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今年の成人式の

顔ぶれは『たのしい者』がそろっている。

市の成人式は、かって地域の小中学校に在籍したことのある者を全部招待する。
『合併以前の村の風習を踏襲』してもらった。
だから元山留生も招待される。

4年生の時に1年takeyamaを『農家の父さん!』と呼んだ彼は、ひとりっ子で相当ホームシックが強くて、はじめは前の住所の名前が出ただけで涙がにじんだ。
そして当時の会で有名?になった『夏休み終了時の親子泣き別れの事件?』を起こした。

このことは、相当印象に残っていたらしくて、去年その事件に触れた時に、彼は『眼鏡をはずして瞼をぬぐった』。
そんな彼が、『まだ遊び足りないから来年も継続する!、という名言?』を残して、次の年も継続したのには『多くの者が口あんぐり』の状態だった。

彼は当初、首が判らないくらい太っていて、ちょっとした登り坂で息を切らしたのだが、夏休み前にはそれを脱して、『一輪車運転の名人?』になり、体を使うことが平気になり、よく農作業を手伝ったし、よく遊んだ。
特に冬にそれが顕著だったのだが、『水路にスキー板がはまって外れない事件?』があって『肝を冷やした』

5年時に在籍した彼は『当時相当かわいく』て、同級生と一緒だったのだが、はじめは『○○くん待ってー』と『尻を振って追いかけたのが傑作』だったが、3学期には『○○!』となって、挙句に児童会長選挙に打って出て1票差で落選した。
農家の父さんとしては『実はほっとした』のを思い出す。
余談だが、それを『高校時代にリベンジして、生徒会長になった』ということを聞かされて『オー!』と思った。

新らしいスニーカーがあるのに『ぼろ靴をはいて修学旅行に参加したことを『先生が「はきなれた靴で!」と言ったから』と理解したのだが、『靴ひもが結べないことを気にしたらしい』ことを後で知った。
もちろん『その対策は農家の役目』・

相当慎重な性格だった。
帰省時に名古屋以西が一人になることに気がついて、それまでのハイテンションが一気にしぼんで、急に食欲がなくなったこともあって、とびきり子供らしかったからおもしろかった。

『5年6年の2年間農家の子供だった彼』は、都合3年生から中学を卒業するまで7年間の山留生活。
ちょっと『癒し系?の彼』だったのだが、最後は生徒会長を務めた。
卒業後、玄関に顔を出して、『いつまでも小さいと思われても困るから!』と告げたのが、あまりの長身にたまげた。

『山留の知恵』なのだろうが、周りの人間の『感情の機微をよくつかん』で、だから、今でも彼の名前を口に乗せる親戚がいる。
『アー○○のおじちゃん!』などと彼の方から呼びかけたから。

『○○3兄弟』と言われたのだが、テレビの大相撲を一緒に見て、当時『栃東の血染めの勝負』に感動したのか『センターに大相撲ブーム』を起こしたのだが、姉のマフラーをまわし使って、姉に『信じられない!』と言われた事件があったらしい。

5年の夏、農家の父さんに対してお説教じみた暑中見舞いをくれたのだが、あまりに内容が面白かったので親に送ってしまって手元にそれがないのが心残り。

よく冗談で『○○は油断できない!、昨日のおやつがどこに、どのくらい残っているかを知っている!』と言ったのだが、もちろん冷蔵庫の扉を勝手に開けるようなことはなかった。
マー外の干し柿やいも干し位にちょっかいは出したのだが、こら!とかますと『あ!、見つかっちゃった!』と来るのが『なんとも傑作』だった。

6年生の時に在籍した彼は、『山留の勲章』に触れてある。

その後、弟が山留生に来ることを伝え聴いた当時の担任が『あの○○くんの弟が・・』とのたまったのがいかにもその『○○振り』をいいえている。

余談だが、兄貴とは相当違う弟は上級生女の子が『○○ファンクラブ』を作ったとか?

4人とも実によく遊んだ。とくに冬にそれが顕著で、市販のソリは2日位で壊れたから、スキー板で手製のものを提供した。
『1冬で防雪長靴を履きつぶす』のが当たり前だった。

相当印象的だった者がそろった成人式だから楽しみだ。
takeyamaも来賓の一人で式典に参加する。

そろって同窓会でもしたらいいのだが・・
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膝の間に割り込んできた

まだ『農家の父さん』と言われる前の話。

美麻の山村留学は村の教育委員会がその中心だった。
そのことは前に書いてある
農家の確保も、もちろん『教育委員会の業務』だった。

農家での生活中は、昔も今も農家が対応することになっているのだが、当時の農家の都合がつかないことがあって、そんな時には教育委員会が農家の役割を助けた。
それが『教育委員会のまっとうな業務』だった。

合併前の村時代の教育委員会。
村を挙げて山村留学を受け入れることに、何の違和感もなかった。

小学生2人が体調を崩して病院に行く必要があった。
1軒は交通手段がなかったし、もう1軒は母さんの仕事の都合で困った。
当時教育会の職員だったtakeyamaがカッチャンとジュンを連れて大町病院に出向いた。
病気の状態のことはもう忘れてしまったのだが、それぞれ別の科で受診した。
カッチャンの方が早く終わった。

彼は日頃から『無口』でちょっと『頼りなげ』で、心配だった。
ジュンの方が年下だが、『おしゃべり』だし、『性格がアケッピロゲ』に見えたから、カッチャンの会計の方に付き添って、なんとなく不安そうな彼を『後ろから膝の間に抱きかかえて座って』会計処理を待った。

ほどなくジュンの方も『事務手続きが終わって、回ってきた』のだが、なにも言わずに、いきなりtakeyamaの両足の間を手で広げて、『2人が並んで座って、たわいなくおしゃべり』を始めた。

教育委員会の担当者だから、まんざら初対面ではなかったのだが、それでも知らない大人に対してである。
『親元を離れている少年達の心根』にちょっと『鼻の奥がツン』とした。
思わず『2人の肩を抱えた感触』を今でも覚えている。
心底、いとおしかった。
無理に足を広げられて、体がちょっときつかったことも・・・

そんなことが『山留農家を始めるきっかけ』にもなって、次の年から『村の職員のまま山留農家を初め』て、21年度まで続いた。
そして彼らに力をもらってもいたのだが・・・

やめた方がいいと思ったことがあった。

『この子にはあと何回もだまされるのでしょうね?』『でも(農家の)父さんに言われて自分で持ってきた(本当のことを言った)から、今回のことはいいとしましょうか?』『こんなことがきっかけになれば・・・』
 
夜の学校の廊下、発言の主は当時の教頭先生。

21年度で山村留学の里親農家をやめたのだが、それより前に農家をやめようと思ったことがあった。

山留生はテレビやゲームを絶っている。
もちろん『受け身の娯楽』ではなく『能動的な方向』に導くための『大人の知恵』なのだが、本人たちは『単に、禁止されている!』と思っていて『僕たちは我慢している立派な人間だ!』位な感覚がある。

新しい楽しさを見つけて、それに移行できた者はいいのだが、テレビやゲームを『単に我慢している感覚』の者には、稀にだが『禁断症状のようなもの』がでることがある。

音楽にはまって、とくにあるアイドルグループのそれにのめりこんでいた少年ががいた。
そんなことを話題にする少年の高揚感は、少し『ん?・・』だった。
到底『初老の父さんに理解できる範囲ではなかったことが不幸』だったのかもしれない。

センターは『カセットデッキ』も禁止?している(単に台数が足りないのかな?)のだが、あいにく『英会話の授業にそれが必要だ!』とそれを件の少年は周囲に用意させた。
多分それは口実の類で、本心は例のアイドルグループのテープを聞くためのものだった。

自分の力でテープを用意できないから級友からはじめは借りたのだが・・
そのテープの行方がおかしくなって学校から連絡が来た。

相手の生徒や担任等関係者が集まったのだが、返した!返さない!の水掛け論が延々と続いた後、『あのなー、話を聞いていて、どうも○○の方が嘘をついているんだと思うのだが、どうなんだ?』と言うtakeyamaの問いかけに、隠してあるところに自ら出向いて持ち出してきた。

その後が冒頭の会話。
件の少年と一緒の車で帰ったのだが、その時の『反省ぶりは半端ではなかった』『実親には知らせないで!』と懇願したし、て手ごたえは感じたのだが・・
それほど単純な話ではなかった。

ストレスが携帯の新型ディスク取得に向かったのか、同室の少年に対する脅迫まがいの行動にエスカレートしてしまってお金の問題が怪しくなってしまった。
怪しい夏休みの手紙も見つかった。ほってはおけなかったからセンターには『夏休みには対応して!』とお願いしたのだが・・

そのまま夏休みが終わってしまって農家入りしてきたのだが・・
会は退園を決定した。

入園が『地元の学校での取り巻きと離れること』を狙って居たらしくて、しかも親の親戚が『親子の関係を薄くしても離れた方がいい』などと言う『親子泣き別れの状態』だったことが判明した。

そんなことを、農家は後で知ることなのだから困る。
それでも、退園の決定(理由)は『農家が困るという!』ことになっていた。
事情が判っていたら、少し対応が違ったはずだ。

学校は少し手ごたえを感じ始めていたし、何といっても教育の専門家だから退園を残念がった。実親は納得したとは言えないらしくて、最後の別れには訪れなかった。
本人は『嬉々として帰った』のだが、その後の音信は不通になった。

その子の将来に大きな影響があることに『オレで大丈夫か?』と思った。
『もうやめよう!』とも思った。その時には『会に言われて続けた』のだが・・

もう成人しているはずだが、山留の農家をやめても、今の状況は気になっている。
変なことになっていなければいいのだが・・・
相変わらず音信は不通なのだが・・・

山留の勲章

7~8年前のこと

4月に村に入って、5月にならないうちにもう『ウルシにかぶれた少年』がいた。
といっても、はじめからそうだと判ったのではなく、本人は『とんでもない病気になってしまった』と思ったようだ。

相当かゆいし、湿疹はでる。
おそらく経験したことのない体調だったはずだ。

こっちも彼らの行動の状況は判らないから、いろいろ観察したり、いろいろ聞いたり(問診?)、ほっつき歩いたところにウルシの木があるかも調べた。

ちょうど芽吹き前で一番かぶれやすい時期だが、通学路からちょっと入った山にあるのが判った。
まだ葉っぱがないから気がつきにくい。

『ウルシかぶれの症状』は個人差がとても大きい。
同じことをしても全然かぶれない者もいる。
仲間の中では1人だけだが、経験則上ウルシかぶれに違いないことが判った。

これも経験則上だが、有効な治療手段はない。
かゆみを止める『塗り薬を塗ってもよくなるわけではない』し、刺激するから余計に大ごとになる。

GWには親が訪れるからセンターに入る。
あまり大ごとではないから、我慢して『触るなよ!薬など塗ってはいけないよ!』と送りだしたのだが、4~5日経って、親子そろっての農家訪問には『大きくはれ上がった真っ赤な顔』で現れた。

大勢の『山留生の父母がそろう』のだが、中には必ず医療の関係者がいる。
それらの者は『医薬品への依存が強い』から、マー『大体大騒ぎ』になる。
『ほっておいた方が大ごとにならない』と、素人の農家の父さんなどが言っても、そんなわけにはいかない。

壮大に塗り薬を塗るのだが、人間はマー絶対に患部の中心、一番かぶれている部分に最初に塗って周囲に広げる。
だから結果的に『かぶれる部分を拡大』して、しかも『一生懸命刺激をする』のだから『かぶれもひどく』なる。

なんともない所に薬を置いて、中心に向かって薬を塗るようなことは、ほぼ絶対にしない。
takeyamaもウルシには弱かったから、その辺のことはよく承知している。
だから『薬は塗るなよ!、触るなよ!』だったのだが、現代人?に、それは信用されなかった。

こんな『湿疹を、何も処置しないなんてとんでもない!』というわけ。

結局『人災で被害を拡大した』のだが、本人が相当落ち込んでいたから『ウルシかぶれは山留の勲章だ!』と気合を入れたら、件の少年はずいぶん元気が出た。

ウルシは道路上にはないのだから、山に入って活躍したことのいわば証明だから、その結果の勲章のようなものだと言うわけ。

ずいぶん元気が出たからよかったのだが、以後あちこち傷を作っても『これ勲章?』とのたまうのには困った。

もちろん『そんなもの単なる不注意だ!』と一傑していたのだが、以来人生に『妙な自信を持って』しまって、今はオーストラリアでカンガルーと暮らしているとか・・・

父さんユウキューだよ!

千見から湯の海にぬける道路の斜面に、貝などの化石がいっぱい出ている場所があり、ある日そこを通ったらハルカもイクミも「化石を掘りたい!」と言いました。

その日は夕方で暗くなってしまい、道路も災害で危険になっていて、どうにもなりませんでした。
帰ってから「今度の日曜日に掘りに行くか?」となったのですが、子供達は「日曜日には用事がある。平日に、学校の都合で休みがあるからその日に・・」だったのですが、母さんは「あの道は一人では怖いからだめ!」で、「今度の農家入りでは雪が降る」

「仕方ないからあきらめろ!」となりかけた時に、ハルカが言いました。「父さん有休だよ!」。「そうだそうだ!それがいい。」いつもは自分から話しかけてはこないイクミも言うのが嬉しくて、道具を用意して化石を、ついでに近所でキノコも取って「有意義な平日」になりました。

役場を37年間勤めて、12年の3月いっぱいで辞めましたが、こんな形で「有給休暇」を取ったのは「初めてで最後の体験」になりました。

イクミにも印象が強かったのでしょう。「修園の集い」の作文でふれてありました。
こんな時が山留農家の醍醐味を感じるときで、「実親さんザマーミロ」となります。

この原稿が活字になる頃には災害復旧工事のため、この斜面はコンクリートなどで覆い隠されていることでしょう。また正体不明の化石が出土し専門機関で鑑定している話がありますから事実が解明されているかもしれません。


この文に覚えのある方がいるかもしれません。
育てる会のHPに『農家の声』として載っているのですが、基はtakeyamaの文章です。
10年前のことです。

よかったなー!

昨日、今年の山留は修園の集いをもって終わった。
いささかコメントすべきことはあるのだが、そのことはもうやめたので、『むかしばなし』を・・

「○○いませんか?」
その日は『学校の授業が終わった後に農家入りする』予定なので、2人で、それに備えて買い出しに行った。
家につくそうそう、庭で電話の音が聞こえて、大慌てで受話器を取った。

受話器からは学校の担任の先生の声。
下校の時間は、まだ大分先。

『○○が学校からいなくなった』とのこと。

あわてていたから判らなかったのだが、玄関に件の少年の靴があった。
その旨伝えると安心した声が反って来た。
すぐに2階の部屋を連れ合いが覗いてみたら、安らかに眠っていた。

訪れてくれた担任の説明によれば、少年にとって学校で何か気に入らないことがあったらしい。
まだ来たばかりだかりだし、多少『被害妄想の氣も強すぎる』こともあって、級友の反応にカチンと来たらしい。
それで学校を飛び出した。

前日はもちろんだが、朝はセンターから登校したのだから担任は困ったらしい。
もちろん、そっちを先に探したのだが、『もしかしたら・・』と農家の方にも問い合わせたのだ。

『よく農家に逃げてきたなー』と、かみさんといいあった。
担任も安心したようだ。

それにはちょっとした複線があって・・・

その事件のちょっと前、農家に帰りにくい少女があって、指導員が探したのだが、夜になって土木工事の飯場(工事の現地事務所)にいたことが判った。
でも女の子だから、男性の指導員は中には入らずに『一晩外で見張っていた事件』があったばかりだったから。

周囲は相当心配したのだが、少女の『同級生が親の目を盗んで、握り飯をそこに届けた』とかいう『ちょっといい話』もあった。

そんな事件に比べれば、農家生活中でもない時に、留守の家に入って、熟睡している『安心しきっている姿』はいい。
相手が信頼すれば農家の方も自然に信頼する。

信頼

15年位前の話。

「自動販売機でたばこを買ったらしい」「子供の荷物を調べてほしい」と『隣の農家』から電話があった。

小さい地区だから、見慣れない子供が、子どたちだけで『たばこなど買うところを確認』したら『おかしい!』と思う。
だから自動販売機を置いているタバコ屋から、隣の山留農家に連絡があったとのこと。
takeyama農家にとっては初めての『難事件』。

そういえば、今日は下の方にそろって散歩にいった。
日頃の言動からは予想しにくい事態で、半信半疑だが、『事実だったら困ったこと』だと正直思った。

今くらい『農家のベテラン?』になっていたら、あんまり『じたばたはしなかった』のだが・・

家探しして『なかったら信頼関係が壊れる』だけだし、相当『大人の扱いをしてきて、それなりの手ごたえ』はあったし・・

とりあえず4人を居間に集めた。
『今、山留生らしい者がたばこを買ったようだとタバコ屋から連絡があった』(隣の農家からだということは、意識的に外した)30分時間をやるから『心当たりがあったら言ってこい!』『皆で相談して!』と伝えた。
自分も子供だったことがある。『一端嘘をつくと、後も嘘を続けなくてはならなくなって大変だった』ことを知っている。

『冷静に考える時間がちょっとあった方がいい!』と思った。
2階に上がった少年たちは、しばらくごそごそしていたが、15分も経たずに、煙草をもって降りてきた。

他の農家にいる子が買ったのだが、そっちが持っていると『たぶん荷物検査をされるだろう』だから『代わりに持っていてほしい』と頼まれて、男気を出して保管したと告白した。

ずいぶん『あっさりと白状』したものだ。
『この子たちは信用していい!』と心底思った。

本当は『困っていた』のかもしれない。だから『4の5の言わずに、本当のことをしゃべった方がいい!』だったかもしれないのだが、都合の悪いことでも『隠したり、うそで塗り固められなく』てよかった。

『もうやらないな!』『煙草は父さんに預けろ!』と念を押して、もちろんその心配はなかったから、事件を学校はもちろん、学園の側にも報告しなかった。
隣の農家にも事実は告げてはいない。

山留の農家を始めたころの話で、もう十分時効だが、何かあったときのtakeyama農家の対応は『真実を自分で言うこと』を基本とすることに決まった事件。

すべての『反省は都合の悪いことでも隠さないことから始まって、それが大部分であること』にしてきたのがtakeyama家流。
『子供たちとの信頼構築』それで15年、山留の農家が続いた。
今日の岳山
今年の目標、復活再生を、雪の下で待つ『わかたの棚田』,11:2:2
11;2わかたの棚田  23年新春 自宅2階から山小屋風 1月3日朝 山小屋?  夕焼け(22;10:29)庭から鹿島槍を 夕焼け 鹿島夕日
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まだまだ、3年生には!
どっちが引っ張る?

地蜂ほり
山留生を相手に地蜂をほる。

2年田起こし
GWは棚田の季節


通称「かっちゃ」
山留生は「農家の父さん」
トラクターは退職金で買った。
年金で肥料を買うが、職業は農業(のつもり)。

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