デザイン変更5月5日
リーダーがみんなの食事をさえぎった。そして、
『一学期はお世話になりました。』『だめなこともあったけど、2学期もよろしくお願いします』

今年から『センターでの生活を済ませて帰省』するから、今朝で農家生活が終わる。

ずっと農家で過ごしていたからセンターの指導員の指導は入っていないはずで、口下手の彼だが『やるときはやるなー』と思って『立派なご挨拶で!』と返礼。

ちょっと体調を崩した時があったのだが、そんな機会に成長したのかもしれない。
子供はどんなことでも成長の機会になる?

久しぶりに結構楽しいこともあった1学期で『楽しかった!』と答礼したのは母さん。
もちろんtakeyamaにも異論は無い。

通常のセンター入りの荷物に加えて帰省時の荷物もまとめた。
小学生はフサスグリを収穫して、母さんとジャムを作ったのだが、それもちゃんと持った。

今日からセンターだが夏休み前の週末はスケジュールがいっぱい。
張り切って『夢中』になり、体調を崩さなければいいのだが・・・
農家仲間』の母さんが体調をくずした。

昨日見舞いに行ってきたが、個人情報のことだから『心配の方はメールホームで問い合わせ』てからにしてください。
子供たちの農家生活に支障はない。
このブログは美麻wikiをリンクしてあるからお気づきの読者があるのでしょうが内閣府へのレポートにこの地域のことが紹介され、山村留学の記述もあります。

合併前からこの地域によく来ていた方です。
15日の朝のこと。

14日の朝、岩手宮城の内陸で大きな地震があって、その日は1日中それを伝えていた。

山留生はテレビを基本的には見ない。
『大きなニュースを知らなくてもまずい』と思って、標題の問いかけになった。

新聞の朝刊(といってもこの辺は総合版だが)の一面をさりげなく逆さまに持って居たのだが、すぐに『ハイ!』と手を上げた者がいる。
『宮城県と岩手県に大きな地震があったこと!』
昨夜はテレビを見てないし『ちょっとびっくり』して『恐れ入りました!』と最敬礼した。

たいした『情報収集能力』だと思った。

これには『ちょっとした後日談』があって、14日の夜『お互いの信頼感がないと知らない者同士の家族生活は出来ない』とカミナリが落ちたことは知らせてあるのだが、その場にテレビが点いていて『そのときに判った』と白状した者が2人。

『お説教は耳で聞いていて、目だけでニュースを追った』と『言い訳はちゃんとした』のだが『マー怪しい限り』

いずれは実家に帰るのだが『相当訓練して帰る』から、親は決して『油断しないように!』

『逆さまに持った新聞で気がついた者』もいたし、『全然トンチンカンな者』もいた。

今日は振り替え休日で、遅くなってしまったのだが、ヒラタケとナメコの原木に種こまを打った。相当力になって助かった。
中学生は明日『郡球』
何故だか判らないのだが、『北安曇郡球技大会』と言うのが残っているのかな?

中学生にとって『一番グレードが高い』大会。

人数がいなくて団体競技が出来ない学校もあるのだが、野球部員は24人とか。
紅白戦ができる人数がいる。
ここ2〜3年人数には事欠かないから相当レベルが上がってもいいはずなのだが、ことはそんなに簡単では無い。

ずーと管内で野球部がある学校は5校だけだったのだが1校増えた。

今年から6校をふたつに分けて『3校のリーグ戦』で中信大会の『代表を決める』ことになったそうだ。

『勝負は時の運』とは言っても『実力差は相当の物』で何とか1試合でも勝てたらと思うのだが、『実際は善戦できたら御の字』と言うのが実情。

『農家の父さんが応援に行くか?』といっても好い返事が無い。
『自分達の程度』のことは『充分承知』している風。

小学生が事情も判らずに『せき掛ける』から、かわいそうになって少しブレーキを掛けた。

小学生はメンドシーノ訪問から帰っての農家入りだから『いろいろ聞き出し』ている。

花の種をお土産にしてきた者がいる。
当然だが『全部あちら語』だから『なんだか判らない』のだが、絵から判断すれば矢車草?とパンジー?かな?

『判らなかったら英検2級に聞いて!』ときた。
そこは農家の経験でちゃんと種まきをしたのだが『9週間から10週間で花が咲く』と英検2級が解説したから『容易ではない』

メンドシーノ『地域上げての歓迎振り』も窺える。
日本語で『大歓迎、大町美麻!』と書いた看板があったそうだし、ここで『あまりお金を使わないで!(英語だったそうだが)』とも言われたそうだ。

『消費税が7パーセントなんだよなー』でも、お土産のチョコレートの勘定書きにその記載が無いから『食品には消費税がかからないのか?』や『ディスカウント、プリーズ!』といったら安くしてくれたことなども話した。

全員(30人超)同じ赤色のシャツを着ていったから(市長や議長も)入国審査では何も聞かれなくても通してくれたそうで『ちょっと拍子抜けした風』もある。
難航してはもちろん困るのだが『ちょっと困る経験が貴重!』だと思うのが『山留農家の父さん風』

大声で『ハロー!』といったら『回りが急に静かになった!』後に続いた大人(議長かな?)が『随分元気のいい子で!』といわれたとか。
『端午の節句』が『こどもの日』だとしたら、この『地域の子供の日は今日』になる。

『地域の端午の節句』は月遅れの『6月5日』、正確には『こいのぼり』は今日が本番。
『こいのぼり』や『武者画の幟』がはためく。
『5月を過ぎても安曇野にこいのぼりが泳ぐわけ』がお分かりでしょうか?

ついでだが、『お盆』も『月遅れで8月』なのだが、都会からの帰省の影響が大きくなって、8月のお盆が月遅れだと思う人のほうが少ない(かな?)。

『苦難や災害を鬼に見立て』て『危難よけに菖蒲とヨモギが有効』だという話は、よく山留の収穫祭の民話劇に出るのだが、端午の節句に『家の入り口に危難よけとして菖蒲』が飾られる。

最近は玄関の柱に簡単に結びつけるだけだったのだが『昔風に取り付け』てみた。

お節句 004

死んだ親父が『それ様に作った装置』がちゃんと残っていた。

子供の頃どきどきしながら親父を手伝った思い出がよみがえった。

またまたついでだが、昔はお節句までに田植えを済ませてお節句が『※農休み』になるように地域の皆はがんばった。
集落全部が終わるように『皆が終わらない家に集まった』。

※農休み
集落のほとんどが農業だったから、週休日(日曜も)は学校などのためにあり、百姓は毎日働いた。『働きすぎを諌めるねらい』があったと思うのだが、節目の日を集落で休みの日にその都度取り決めた。

『半日休み』のほか『飯前(メシメー)休み』と言うのもあり、『朝めし前』の仕事はしないこと取り決めたこともあった。

それにしても、このところ昔話が多くなった(かナー)。
22日はセンター入。
今年は全部が継続生だからか、随分『荷物がすっきりして小さく』なった。

ザックを背負のが結構様になって、これは大変だ!と言うイメージが無い。

小学生は23日にメンドシーノに出発。

たいしたもので『海外旅行の用意に手助けがいらない』という。
出発の風景をCATVで見たのだが、バスの出発を控えて親が荷物のチェックをしている風景もあった。
雲泥の差。

彼らの『生活能力、特に自己完結を目指す姿勢』はたいしたもので、めったにほめないtakeyamaをしても自分に置き換えて、認めざるを得ない。

随行者が現地から『リアルタイムで情報を送って』来る。

『基本的な生活習慣』がしっかり『確率されているとは言えない』面があるのが気がかり。
『忙しくて朝はトイレに行けなかった!』などと言う者がいる。

保健の先生も学校医も『快便』の大事なことを指摘している。
父さんは飛行機のトイレを『何事も体験だと思って使ったなー』とさりげなく言っておいた。

『時差ボケの経験がある』者もいるし『海外で生活していた』者もいる。
余計な心配だとは思うのだが。
『八坂美麻山村留学推進協議会』ちょっと長ったらしい名前の会だから、以下『山留協』で、
22日の夜今年度の総会。

この会は、合併に際して、村の教育委員会が無くなることを受けて、山村留学の事務的な部分を受け持つ会として組織したものだが、メンバー上致し方なく正副会長とも農家(里親)になってtakeyamaは副会長。
山村留学は行政の支援がないと到底運営できないのだから行政が直接係れない限りその橋渡し機関は必要。

農家は『子供が育てる会から割り当てられ』て始めて『山村留学に係る』わけだから『それを推進する立場の会の中心になることはちょっとおかしい』のだが、会の顔ぶれが『学校の先生』や『PTA』市の『教育委員会とその事務担当者』『実施団体(育てる会)』『地元の議員』などだから『普通の地域の市民がいない』ので『どうにもいたし方無い面もあってそのまま推移する』ことになった。

それぞれの立場から今年の山留生について意見交換したのだが、学校側の評価は結構厳しい。

教育者の立場だから『あからさまの批判は控える』のだが、言葉の端々からそれはうかがい知れる。

言葉使いや挨拶、態度など、特に八坂の児童や生徒は相当訓練されているのだからそれとの対比で語られるとちょっと耳が痛い。
『個性的』と言う言葉でオブラートにつつまれているのだが、そこに安住してはいられない。

教育委員会や行政側からは山留の意義が好意的に語られはするのだが、『山留生としての成長』はともかく、それが『地元の子供に与えるプラスの効果』が積極的に『語られる場面は無かった』。

地元の住民や議会筋から山留生が学校に存在することに対して『どうでもいい!、特段の感慨は無い!』の発言があったことはtakeyamaにはある意味ショックだった。

際限なく『都会化(いい意味でなく)している地域の子供』にとって『何でもちょっと我慢して、自己完結を目指す山留生』の存在は『地域の保護者にとって貴重な存在』だと思っていたから。

そして、彼らのそれらをいわば『我慢しながら後押し』をしていた、と思っていたのだから。

会終了後のセンターとの懇談で『子供におもねることをしない』、『老人の価値観を子供に押し付ける』『takeyamaは絶滅危惧種?と評価』されたのだが、変な意味で納得せざるを得ない。

農家の引き受け手が無くて困ったことは正直に吐露させてもらった。

山留事業が『地域にプラスの評価』をされない限り『農家をする者はいない。』
結局『地域のためになっている!』と思ったのは『幻想で一人よがり』だったのだろうか?
何か言うと『すぐ』に、はなはだしい時は『言い終わらないうちに(と思うほど)『ハイ!』と言う少年がいた。

マー『口癖』の一種だろう。
いわゆる体育会系の『ハイ!』で『ちょっと前の高校野球の指導者』に『直立不動で応対する野球少年』の姿だ。
いまはそれでは通用しないらしいが・・

takeyamaは『ちょいちょい訓辞の類』をするのが『癖?』だが、あまり『ハイ!』『ハイ!』言われると、つい『面倒くさいからハイと言って済ましてしまおう!』と『思っているのか?』などと邪推して、段々小言がエスカレートしてしまう。

スポーツ少年などの指導者像にもいろいろあるのだが、自分の教えを強要している者が無いとは言えない。
だから、指導に『無条件に従うことを『良』とする風潮』もないとは言えない。

サインを見落としたりすることを極端に嫌がるから、2アウトになって2ストライクになっても真剣にサインを窺うようなことが起きていることが『過去』にはあった。

『オウム返しのハイ!』にはこんな背景があったのかも知れない。
『判らないうちにハイ!と言うな!』などと散々言ってきた。

一方、何か言うと『あ!なーるほど!』とか『ホー、なるほど!』と言う少年がある。
実にタイミングが良くて話がしやすい。
つい『本当に思うのか?』『口癖か?』と聞いてみたのだが『マー口癖かな?』と言う返事だった。
その辺もこっちの『意図を嗅ぎ取った見事な対応』だと思った。

隣の御仁が、僕も学校の授業中に『なるほどと思ったことがある』とのたまった。
こういう態度で授業を受ければよく身につく。
下手な家庭学習より上手で、山留生は時間的に忙しいから『かくあらねばならない』
例年GWは農作業と修園生を含む山村留学への対応で終わるのだが今年も同じ。

4月20日に農家入りした彼らは3日にセンター入り。
親が訪れて親子行事をこなした後4日には共に農家訪問。

親と一緒だと随分印象が変る者がいるし、コメントすることも多いのだが、個人情報の公表はまずいとセンター側にブログのブレーキを掛けられたから彼らへの言及は控える。
会とは無関係ともいえるのだが、マー一応下請けの身分だから。

山留生全体のことを!とは言われるのだが彼らは『十杷一絡げ』で語れるほど『単純・没個性』ではない。

そんなわけで連休中に訪れた修園生の話題で・・

『行って来ましたー』といって入ってきた。
後ろの親は『口、あんぐり!』の状態。
前にこんなことがあってちょっとうれしかったことはたびたび口にしていたから、マー『受けねらい!』もあるのだろうがちょっとほんのりした雰囲気。

単なる挨拶だけの問題でなく本当に『気分的にも農家の子供になったか?』が言葉に表れるものだと思っているから。
2年ほど前のテレビ番組で始めての農家入りの際『お邪魔します!』の言葉にクレームをつけたことがあったが同じ意味。

近頃『民宿に訪れた』か、せいぜい『よそ様の家にお邪魔している』感覚の者がいるような気がして、気になっていたのだが。

『女を三つ合わせると何とやら』と言うのだが、この年代は総じて女の子のほうが精神年齢は早いから男女の機微に係る話が面白い。

『彼氏がいたナー?』と冷やかしたら、『違う!あっち側が一方的!』ときて、農家の母さんに『外出禁止令』を出されてしまった!ことも告白した。
それは去年のうちに知って居たのだが、同居していた一方が、相手の都合だったことを認めながら『はっきり断らないから!』と指摘した。
『彼の君は弟の憧れの人』だったから、弟思いの姉さんがちょっと配慮したのかな?

将来は長野の大学(信大)に入って『山留の指導員になりたい』。
農家が無いようだから『農家もしたい!』などと頼もしいことを言う。
『農家は簡単、美麻の農家に嫁に来たら好い!』といったら『まんざらでもない風』だった。

『テレビ番組を造る様な仕事をしたい!』と言う者もいた。
結構行動力があって、押しも強いし、観察力や分析力なども相当だからいいかも知れない。
在園中の庚申の掛け軸の描写はけだし見事だった。

『まだ判らなーい!』という可愛い者もいて今後が楽しみ。

何かと楽しい連休だった。
農家としての山留の始まり、『農家対面式』後荷物を運んで『農家入り』
農家入り 017

全員が継続生、小学校2人、中学生2人。
センターの指導員は組み合わせに苦労したとは言っていたがtakeyamaには予想通り。

去年もいた中2、今年は野球部に入って楽しいという。集落にちょっと待っていた父兄がいた(かな?)。ちょっとアイドル系・・・

一昨年もいた中3は受験生、とりあえず、部活(野球)に一生懸命に取り組めばいいのだがちょっと(心配?)・・。体のこなしは充分。
ここでは書きにくいのだが、問題点がふたつある。
自分で気がつけばいいのだが。

去年の『修園の集い』の頃から、次年度を期待(覚悟?)して何かとまとわりついてきた小6、予想?(ねらい)どおりになった。
『中学はどうする?』と聞いたら『考え中!』だそうだ。
『小学校6年で、進路を悩むのは大事なことだ!』といったら、なんとなくうなずいていた。

1学期中だけで山留を終わる小5は張り切っている。

2人はメンドシーノに『自分で支度』して訪問する。
1人はもう少し『日本のことが判れ』ば『立派な通訳が務まる』(はず)。

残りの4人は『やまく

今年から継続生は『一坪百姓』をするそうだ。
肝心の夏休みにいなくなるのだから作物の選択にアドバイスが必要だが・・・
明日からtakeyama家の実質的な山村留学が始まる。
随分心配をかけたのだが、結局のところ美麻学園は農家2戸で対応することになった。

前年からの継続生6人を含めて8人の山留生だから、2戸で対応するのは『ベストではない』が『ベターな対応はできる』つもり。

4人が来ることになるはずだが、今頃どの農家に配属されるか心配しているだろう。
明日9時からの『農家対面式』で正式に農家が発表される。
その後荷物を積んで農家入り。
カミサンが軽トラ、takeyamaは乗用車でセンターにむかう。

今日は、とりあえず食べ盛りだから精米して飯米を用意した。精米

農家生活中に、もう1回精米の必要があるかな?
山村留学農家確保に頭を痛めてきたが、農業?の方にモードを切り替えるために、市の教育委員会と学園に手紙を送った。

19年度に山村留学生を受け入れた農家が2戸継続できない状況になって、新しい農家を探してきましたが思うに任せない状況です。
下記のとおり報告します。
20年度の人数(8人)分の物理的だけの受け入れは現有農家で可能ですが、山留生の組み合わせや次年度以降の対応上の問題があります。

○農家を探す上で課題
実施母体には美麻の事情や個人の事情に通じた人がいない。
個人的なつながりだけで農家を探すことは限界。
旧村時代、学園の継続や維持は教育委員会などの業務だったが農家はその時代のいわば遺産でつながっていた。
しかるべき責任団体の整備が必要。
学園とのつながりを持った公的な団体がないと普通の市民はしり込みする。
行政の義務感だけで運用されてきたから、地域に山村留学の必要性が認められていない。
必要なのか?迷惑なのか?農家の立場では理解できない。
原点に返った地域の議論が必要。PTAや地域づくり委員会等で必要性の議論をしないと必要なのか不用なのかがわからない。
行政の仕事だけで過ごしてきたから、仕事(関係)を離れると見向きしない市民だけになった。仕事だけのつながりだったから、本当に大事だと思い、必要だと思っていた関係者がいないのではないか。
○坂は地域の課題にしているし、○坂学園の側には地域の事情が判る人がいる。
地域で必要性が共通認識になっていることが学園側でわかるから○坂分の募集は積極的にするが。○麻学園の分はしない。農家確保が難しい状況がわかっている。
このままでは学園は消滅するおそれはあるがそれでいいのだろうか?
アイターン者に呼びかければ農家になる人があるかもしれないが学園の方針はそれでいいのか?

『心晴れ晴れ!』ではないが、ひとまず『学園』と『教育委員会』に任せて・・・モードを入れ替えた。
『個人の限界』を感じたから次年度以降は『新規まき直し!』
『地域での必要性』から議論を始めることになる?
こちらの続き
ちょっと思うところがあって欠席した。

ここ1週間ばかり、農家(里親)確保のことが頭から離れない。
いつも気にかかって『鬱々』としている。
カミサンも一緒だが、地域を廻って里親(農家)を探すのだが結果がでない。

『そもそも的』に言えば、該当の『山留生が決まってからが農家』なのだから、本来は『子供が家に来てからtakeyamaの山留が始まるはず』で、事実村の時代はそういった状況で済んだ。
『農家確保』が『同じ農家の責任ではないはず』なのだが。

従来、山村留学は教育委員会や役場が『業務』として取り組んできた。
だからその中で将来の日本の『子供たちを育てている自負(大げさだが)』と『地域への貢献』と言う『使命感のようなもの』で山留農家に取り組んできた。

地域の際限なく都会化(あまり言い意味でなく)する子供社会への警鐘はもちろんだが、少人数学級解消への取り組みは地域に理解されていると思ってやってきた。
今の中学や小学校の高学年ではあまり切実ではないのかもしれないのだが、低学年の状況は切実なもの(になるはずだ)。

市になって、極端に言えばスクールバスの対応で『地域の学校不用論』が出る素地もある。
だから『地域の教育水準維持の動き』は村時代とは違っている。
美麻・八坂の教育課は廃止され、市の教育委員会の地域担当として机と人が存在するだけにになった。

山村留学は主にお金の面で行政の支援は不可欠だから、さすがにそれは村時代と同等なものを引き継いではいるが『力』の入り方は『ちょっと引いた』ものになり、『お金だけ出して応援してやっている!』状態だ。
事実2000万円を超える貴重な財源を支出しているはずだから、そのことを捉えて関係者はリップサービスに余念が無い。
そんなことはともかく・・・

農家を12年ほど続けて来たのだが、その間『子供の世話は大変だ!』とか『つらい!』とかの発言はしたことがない(正確には『あまりかな?』)。
もちろん積極的に『楽で儲かる!』とも言わないのだが、地域を廻って断られる理由はほとんど『大変だから出来ない!』だ。
『よくやっているネー』とは言われるのだが、言外に『よく他人の子供を預かって責任が取れるなー!』『もうけ仕事?』といった『批判のようなもの』を感じたこともある。

結局『独りよがりの使命感!』だったのだろうか?

里親探しが1週間続いたが成果が出ない。
すでに『3日は入園の集い』『4日は学校の入学式』だ。こんな状況でいいはずは無い。
入園の集いの歯の浮いたようなお世辞やリップサービスが苦痛で欠席した。

このブログを始め、あちこちで自由な発言をするからtakeyamaの存在が山村留学に変な影響があるのなら農家をやめた方がいいかもしれない。
自由な発言はtakeyamaの持ち味でやめられないのだから。

今年の子供は少ないらしいから『今の農家で対応できない人数では無い』が、継続生の『人となり』は判るから『相性や組み合わせで農家は足りない(と思う)』。
『有言実行』と墨書した色紙を大事にしていた少年がいた。

『尊敬していた先生』が贈ってくれたらしい。

机の上に何時も置いて『座右の銘』にしていた風だ。
この時期は将来の生き様に影響がある出会いがある。
takeyamaにはこんなことがあった

何時の日か少年と話してみたいと思って居たのだが、話をしないうちに帰ってしまった。

日本の文化では『不言実行がベスト』で『有言実行はマーマー』、『有言不実行が最悪』という事になっている(と思う)。

そんなことは承知の上で『有言実行の書』を贈った本旨を知りたいと思ったのだが。

『有言実行!』の言葉は『言ったこと位はやれ!』といった意味や、やったことは『積極的にPR』しないと『気が付かない者が多いから損だ』くらいに思って居たから、これを『座右の銘にすること』はちょっと『?』だったのだが、もっと大事なことが今はあるのだろか?

件の少年だが、『他の少年等の意思』に『自分の意思如何に係らず従う傾向』があることが判ったから、件の先生はそんなことに気がついていたのかもしれない。

『有言実行の書』を『少年に贈ったときの言葉』を聞き落としたことが残念だが、いつか聞ける機会はあるだろう。

明日(19日)が学校の『卒業式』、20日が美麻学園の『修園の集い』
19年度の山村留学が終わる。

いろいろ総括しなくてはいけないのだが、とりあえず『通知票』を。
ここ数年の傾向だが『相当疲れた!』印象はぬぐえない。

卒業生すなわち卒園生だが、始めて県内の高校に入学する。
育てる会は義務教育後の自前の高校づくりを模索したこともあったのだが、新しい展開に入ったということか?
早くから親元を離れて(中1から)社会生活?をしてきた経験?(体験)を生かしてほしい。
農家とは充分コミュニケーションがとれたとは言えないのだが、学校やセンターでは高評価だから大丈夫かな?
気になることは、都合の好くないことを『ちょっととぼけて、気がつかない振りをする』のでは無いかな?と思うこと。
『子供同士の好い関係』を築いてほしいから。

バレンタインのチョコレートをもらって大喜びした少年が居た。
こういったことだけで『少年の深み』のようなものが出てくるのが不思議。
一緒に帰ってきて『階段を駆け上がってチョコレートを渡したらしい』ことを感じた『件の少女の母親』が『4人の内の誰?』を知りたがった。
『ねー、野球部?吹奏楽部?』
4人の内2人がよくバレーボールに訪れたから、どっちかだとは思ったらしい。
あまりに熱心だから『ちょっと秘密の暴露』をした。『野球部!』と言ったら意外そうだった。
母親の趣味?とは逆だったらしい。
そういえばホワイトデーはどうしたのかな?
ちょっと上前をはねた?から責任がないとはいえないか?

2人で遊びにいって、2人のバレーボール振りをみて、一人で帰ってきた少年がいた。
呼びもしないのに戸をあけて『にや!っと』と笑って『あのネー父さん!あんまり雰囲気がいいから先に帰ってきた!』と報告した。
一人だけだったが、農家の父さんや母さんと冗談が通じた少年で、相手の気持ちが判るのかもしれない。
年齢相応の体のこなしが出来たら好いのだが、実は逆立ちが怪しい。もしかしたら懸垂も出来ないかもしれない。
好き嫌いで集中力の差が大きいのがちょっと心配。

吹奏楽部の少年だが、来年も山留を継続して今度は野球部に入るとの事。
いろいろ考えるのだが、大人の評価を気にすることがまわりにはばれていることに気がついているかな?
『一人で良い子』をしてみても、子供同士では『相手の立場に立つ』事が大事で、さもないと『いい関係が出来ないような気』がする。
『少女と野球部のほのかな・・』には気がついていたはずだが『気がつかない振り!』をした形跡がある。
少女の母親は『彼の笑顔』に『マイッタ!』のだが。
『吸収しようとする姿勢』は見えるから『来年は化ける』かも?

父さんの『通知票は独断』だから、たいして気にすることはない。
今年の山留生は、3月2日、荷物をまとめてセンターに移動した。
これで山留生の農家生活は終わり。
毎年のことだが、1年間の想いを一枚の色紙に残した。

此処のところ何年もほとんど『怒られた!』と書いてあるのだが今年の4人も同じ。
けれども、もともとの色紙は『父さん母さん1年間ありがとう!』が趣旨だから『怒られたこと』は肯定的に書いてあって『おかげで成長できた』と総括している。

昔は集落に『かくしゃくとした老人』がいて自分の孫も他人の子供も隔てなく怒った(指導した)。
近頃の大人は子供のほうに『おもねて』しまって、みんな『子供の理解者』の風を装って気にいらなくても黙っている。
地域社会の教育力は確実に落ちている。
学校やセンターの指導員もそうかもしてない。

そして、今は『子供をほめて育てる』のが風潮だから『些細なことでもほめる』し『ほめることを探してもほめる』。
そのせいか子供はマーほとんど『自己中心』になる。『総ジコチュー』だと思う。
『子供の個性尊重!』の影で『保護者責任を放棄』しているのか?とさえ思うことがある。

だからtakeyamaのような者に遭遇して子供達はびっくりする。

takeyama家で農家生活を1年過ごした子供たちは『1年過ごしたことをステータス』にして、次の子供たちに誇張して吹聴する。だから次の子供は『相当身構えて』入ってくる。
農家は、ある意味では指導は『楽』。

彼らには『父さんが怒っているうちは大丈夫』だが、『怒らなくなったら諦めたこと』だから『深刻な事態』だとも言ってある。
だから『怒られて成長した!』と臆面もなく言うのだが『成長したことを評価するのは自分ではない』ことには気がついているのかなー。

去年の4月、農家に始めに入った時、トラックに荷物を積んだのだが『かなり上手になった』ことは確かだ(が)。
今日は全国的にチョコレートの日
みんな『お菓子屋さんのたくらみ』に乗せられているのだが・・

今年は男の子ばかりだから『女の子のとき』と違って『上前をはねる策略』を考えていればいいのだが。

夕飯のときに『どうだった?』聞いたら『もらった!』と手放しで喜んでいる。

1年生は極端に男女のバランスが悪くて『女の子が少ないから期待できないよ!』と悪い状況に備えておいたのだが『マーよかった』

学校も配慮して『禁止令』も出してあったようだが、マー杞憂に終わった。

親から立派なケーキが届いていたから出して『どっちがうれしいか?』と聞いてみたら『女の子の方』と答えた。
『本命チョコ?』を想定したのだがどうも『義理チョコ』らしい。
それでも『保育園以来』や『生まれて始めて!』と手放しで喜んでいる。

かわいそうだから上前をはねるのはやめにした。

ホワイトデーにはセンター中だからどうするのか?
一生懸命に考えるのも生活。
もともとこれは『実の親が地域に感謝する意味で開かれる』から『破格』なものがある。
フランスワインで『ミュスカテ/シュルリー』と書いてあるものを仕入れてきて『たしなんで』いる。

『オーガニック栽培認証ワイン』だそうで、今はちょっと『ほろ酔い』気分。

『コタツ』に『ひっくり返って飲んで』いては、いけないのかもしれない。
どうも相当上等なワインのようだ。
『正当な価値』についてどなたかアドバイスをください。

酔っ払いながらテレビを見ているのだが、『冬芝国土交通相』は『福田内閣をつぶす』かもしれないと思った。

大臣は忠実な官庁理論の代弁者を演じているが、今の時代、参議院は野党のほうが多いと言う状況で通用するとは『とても思えない。』

揮発油税でグローブを買って『いいんじゃないですか?』は翌日に、当の官庁がやめることにした。

『道路計画は変えない。』『埋蔵金は出さない!』と官庁をかたくなに代弁しているのだが、閣内に『これじゃだめだ!』と思っている大臣もいる。

『これじゃ福田内閣は持たないぞ!』
『ほろ酔いの感想』が当たったら『おかしい(笑い)』
例の『時津風部屋の事件』で遂に『当時の親方が逮捕』された。
他人の大事な子供を預かって絶対にあってはならない事件。

『山留』と比べることは『あまりにかけ離れて』いるのだが・・・

『他人と一緒に生活する』ということは大変なことで、その辺のことを『他人の飯を喰う・・』と表現している。

takeyamaの実感だが、その場合一番大事なことは『信頼』(だと思う)。

育てる会の山留では、『親と直接の電話連絡』を断っている。『携帯電話は論外』で『農家生活中は封書も断って』連絡手段は『はがき』だけ。

子供は事務的な連絡が多いのだが、親のそれは『裏面はもちろんぎっしり』だが、『表の住所欄も仕切っていろいろ書いて』くる。

今年の農家対面式で話す機会があったから『信頼が大事だ!』『挨拶が大事だ!』『うそをつくな!』と言うような話をした。

マー『実の親を一番信頼する子供たち』だが、それが講じて『それ以外を信用しない』ことになっては山留の意義がなくなる。
あえて『ちょっと不便な生活』『思い通りにならない生活』を通じて『生活力をつける』のだから『逃げ口は簡単に見つからない方が良い』?

『信頼関係が蜜』になれば『絶対に時津風部屋のようなことは起きない』(はずだ)。

農家では『体罰に属するようなことは絶対にしない!』と誓っているし、過去『10数年それは絶対にない!』のだが『takeyamaの口撃?』は相当のものだから、彼らは閉口?しているはずだ。

トイレの掃除も体罰だ』と言われたらおしまいだが、今年の場合は母さんがしている。

ただでさえ『厳しい相撲部屋』で『随時親と携帯電話でつながっている状態』では『部屋との信頼関係は出来にくいナー』

そんな感想を言うのにふさわしい状況ではないのは承知しているのだが、あえて誤解を恐れず話題に。
昨日(30日)、朝の6時30分前、「行ってきましたー」といって家に入って来た『野郎』がいた。

びっくりして「どこへ行って来た?」「学校へ!」

昨日(30日)はセンター入り。
センター入りは、『2週間の生活に使う衣類』などと『当日の学校で使うもの』を持ってだから、登校時は相当の荷物になる。

だから『荷物をあらかじめ学校に持っていって来た』というのだが、5時に起きて、たっぷり1時間はかかったはず。

ちょっとびっくりした。
先週の日曜日、冬には珍しい『いい天気』だったのだが、1日中コタツの番をしていたから次の日曜に『そういう山留生は始めてみた!』とちょっといやみを言って『今週はそんなではまずい』といったら4人でかまくら造りをしたようだ。

今は来年度の継続・修園をめぐって考えている最中で相当悩んでいる。

そんな事件以来、あまり雪は降らないのだが、毎日『雪はね』を持って、庭はもとより登校路の雪をはねて歩く。

何時も『固有名詞を使って話さないとよく判らない!』といって居たのだが、集落を歩くと固有名詞が増える。

前に『冬に化ける山留生』の話題を載せたことがあるのだが、ひょっとしたら『化ける』かもしれない。

『生活力は怪しい』から、やっていることは『まだ、どじ』なのだが『何かを考えている風』が顕著。

学校はまだ誰も来ていないし、セコムが入っている。
だから『校門の近くに荷物を置いてきた』

長靴を履いて軽い荷物で登校。
センターへの下校時は相当の荷物になることは何時ものこと。
要領がよくなると格段に荷物が少なくなるのだが。

一生懸命全国の都道府県を勉強して社会の試験があったのだが『鳥取県』を『取鳥県』と書いてしまって98点だったとカミサンに残念がったそうだ。
takeyamaには、どっちから書いても『とっとり』だと『のたまった』。少し楽しくなった『山留農家』です。

後1回農家に入れば、今年の山留は終わり。
高校の入試にリスリングを導入する方向のことが朝日新聞に載った。

英語の入試のことではなくて国語。

『学習指導要領が「聞く力」の育成を国語の重要な目標に掲げていることが主な理由だが、「人の話を聞けない生徒が増えた」といった現場の危機感も背景にある。』と書いてある。

山留生と暮らし始めてもう10年を超えたのだが、始めの頃の子供たちのように話が弾まない。
こちらの年齢が上がって、もう子供と言うより孫の世界のせいもあると思ってはいたのだが、人の話を聞き取る力が落ちていることは確かだ。

子供たちは他人の飯を喰う生活をしているわけだから自分の家庭とは大違いで彼らを中心にした生活はおくれない。
家庭では自分の思いは親が全部くみ取ってくれる。親は自分に成り代わって作業してくれるからたいした苦労はいらない。

今は、人の話を良く聞いて、自分の主張を要領よくして、判ってもらわないと日々の生活は成り立たない。

だがなかなかそうはならない。
『同じことを何度も言わせて!恥ずかしくないのか!プライドは無いのか!』と何時もいうのだが、もしかしたら『言われたことが判らなかった』のかもしれない。
takeyama家の場合なるべく自分で考える機会を多くしたいからあまり細かい指示や単純な指示はしないことが多い。

彼らは戸惑っているのかも知れない。

やはり国語でさえ『リスニング』が必要な理由が判るような気がする。
結構事態は深刻。
郷土食体験で今日の中学校は『そば作り』。
そばを作付けして、収穫し『どうやって乾燥した?』と聞いたら、答えは相当怪しかったがどうやらプールの近くで『天日干し』したらしい。

今日は「そばを持って帰るから『タッパ』がほしい」と、4人とも『それを持って』登校した。

指導はそれぞれの学年で地域のベテランに依頼した。
いずれも名の知れた人物。

『材料が本物』で『指導者も本物?』だから『出来が本物』になればいいのだが、それではすまないのが『そば通を自認するtakeyama』の想い。

なかなか合格点を出さないから、何時も連れ合いはイライラしている。

『材料』は問題ないのだが『水廻し』をして『こね』て『のし』て『きっ』て『ゆで』て『冷やし』て『つゆ』、それが全部『完璧』に、しかも重要なのが『手際よく』『早くでき』て、それで味が決まる。

子供たちには『おいしかった!』『楽しかった!』の『この種の定番で感想を済ませるなよ!』とは言って送り出した。

もって帰っても『ざるそばで食べられる代物では無いぞ!』と言うのが『takeyamaと連れ合いの共通認識』だから『とうじそば』にするか?というわけで『野菜』と『油揚げ』『味噌味仕立て』を用意した。

3人前くらい作って、どうやら2人前くらいをもって帰ったのだが『マー大体予想通りの出来』。
『家へのもって帰り方』までの指導は出来ないからなんとも大変な状態。

4人だから8人前くらいある勘定。
ご飯の時は2人前くらいは何時も食べるのだが『そばは結構てこずった』。

学校も味なことをして『給食は味噌ラーメン』だから『麺3連発』昨日のカレーライスも売れた。

『親』と後で『新行のおそばやさん』で『本物を食べて帰るように!』『これがそばだと思われてはたまらない!』ことは伝えたのだが、カミサンが『帰るまでに腕前を示す意気込み』を示した。

『う(ゆ)でゆ』はまぎれなく本物の味だった。
始めてのことだと思うのだが、県内の高校を受験する山留生が出た。
19日が受験日で、明日の晩は親と『現地のホテルに宿泊』する。

その連絡があったのだが、親も子どもも言うことが一緒で『給食が終わったときに迎えに来る』と言う。

マー情報が完全に一致しているから安心なのだが、『時間の指定』でなくて『給食が基準』になるのが『傑作』でどうも『学校給食が相当山留家庭の中に意識』されているらしい。

親は道路が心配で連絡したらしいのだが、明日の朝はどうなるかが判らないのが今の陽気。

ことが受験だから『滑った』ら『絶対に困る』ので注意してほしい。

今日食料の仕入れに行ったらスーパーに『合格どうなつ』を売っていたから、1人と言うわけにはいかないから4人分仕入れてきた。
中に受験生へのメッセージが刷り込んである。

1年生の一人が『自分の分を受験生に渡し』て『こう言うことがあってもいい!』と、のたまった。
回りは結構心配している(のかな?)。

その後『半返し』の行為があったから、結果的には『ちょっと怪しい行動』になったようだ。

今夜だけだから『風邪を引かないでよかった』し、本人は『内情はともかく、落ち着いた風』をしているから助かる。
27日に学校は終業式だからみんな通知表を持って帰った。
農家の父さんに自発的に持ってくる。
農家の父さんの尊厳は保たれている。学校への通信欄への記入を依頼されたが遠慮しておいた。

まー、みんな『それなりに上がった』から『日ごろ口うるさい父さん』の『お褒めの言葉』を期待したのかも知れない。

『通知表のつくり』が相対評価から絶対評価(表現が違ったら御勘弁)に変ってしばらくたつ(と思う)。

相対評価の期間が長かったのだが、相対評価ではグループ内の『評点の割合』が決まっていた(はず)。

だから小規模校の場合、5と1はクラス内に1人しかいないはずだから『クラス内の位置』は分かりやすい。
だが『評点の割合の決まり』があるから、少しの違いをどう『評点に反映』するかで『先生は相当困った現実』があることは、想像に難くない。

今は習熟度に応じて評点がつくスタイルだから文句なしに合理的(なはず)で習熟度が分かることになる。

先生はその思いで評価できるから悩みは半減しているのかな?
その分『規定がない弊害』が出ているのでは?無いだろうか。

『えーイ面倒だ!どっちも5にしておけ!』なんてことはないだローな?

15人のクラスで我が家の2人は『同一科目で5』の評点を得たのだが、相対評価の時代にはありえない事態。
総合テストの結果や経過も父さんは知っていて『一番初めの知る機会(授業)をもっと大事にしろ!』『授業をまじめに受けたらこんなことは無い!』などと口やかましいのだが、先生は『親との関係』で『通知票には無難な方に評点を配置』してあるような気が『無きにしもあらず』だ。

高校入試に『内申書』を重視する方向になって久しい。
一発勝負のテストの危険なことを配慮したものだが、子供は『実力より先生の評価』を『気にしすぎる』ことはないだろうか。

通知表に『授業時間中の発言回数』の順位付けをしてあって少々驚いた。
もちろん『真剣な学習態度は大事』だから、むやみに否定するつもりは無いが『先生からの評価だけを気にする輩』がでることは無いのだろうか。

教師に対して『ただ従順なだけ』のものが『成績優秀者』になっていないだろうか?
日ごろは『先生に逆らう』のだが『テストだけは優秀』などと言う『剛の者』は『正当に評価』されているだろうか。
山留生の場合2学期になると先生とのコミュニケーションが密になるから成績の評点が上がるのではないかなー。

『先生の尊厳』が守られて『学校の秩序』も守られているのだが『それだけではすまない』から教育と言うのは厄介だ。

農家の父さんの『尊厳を守る手立て』は、少し『秘密』にしておく。