別だよ!』と冷静に分析した出席者がいたが、今の市の業務は契約担当課で各種の契約を一括して行っているはずで、『業務を受託したい』ために『不安に目をつぶってはいけない(と思う)』

13日には『臨時総会を開いて決する方針』を役員からは示されたが・・・

山留の関係者はよく宿泊に利用するらしいのだが、『大変だから宿泊業務はやめる』選択肢は『設置条例上はできない』から安心していい(と思う)。
今日の岳山
今年の目標、復活再生を、雪の下で待つ『わかたの棚田』,11:2:2
11;2わかたの棚田  23年新春 自宅2階から山小屋風 1月3日朝 山小屋?  夕焼け(22;10:29)庭から鹿島槍を 夕焼け 鹿島夕日
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