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棚田

風景24棚田
人生の多くの部分を棚田再生と保存にさくことを宣言してあるのだが、一応24年度の作付けが5月に終わった。

マー、一応棚田らしくなったと自賛している。

棚田の宣伝が行き過ぎたことがあったのか?通りがかりの人が「『姨捨の棚田』のような風景を期待したのに!」、来年は全部棚田になっているのか?」といったとかで、takeyamaの奮闘?に刺激され手つだった老婆(失礼)が「オメ様ナー、棚田の復活と手入れは大変だだジー、そんなに簡単ニャーいかねー」と答えたと告げ口した。

周囲のこんな話が楽しい。

で、その経過だが、畔草を1回刈り終わったらもう2回目が必要になっている。
ボランティア歓迎。

年を重ねて、書くことが相当億劫になっている。
頑張って書かないと老齢化がどんどん進む感じ。
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中国の棚田

中国の棚田事情が入ってきました。
雲南省は恩師がたびたび現地に出向き、彼の地からの留学生も受け入れ、『雲南』という短歌集を作ったこともあったから、ちょっとした興味があったところ。

中国の日本人学校の先生から『通信』が届いて、その中心が『雲南省の棚田』
件の先生は、『わかたの棚田』での作業体験があります。
中国の棚田2
通信全部を『みあさwiki棚田ニュース』の方にアップしてあります。
『~の風まかせ』です。

23棚田の顛末

去年の年初、高らかに?『棚田の再生!』を宣言した。

米作りは日本の文化だが、年の切れ目に『米穀年度』というのがある。

百姓は延々と続くのだから、年の切れ目を作るのは簡単ではない。
もちろんイネ作って米が収穫できれば一つの切れ目だが、生産された物がしっかり利用されなければ『本当の終わり』ではないような気がする。

その時点ではもう次の米作りの計画が無ければ間に合わない。

今の米代の生産は農協では相当面倒で、はっきり精算されるのは何年もかかる。

その年に生産された物がしっかり精算されて始めて『米穀の年度』が終わる。

わかたの棚田の再生については前に書いたことがあるのだが一定の切れ目になったから、みあさwikiの棚田のページに決算の見込みをアップした。

改めて思うのだが、棚田では『ゴルフの代わりの米作り』であったり、『健康維持のための米作り』だ。
もしかしたら、『節税対策の米作り』かもしれない。

雨の田植え

お田植の感想記事、『棚田再生(保存)会関東支部発信』が美麻づくり通信(地域づくり会議広報誌)8ページに載りました。

「田植えに『雨で中止!』はない!」

それはそうなのだが・・・

『経済活動』としての稲作と『楽農』としての稲作で違う。
心底『雨が降らないことを祈った』のだが・・・

棚田の会員や応援隊が大勢集まって今日は田植え。
せっかくの休日だから雨で順延というわけにはいかない。
だから『雨で中止はない!』と宣言はしたのだが、『雨の中で田植え』となって、『楽しさ』の方は何処かに行ってしまった。

会員応援隊は、地域づくり会議会長の参加と田植えのお祝い品やおやつの差し入れに感謝。

昼食は古代米の赤飯、4日前に捕獲したイノシシのジンギスカン風焼き肉、トン汁ならぬイノ汁、例によって凍み大根とニシンの煮物、山菜、漬物など自家産オンリーでまずまずの評価だったのだが、テント張りとは言え雨の中で『座ってゆっくり、山並みを眺めて!』というわけにはいかないので、これも楽しさ半減。
イベントの方は天気の影響で『マー残念な結果』

で、『田植えの出来栄えは?』だが、人数が相当だから、『人夫に対して世話役が足りない!』状況。
『ちょっと怪しい?田植え』だが、まー『片目をつむってやり過ごす』ことにする。

『雨で散々な田植え』だったのだが、参加者の方『これに懲りずに、またご参加を!』
当面すぐ『畔刈り』、今までは『棚田の草刈』だったのだが、今年からは『棚田の畔刈り』に言葉が変わる。
言葉の意味に『ちょっとした違いが』ある。

まかないを手伝った姉に『takeyamaの道楽に付き合って!』と苦笑された棚田の田植えが終わった。


準備順調

新年早々棚田復活に取り組むことを宣言した。

去年から作戦は実行していたのだが、昨日ほぼ田植えの準備ができた。
『棚田保存会』に多くの応援をもらった。

いつも言うのだが、棚田に経済活動のメリットは少ない(ない)。
一種の使命感で取り組んでいるのだが、少し地元の理解は出てきたようでちょっと楽しい。

連休中は多くの人が訪れて、棚田の基盤整備を手伝ってくれた。
マー『何か仕事を造る』必要があって大変だったこともある(失礼!)。

14日に『植え代』をしたが、再生田の方は心配した通り『水持ち』が怪しい。
壮大な『葦の根』があったのだからそれが原因のようだ。
水管理が『相当やかましい』ことになりそうだ。
体重管理の結果『歩くことがあまり苦にらなくなった』からいいのだが・・

棚田の代掻きはトラクターだけではできない。
ちょっとレトロだが、『歩行型耕運機で泥だらけ』になる。
『都会の保存会員ができる作業で、かつ喜びそうな作業』だが、肝心の時にいないのは仕方が無い。
レトロな代かき
田植えイベントは美麻wikiで公開しているのだが、相当数の参加者はあるから、仮設のトイレを作った。
会員の手作り。節水型だが『洋式の水洗トイレ』で、もちろん通水してあるから機能はばっちり。
女性の方も安心して参加してほしい。
棚田にトイレ

用事の最中に見える風景
窓から

ダイレクトめーる

しばらくぶりに2年間同じ立場にあった者と一緒になった。「気楽になりすぎてボケないかい?」と冷やかされたから「やりたいことがある。棚田を復活したい!」と見得を切った。

以下『保存会への誘い』ダイレクト版
『届いたらよろしく!』

 『まだ雪はありますが、春が近いことを実感しています。
 今年は『わかたの棚田の復活』に取り組むことを新年に宣言しました。
 応援してください。
 わかたは『大町市美麻、大藤と小藤の間、北アルプスの爺が岳から白馬3山が見渡せるところ』にありますが、耕作されていない棚田が多く、長い間荒れ放題になっている『元棚田』もあります。
 以前の棚田風景を復活して、保存したいと思います。
 棚田再生や稲作は『ちょっと古い時代の様式で手作業が主』でなければできません。
 田植、稲刈り、脱穀等はみんなで『ワイワイ』やって、草刈り作業等もイベントにすることもありますが、参加してくれませんか?
 景観や環境を整え、地域や参加者同士の交流が、みんなの元気につながることを願っています。
 次のとおり『わかたの棚田を再生し、保存する会』の会員を募集します。
 参加できる方は、ぜひ連絡してください。
1、運営会員【棚田を再生して経営する会員、たぶん儲からない】
2、オーナー会員【年会費10,000円で、もみ60kgを受け取る会員、コイン精米所で精米すれば白米40kg位になる】。
3、サポーター会員【会の趣旨に賛同し、応援(特に労力)し、イベントなどに参加する会員。会費はいらないが、イベント参加費は必要な場合がある】
4、地権者会員』

連絡先 このブログのメールホーム
保存会HP 美麻wiki内 わかたの棚田再生(保存)会

関東支部 あの山のむこう・棚田プロジェクト

復活

雪が降った。
なんとなく空気が暖かいからまだ根雪にはならないと思うが、農作業はもう終わりかな?

『頑張って』と言うか、『勝手にプロジェクトを立ち上げた者』に『あおられて棚田の再生』に取り組んできたのだが、来年8畝ほどが再生できる目処はついた。
前から作っている分と、今年復活した分を合わせて1反3畝ほどになる。

援農隊は、エンジン草刈り機を仕入れたり、靴や服装が百姓らしくなったし、農具も揃えて、何といっても草刈りに相当意欲的だから『戦力になりそう』だし、だから『あおられた感じ』もある。

今の稲作はほとんど機械が主力だが、棚田はそんなわけにはいかない。
人力に相当頼らなくてはいけない。
まーちょっとした不安はあるのだが何とかしたい気分。

とは言え、持病と体力に自信が持てないから、ちょっと『公の部分を大きく』しないと『持続可能』が怪しいから、そんなことがあって『美麻wikiの方に棚田のページ』を作った。

今後は棚田に関してはそちらで情報発信することになる。
ワープロの感覚でwikiには参加できるからそちらに参加してほしい。

棚田の顛末 本物の赤飯

『顛末』と言うほど物事が終息を迎えたということではないが・・・

ここ何年か『からかってきた』のだが、この春棚田をちょっと復活した。

豊富な経験則?で、畑から水田化1年目は過肥料になることは判っていたから無肥料で作付けしたのだが、栄養成長は十分だった。

それでも肥料分が遅効きして、なかなか黄金色というわけにはいかなかった。
もっともお節句(6月5日)が田植えで、4~50年前の田植え時期と一緒だから、ここらあたりの通常の田植えよりひと月くらい遅い。
作付けしたのは古代米で、もち米の一種で、しかも相当の晩生種(おくて)。
ひやひやしたが、マーそれでも稔った。

このブログ美麻wiki他にも書き込みがあるのだが、次年度は系統だってアップしようと思ってはいる。

とにかくモミにはなったから希望者には譲り渡そうと思うから、案内を右上にアップした。

古代?神前に供えたご飯は赤かった。
いわば『だから赤飯』で、コメの品種が改良され、米が白米になってしまったから『過っての神前米のイミテーション』を作るために、今は『小豆を入れ、イロを追加して』赤飯にする。

だから、『古代米の赤飯は、いわば本物の赤飯』

子供たちの成長に合わせて、節目には『本物の赤飯』でお祝いしたらどうだろうか?

何とかの節句働き

『なまけ者は、お節句に働くような無様なことになる!』位の意味だが・・・

『地域自治』とか『住民自治』が『協働』などと言う『耳触りにいい言葉』とともに、今はもてはやされているのだが、昭和40年代までは『徹底した住民自治』だった。

集落の住民はほとんど農民だったが総じて貧しかった。
そして文字通り『身を粉にして働いた』。
とりあえず隣の親父がライバルで、それを乗り越えることが当面の目標。小さいながら競争意識が強くて、庶民の段階から社会主義が育ちにくい土壌が形作られていったのかもしれない。

農作業など『隣より早く済ませる』ことが最大の眼目だったから、それこそ『競争で働いた』。

行き過ぎた『働きすぎ』を抑えるために、集落では『休日をとり決め』た。

お祭りやお盆などはもちろんだが、農休みもあって、一日休み、半日休み、飯前休みと言うのもあって、これは朝飯前の農作業を休む協定だった。
朝飯前の農作業が当たり前だった。

その当時、お節句までに田植えを終わらせて、ゆっくり『農休みにする』というのが毎年の目標だった。

この辺りは年間行事が『月おくれ』で6月5日が『端午の節句』、ちなみに雛祭りは4月3日だったし、七夕は8月7日、余談だが8月13日からのお盆も月おくれなのだが、それが全国的に正規だと思っていて失敗したこともある。
『月おくれのお盆に帰省する、都会の人間が多く』なって、正規のお盆?がかすんでしまった例。

そんな時代の言葉が、標題で『なまけ者はお節句にも働く!』というやつ。

今は農作業も機械化されて早くなって、6月5日までずれ込むことはないのだが、4畝ほどの棚田を復活しようとたくらんで、ちょうどお節句に田植えをする羽目になった。

文字通り、『何とかの節句働き』と言う言葉を思い出した。
今や『農作業は単なる経済活動』では持たない。
文化やレジャーの類にしないと継続しない。

『持続可能な棚田維持』がテーマ
30年ぶりに復活したわかたの棚田
棚田復活
援農者のブログを紹介。

田植えの日程

ここ数日、異常な天気が続いたのだが、ようやく今日あたりから落ち着いてきた。

好天に、今日は代掻き。
来週22日には棚田の田植えになる。

天皇陛下と一緒で、文字どおり田植え(手植え)。
お手伝い歓迎、9時ころから例の山の看板の下。

ちょっと一報いただければ『おやつ』を用意しましょう。
おやつ持参はもちろん歓迎です。

代掻き中には、『菜の花と北アルプス』の見物・撮影多数。
次年度は増やそうかな?

棚田を復旧できるか?

棚田はすでに『業の媒体としての機能』を失っている。
けれども最近、環境保全、景観の保全、災害予防、水資源維持などの観点から注目され始めている。

美麻八坂線沿いの『わかた地区の棚田』は、棚田の規模はともかく、北アルプスを借景にした景観が特徴で、あの銀色のシーズンの主人公の居宅に設定された小山邸の下部に連なっている。
爺が岳、鹿島槍、五竜岳、唐松岳と続く八方尾根、白馬槍、杓子岳、白馬岳、白馬乗鞍に正対し、代掻き馬(大小)やにわとりなどの雪形も正面。

かっては立派な?棚田だったのだが、このところ耕作を放棄した部分が多い。

昭和50年の終わりころ、おやじが「もう、俺にははきつくなったで、どうするや?」と聞いたから「おやじの生きがいでやっていたんだから、おやじがきついならやめるさ!」と答えた。
実際当時保養センターの責任者になっていて、不規則な勤務でどうにもならなかったてし、すでに棚田の稲作は『趣味』でなくてはできなかった。

かみさんは村内に勤めて、給料は農協の口座に振り込まれていた。
百姓の諸経費は『現金の存在するそちら』を使って処理されることが多かったから、かみさんは『稲作をやめたら、私の口座にお金が残るようになったよ!』といったのがある種衝撃だった思いがある。

あの団地?では早い耕作放棄だったから、内心忸怩たるものがあって、『葦原を正視できないような雰囲気』があった。

10年ほど前、『棚田の持つ多面性な効果に着目した山留生の個人研究』があって、当時の村長をして『目から鱗が落ちた!』言わしめたことがあったのだが、その後『脱ダム宣言』もあって、一気に棚田が注目されてきて、大袈裟だが、文化遺産の継承の趣さへある。

去年から地域づくり会議のテーマの一部にもなっているし、どんな様子か『棚田復活に少し手をつけ』てみることにして、もう今は『体力より機械力の年代』だから、トラクターが田圃に入らないとやる気にもならない。
まず取り付け道路と、わせんげ(上側溝のこと)を掘ることを業者に頼んだ。
3畝程のかっての田圃を2枚。
3万円ちょっとだったから、ちょうど『定額給付金を充当』したことになった。

さて、昨日初めて起こしてみた。
様子が美麻wikiにアップしてある。
他は去年のうちに除草剤で葦を処理してあるのだが、処理しない方。

取り付けの道路は角度は急だが、まー危ないほどでもない。
トラクターは後輪部分が無限軌道で比較的安定感がある。

で、耕転はできたのだが、『泥田状態』とりあえず畑にして『公民館の目指せひまわり10,000本』と行こうと思ったのだが難しそう。
かといって田圃への復旧は、長い年月に水が勝手に流れて、その結果水平が相当怪しく『水がたまりそうにない』。

難しいことに首を突っ込んだかなー、何とかの箱を開けてしまった感じがしないでもない。

耕していると昔のことが蘇って、棚田だから、田んぼの位置によって状態が違うのだが、ここは深くてつもるぞ!、ここら辺は硬くて浅いはず!とほとんど30年前と同じで自然は簡単には変わらないことを実感。
ちょっとした感慨がある。

まだあとのことが決まらないのだが・・・・とりあえず。

棚田の管理

棚田の草刈
この写真で場所が特定できたら相当の方だ。
見事に管理されていると思う。

棚田の管理はなんといっても作付け地の何倍もあるあぜの管理、草刈で相当の労力がいる。

美麻wikiにも投稿してあるのだが、いわゆる『ビューポイントとしての価値』を認めるのは百姓だけだろうか?

ここには2反歩ほどの田んぼがあるのだが、管理者は73歳くらいの高齢になってから乗用のトラクターを購入した。

相当経済観念のある御仁だが『何でそんな年になってトラクターを・・、』『もう何年も農業ができないのに?』と問うtakeyamaに『歩行型の耕運機では体力がきつくなったので必要になった』と答えた。
だから乗用と言っても傾斜地を上り下りできるキャタピラー型で『能率より体力軽減』を狙った機種になっているから『経済性は?』な代物

takeyamaのトラクターもいわば趣味の範囲でその原資は退職金だが、百姓はいわば一種のポリシーがないと出来ない産業?だと思う。とりわけ棚田での米つくりはその最たるもの。

当然『はぜかけをして天日で乾燥』し、『脱穀』する昔ながらの作業が続き、じっくり乾燥された『もみ』が出来て『玄米』『白米』と『昔どおり順序どおり』出来上がる。

コンバインで刈り取り、乾燥機で一晩で乾燥され、一気に玄米になって保存される米とはちょっと趣が違う。

『棚田のハゼ掛け米』はちょっとしたブランドだと思うのだが・・

そんなこだわりを理解される方はご連絡を

猛暑の合間の雨降りの時間に

GWは農作業の季節

ようやく田起こしの段取り。

隣の田んぼはもう今日は田植えのようだがこっちはようやく田起こし。
棚田だから用水の関係では別々のほうが都合が好い。
みんな一緒だと水騒動になる。

農地の規模だとトラクターは過大投資だが、『農地を維持するための農機具』として小型の物の需要があるそうです。
後輪がタイヤでなくて『無限軌道』になっているのは傾斜地対策。
棚田の

棚田のある風景(だが)

棚田はある意味日本の原風景だと思うのだが、棚田を維持することは相当の使命感とある意味遊び心がないと出来ない。
結局『あぜ』等の草刈。
ゆうに耕作面積の3倍は超える。
プラス日常の管理、もちろん水管理も、棚田は田から田に水を回す。水路から水を入れて排水路に水を出すようなわけにはいかない。
田植えと稲刈りはイベントで、ある意味観光資源になるくらいなのだが、それだけでは終わらない棚田の稲つくり。
20070706084347.jpg
藤友会では『あやめ』を植えたのだが
20070706084439.jpg付近で一番初めに耕作放棄したtakeyamaの水田を草刈した。一種の罪ほろぼし。
20070706084539.jpg
6月21日
20070706084634.jpg
7月4日

稲刈り

29日に古代米の稲刈りをします。山の看板の下、takeyama分しか残っていません。

手で、厳密には鎌でするから、これが本当の稲刈り。お手伝いを募集中です。おやつ・弁当(昼前に終わるような気がしますが)持参でお出でください。

後日古代米(1kg)を提供します。

お義理が発生、日程変更!後日発表します。

天気次第だが、1日の10時頃からにしよう。

棚田のあやめと草刈

わかた地区の棚田(美麻八坂線沿い、学校とポカポカランドの中間)は大部分が耕作放棄されています。 今年は耕作者のM氏が腰を痛め又不耕作地が広がってしまいました。 長く耕作されない棚田の一部を「藤友会(藤の自称若い衆?の会)」があやめを数年前に植えました。 近年ようやく花が咲きますが、数日前O会長が姑と肥料を施した(まだ農作業は年寄りが得意です)そうです。 草の勢いが良過ぎるので、12日に草刈をすることにしました。 まだ耕作放棄され、ヨシの林になっている部分がほとんどで、田んぼに復活するのが一番だがヨシの始末が簡単ではありません。 少しずつ管理地を増やしているので「同志の方」は草刈機持参で手伝ってください。12日の午後からです。 山の看板(藤友会の製作です)があるとおり、「絶好のロケーション」の地で、休日はカメラ持参者が多くて、とても「もったいない」のです。 手伝いできる方はコメントをください。

おしらせ

わかたの棚田が荒れ放題で気になっていますが、 やさかむら.netからお知らせがありました。 田植えのときたんぼでコンサートをやります。 日時 2005年5月14日(土) タイトル 棚田の風コンサート2 田植えで「うた会」 場所   八坂村梨の木棚田 主催連絡先   やさかむら.net 全国棚田百選にも選ばれた八坂村の重太郎棚田のなかでも、昔ながらの景観が残る梨の木の棚田。 いままさに田植えの季節です。 5月14日は、各人自分の田んぼの田植えだけでなく、みんなで田植えを楽しんでしまおうという、特別な日にします。 朝8時ころから(途中参加もあり)田植え 植えたり、休んだり、食べたり、飲んだり・・・ 午後のおやつのあと、午後4時ころから、 みんなで田んぼで音楽を楽しむ、田んぼコンサート、またやります。 今回は、名古屋からスペシャルゲストとして、「木実の森」が来てくれます。 http://kimimori.com/ 田んぼで働いた後は、ゆったりのんびり素敵な音楽とひとときをすごしましょう。今回も基本的には「持ちよりコンサート」です。 あなたの飛び入り参加をお待ちしています。
今日の岳山
今年の目標、復活再生を、雪の下で待つ『わかたの棚田』,11:2:2
11;2わかたの棚田  23年新春 自宅2階から山小屋風 1月3日朝 山小屋?  夕焼け(22;10:29)庭から鹿島槍を 夕焼け 鹿島夕日
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まだまだ、3年生には!
どっちが引っ張る?

地蜂ほり
山留生を相手に地蜂をほる。

2年田起こし
GWは棚田の季節


通称「かっちゃ」
山留生は「農家の父さん」
トラクターは退職金で買った。
年金で肥料を買うが、職業は農業(のつもり)。

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