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炭焼き

毎学期、山留の農家と指導員側が『一杯やって意見交換』するのだが、2学期末のその時は『炭焼きの話題』でずいぶん盛り上がった。

センターは『体験として何度も炭焼き?』をして、『あの父さん』がそのたび指導するのだが、昔それを『業とした者にしては相当忸怩たるもの』があったと思う。

体験が優先だから、窯の都合に関係なく『子供たちの日程に合わせなくてはならない』。
だから多分『これを炭焼きだなどと言ってもらっては困る!』といった心境だったのではないだろうか。

1年に一回、湿って、さめきっている窯で、材料はこの辺では上等の楢材を使っても『製品のできは、残念だが想像できる』。
件の会で『木なんかナンでもイイだ!おんなじことだ!』と自嘲気味に言ったのが心に残った。

体験する側の子供たちも、その周囲も『頭や耳は相当のもの』だから『備長炭とは?』くらいのことは平気で言う。

『続けて2窯は焼かないと!』!と今年は『体験用』の後『おとな用』『指導員用』に『窯の進行状況に合わせた作業を展開』する『炭焼き』をするそうだから参加してみた。

全工程は3日がかりになって、センターとの距離はあるし、あいにく市の連合自治会などと言う変なものも入って、抜けた時間ができてしまった。

一応『業とした時代に近い作業』をしたし、原料も吟味したものが入ったから『ある程度のものが出来た』し、量も一定のものが出来たから『ゴベー(赤く焼けた炭のもとを冷やして炭にする灰のこと)』が足りなくなったほど。

恥をさらすのだが、6年生の時、学校でのいじめの類に嫌気がさして『登校を拒否したことがあった』のだが、死んだ親父はその時「そうか、学校に行くのが嫌か?」「それじゃー仕方がないから俺と一緒に炭を焼くか?」と炭焼き釜に連れて行かれた。

当時は今と運搬手段が全然違うから、材料の近くに窯をついた(つくった)から、そこは当然『山奥で傾斜地』、6年生ともなれば、当時は『もういっぱしの戦力』だから1人で作業することになる。

のこぎりで木を切って、傾斜の山を上り下りして材料を窯の近くに集める。
そうとう参った上に、夕方は4貫目(15キロ)の炭俵を2つ背負って山道を登って、下って帰宅する。

ずいぶん昔で、数えたら55年になる今頃(2月)のことだが、よく覚えている。一発で参ってしまって翌日から学校に行った。
学校の先生とはしょっちゅう一杯やっていた親父だから、裏で相当手をまわしたのでは?と気がついたのはこの頃のこと。

そんなことも思い出した大人の炭焼き体験
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comments

出ぇた~(笑)

炭焼き懐かすぃ~。

俺がよぅく覚えているのは焼く前に薪割りを斧で行う作業、力任せで上手くいかず空回りそしたらこれは「剣道の素質」が決まる?と諏訪の父さんに言われた。

そっかぁ?未だ意味が判りませんね。(笑)

大変だったけど辛くなかったな、当然長年やらないと分かりませんよ。

でもいぃ仕事だぁ。

備長炭成功したら嬉しいよなぁ、ありゃ一種の芸術だぁ。

と思います。

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