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それにしても!

朝から、天下の朝日新聞?の1面トップ記事だが・・・『ん?』
経済対策で防衛予算?
年末恒例の今年の漢字は『金』で、新聞などは『きん』だと言ったのだが、『カネ』だった?

経済対策、景気浮揚を前面に出した政権を国民は選択した。
経済のためにはあの原発さえ容認し、その結果確実に生まれるごみには次代に任せて平気で、いざ事故になったら人間が確実にコントロールできないことにも平気だ。

まさに『カネのためには何でもする』『いやしい日本人』になってしまっている。

冒頭の件だが、まさに本音そのままに、『カネのための防衛費支出』になっている。
『防衛費が必要だから増やす!』のには人によっていろいろ考え方があり、まー『議論』の対象にはなるのだが・・・
『経済のために軍備を増強する!』はどうしても変だ。
マー『本音と建前』のことにはいろいろあると思うのだが、『古希の老人』で、『信州人』としては大いに違和感がある。

資本主義は『需要があって、供給がある』ことが、成立の条件だから、需要を生み出す『手段として最後は戦争さえある』とは言われている。
その意味では、今度の大震災でものすごい需要が生まれて、不遜だが『ある意味ほっとした』ことは事実。福島原発事故さえなければ相当の経済成長のための需要が生まれたはずだった。

それにしても、『カネのために防衛費を拡大する!』『景気浮揚のためには何でもアリ』。なんとも『恥じらいのない政権』『恥じらいのない世相!』になってしまったことを憂える。

去年を代表する漢字が『金(カネ)』だったことがあらためて認識させられ、いやな気分になった日だった。

終わった!の記事にある意味『納得するコメント』があった。

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謹賀新年

25棚田年賀
新年を迎えました。
ずいぶんブログにご無沙汰しましたが、とりあえずご挨拶。
今年も同じことが人生のテーマになります。

終わった!

憂鬱な1年が終わった。
12月に総選挙があって、状況が変わった。

めちゃくちゃな政治運営に辟易していたのだが・・・

選挙権を得て始めてのことだが、今回の小選挙区選挙では完全な無効票を投じた。
『判り切った無効票を信念をもって投票した』のだが、いまは、ちょっと「ん?」と思っている。

前回の衆議院選は自民党の国家運営に怒って政権交代に未来を託したのだが、交代した側の民主党は官僚側に飲み込まれ、自民党を超える悪政(と思う)側に転換し、以前に増して『官僚が牛耳る政権になった。

完全に頭にきて『一時マスコミにもてはやされた第3極』に期待したのだが、『競争原理の体質』と『TPP』問題に違和感がある。
自分の思いにぴったり政党は小選挙区に候補者を立てられない。
まさに『自爆テロ』の解散で、『戦うべき相手を違えた解散劇』だから、準備期間が短くてどうにもならないのだろう。

新聞やテレビは争点になるべき事項を『景気回復問題だ!』としてあおるから、『原発』と『消費税』のことは『小さなこと』になってしまった。
で、予想を超える『自民党の圧勝』で、案の定、あの大事故の後なのに、原発は復活の方向になる。
決して国民の多くが原発を支持したとは思えないのだが、政権は自信を持ってそれを推進することになる。
『そんなはずではなかった!』と多くの人は思うのだが、『後のまつり』というやつ。

でも、今回のブログのテーマはそのことではない。

この結果は十分takeyamaにも想像できたことで、こんなことにならない投票行動にすべきだった(ような気がする)。

実際の投票は『ベストの候補者』があれば最高だが、『相手よりちょっと良い!』のあるし、『相手より悪くない!』『あれだけは絶対に困る!』もあるのだが今回はその選択ができなかった。

相当の信念があって、断固無効票を投じたのだが、『良かったのかなー』と思っている。

年齢を重ねて、どうも『許容範囲』が』かなり狭くなってきた。

死んだ親父は『相当な人格者』で、いつも畏敬の念を抱いていたのだが、晩年は些細なことに怒って「え?」と思うことが多くなった。
決して間違ってはいないのだが、でも『ちょっとなー』だったことを改めて思い出していて、自分も後を追っている。

だんだん年を重ねて注意しなければいけないことのようだ。
自分流にいえば、『より正義に近づく!』のだが、冷静な第3者から見れば「ん?」なことがあることを気付かなければいけないかもしれない。

事実takeyamaを超える高齢者が、『自民党の行き方では自分のために、国のためによくない!』から『決して納得していたわけではないが、その対抗軸に投票した』と語ったのには『正直参った!』

そんなことで、ちょっと寝覚めの悪い総選挙だった。
『独りよがりにならない』ように、『老害にならない』ように、気をつけることが今後の課題になるかもしれない。


棚田

風景24棚田
人生の多くの部分を棚田再生と保存にさくことを宣言してあるのだが、一応24年度の作付けが5月に終わった。

マー、一応棚田らしくなったと自賛している。

棚田の宣伝が行き過ぎたことがあったのか?通りがかりの人が「『姨捨の棚田』のような風景を期待したのに!」、来年は全部棚田になっているのか?」といったとかで、takeyamaの奮闘?に刺激され手つだった老婆(失礼)が「オメ様ナー、棚田の復活と手入れは大変だだジー、そんなに簡単ニャーいかねー」と答えたと告げ口した。

周囲のこんな話が楽しい。

で、その経過だが、畔草を1回刈り終わったらもう2回目が必要になっている。
ボランティア歓迎。

年を重ねて、書くことが相当億劫になっている。
頑張って書かないと老齢化がどんどん進む感じ。

さて、始まるのだが・・

冬の降雪は今年はけして多くはなかったのだが、3月以来の天気が悪くて、例年より多い雪が残っている。

4月になっても雪が降る。
畑も棚田もまだ圃場が雪の中から出ない。

でも、作物の成長には時期があるから、それなりの準備をしなくてはならない。

で、雪の中でパイプハウスのビニールを張って、種もみの水浸はした。
ハウスが風で飛ばされるか?心配したが、雪でつぶされないか?も心配になった。

田植えは5月19日をめどに準備しなくてはならないが、天候で大分遅れるはずで困っている。

子供のための山留農家は2年前に辞めたのだが、その頃から『親の山留的なことの必要性』をずいぶん感じていた。
大きく言えば、日本人の食を含めた将来のことに大きな不安を感じている。

4年くらい前、チョっと『離れた畑が熊の被害』に遭って、次の年はイノシシにトーモロコシをやられて、2年続けて収穫が無くて、2年間耕作を放棄した畑があるのだが、ここ2年、『相当いのししやシカをを駆除できた』から、今年はまた作付けして、『親の山留風なこと』をしようと思う。

『ブログの右上』にそれをアップした。
募集
現地はまだ雪の中だが、そんなわけだから『棚田』同様協力してくれる人がいないかなー?


合併の約束ですので・・・

水道のメーターは使える期間が決まっているらしい。
庭に「メーターを交換します」と言って設備屋さんがきた。

ちょっと作業振りを見ていて『ん?』と思った。

交換前のメーターは、数値を『穴を覗いて調べる』スタイルではなくて、『ちょっと離れた、壁についているものを覗く』ものだったのだが、今度のものは『身をかがめて暗い穴を覗き、その数値を確認する』ものにグレードを下げている。

『ん?』と、怪訝な顔をしていたのを感じたのだろう、件の設備屋さんが市役所からのお手紙を差し出した。
それが冒頭の件。

『時期が来て交換するメーター』は『市内統一で隔測のものは使わない!』ことが『合併の取り決め(協議)だ!』というわけ。

むらは合併前に『村の住民福祉、生活向上』のために、上水道を整備し、その過程で、営々と管理してきた『地域独自の水の供給施設』をあえて、『村の施設に乗り換え』させたり、村が『水源を買い取った』ものもある。
だから、水道事業は公営企業(簡易水道事業は準公営企業)の形はとっても、中身は住民福祉事業そのものだったから簡易水道事業に採算性を求める視点は小さく、『村民すべからく一緒』で、電気を使って地下水をくみ上げる水源も、自然流下の水源を利用する安上がりの地域も同じにした。
『簡易水道という会計』も、『どだい独立採算性では無理』なことを『認めている制度』なのだから、一般の税金投入を認めていて、『高料金にならないように』と『国からの交付金制度』もある。

そんな簡易水道事業だから公営企業・独立採算の水道事業と料金を一緒にすべきで、そこからすべて始まると思うのだが、この投稿はそんな高級?なことを話題にするのではなかった。

で、水道メーターのことだが、むらは寒冷地だから冬の気象を考慮して雪をどけて穴を覗かなくてもメーターの数値が読み取れる隔測型のメーターを使った。
旧市の使用者より『ちょっと上等の施設』だが、『ちょっと気に入らなかった』らしくて、交換の際には穴を覗いて調べるものにグレードを下げることを『合併協議で決めた』。
だからメーターを、原始的なものにあえて代えて、その言い訳に合併協議を持ち出した。

こんな姑息な手段で市を運営することに何の思いもないのだろうか?
『隔測装置は相当値段が高い』から『経費を節減したい』と率直に記した方が好い。
今更『合併の約束だ!』の文書を出す神経が判らない。
いまごろ旧むらの行政関与や責任を持ち出す行政センスはなんだ。

冬季には雪や氷で『確実に測れないメーター』が出るが、その分は『推定で数値を入れて、雪解け後に調整する』とも書いてある。

水道メーターの検針だが、むらの時代は月1回だったが合併で2月ごとになった。
決まりは月ごとになっているから、2月分を平均して月の便宜上の使用量として料金を計算する。
同じことのようだが、基本料金の境目等の使用者にして言えば、消費税分を含めて若干の齟齬は出る。
今度は4月分を推定する事態も生まれる。
マー『目くじらを立てるほど価値がある話ではない』が・・・

メータの読み取りは使用者がするのではないから、takeyamaは関係ないのだが、検査員は近くに住む高齢者だ。
寒い雪の日に、マンホールをはずすので手袋を湿らせて、膝をついてかがんで、、懐中電灯をつけて、穴を覗く姿が目に浮かぶ。

それにしても、生活上グレードが落ちて行くのは気分が好いものではない。

takeyamaの乗用車は15年前は1,800CCだったが、その後1,500になり、今は1,200CCになった。軽トラックはエアコンが外れたものになった。

批判者の立場で聞くこと。

このところの会議など、中身の劣化が激しい(と思う)。
事務用の器具などがものすごく進化して、会議資料の作成が容易になった。
そのせいだと思うのだが最近の会議など『資料は相当立派』になった。

その反動で(だと思う)、会議の内容、参加者が発する言語の方は『相当お粗末になった』というか、そもそも発言が無い(ような気がする)。
会議を主催する方は、本当に議論してほしい問題点を明らかにしない。というか、問題点が明らかにならないように装う(としか思えない)。
正しい情報は『批判する意見やそれに伴う質問』がないと、正しくは伝わらない(と思う)のだが、そういうものを排除する風潮が蔓延してきた(と思う)。

人生の3大テーマの一つに『腎臓病との付き合い』があることはもう書いてある。
ちょっと離れた病院で、その道の専門の先生にお世話になっている。
最重点は食事療法で、つまるところ『たんぱく質』の制限とそれに伴うリスク管理になるのだが、現在のたんぱく質の摂取状況を把握することが第一歩でかつ大事になる。
一日の尿を全部採取して検査することでたんぱく質の摂取量が判るそうだが、1日や2日の食事内容ではなくて、相当長い期間の平均になるからツケヤイバで対応してもダメ。だから、『日摂取量を指示』されている本人のほか、食事をつかさどるカミサンの方も戦々恐々としている。

で、年に3回、担当医の講演会がある。
相当『目からうろこ!』の講演会で、熱心な聴衆が毎回たくさん集まる。患者やその関係者ばかりでなく、医療や行政の関係者も多いようだ。

『腎臓病の患者に同情はしない。勝手に腎臓を壊して、社会の迷惑ものだ!』と言われたのには参った。
『腎不全の究極の対応である人工透析は、ものすごくお金がかかる。その費用の大半は周りの住民が負担する』というわけ。
そして、『だから、腎不全にしっかり対応して、透析を避けることは生産活動(と一緒?)だ!』と続けた。

そもそも『この先生の治療を受けるように!』と勧めたのは市の国保関係者で、『人工透析はお金がかかって国保会計が困る!』というものだった。一脈通ずるものがあるし、素直に理解した。
おためごかしに『透析は自分が大変ですよ!』などと言われるより、『社会貢献!』と言われたら『無職・年金者』にとっては『アーおれも社会の役に立つのか!』となって、けしておいしくない『でんぷん中心食』を食べる元気が出る。

講演は、『腎臓は治らない!』『進行を遅らせるのは低たんぱく食だが、エネルギー不足はいけない!』で、その実践のための話題が多い。

今回の講演、最後の質疑応答は感動した。

腎機能が減退すると代謝機能が衰えて、『高カリウム血症』になりやすい。
だから『カリウムを食事から減らせ!』『野菜は煮こぼせ!』と指導される。カリウムは水に溶け出すから相当カリウム摂取を減らせる!』というのだが、それを真っ向から否定して『生野菜で良い!、逆効果!』と、普通の医師や栄養士を強く批判した。
これに『現実に摂取量が減るのに逆効果!は説明不足!』と質問があって、『野菜を煮ると体積が大幅に減る。結局食べすぎる。カリウムは減っても過剰にとってしまうたんぱく質が禍になる。』と明確な答えがあった。

『タンパク質のない高エネルギー食材』として『でんぷん加工食品の効能』を述べるなかで、『でんぷんは高血糖にならない』と話した。
世の中は『高エネルギーで糖尿病が進む』と言われている。『結局最後は糖分にになるでんぷんが高血糖にならない理由を説明してほしい!』と質問があって、『急激に吸収される糖分が血糖を増加させる。ゆっくり糖分でんぷん食の効果だ!』と答えた。

いずれも若い女性の質問者だったが、講演を『ちょっとした批判者の立場で聞かないとできない質問だ!』と思った。そのやり取りの中で理解が深められて大いに助かったし、結果だけ断定的に聞くより、議論の途中経過に遭遇したら良く判ると思って感謝した。

人の話を聞く理解力が落ちてきている。気が付いたらご指摘願いたいが、もうしばらく批判者のスタンスを続けようと思った。

地域自治

市に吸収されて(合併して)6年過ぎた。
それを決定する現場にいて、それに若干携わった者として、少しく思いはある。

本当は『住民が主体的に決定するべきだ』と訴え、そうしたかったのだが、
『住民を信用できない方々(輩?)』などが『現行制度上!』と主張してそれが決定した。
役場の職員を含めて『行政のプロ』がこぞって『住民に判断させることが不安だ!』としたのはちょっとショックだった。

そのことがこのブログ(正確にはこのブログの前身)の発端になった。

この頃『合併してどうなった?』と聞かれることが多い。
合併してたいした変化はないが、少なくとも『行政サービス上がった!』という実感はない。
それでも『合併は悪かった!』などというつもりはない。

『合併すべき!』と唱える意見の大半は『小村ではやっていけない!』だったのだから、『村が存在せず、比較するべき対象が無い』今、『どっちがよかった!』などとは言えない。
『やっていけない!』論の最大の理由は『財源に一番影響がある地方交付税が大幅に減るから』だったのだが、当時の『財政シュミレーション』ほど、全国的に『減ってはいない』ことだけは確かだ。
『財政の将来予測』が、『過去に当たったことはない!』といった御仁がいたことも確かだが・・・

役場が無くなって、市役所が遠くなるなることは予測できた。物理的な距離に加えて、住民の気持ち的にもそうなることは予想通りだった。
だから合併より先に『地域自治をどう構築するか?』には関心があった。

そして、地域自治組織として『地域づくり委員会』づくりを市に提案し、『地域づくり会議』を作った。
住民の気持ちを市に伝える機関として『地域づくり委員会』、亡くなる役場の代わりが『地域づくり会議』だった。
『うまくいった!』と思ったのだが・・・

続きはしばらく後で・・・

中国の棚田

中国の棚田事情が入ってきました。
雲南省は恩師がたびたび現地に出向き、彼の地からの留学生も受け入れ、『雲南』という短歌集を作ったこともあったから、ちょっとした興味があったところ。

中国の日本人学校の先生から『通信』が届いて、その中心が『雲南省の棚田』
件の先生は、『わかたの棚田』での作業体験があります。
中国の棚田2
通信全部を『みあさwiki棚田ニュース』の方にアップしてあります。
『~の風まかせ』です。

言葉の信用

言葉(言語)に対する信頼が無い。
その先頭に政府・政権が立っている(ような気がする)。

12月中に福島原発は『冷温停止』すると工程表を作った。
12月になって、『工程表どおりにならないと国民に不安が広がる!』と政府は思った。
が、さすがに『冷温停止』とまでは言えないから『~状態』という言葉を加えて『冷温停止状態』という、『いわばごまかした言葉(言語)』で高らかに『福島原発は冷温停止状態』です。ついでに事故の『終息宣言』まで出してしまった。

ちょっと『中身が判る国民は信用しない。』というか、不幸なことだが、発する言葉というか言語そのものに対して信用しなくなっている。

燃料が溶けて、本来の位置にとどまれずに落ちてしまって(メルトダウン)、数10cmもある鉄製の窯を溶かして外に出て(メルトスルー)、その外側の数メートルもあるコンクリートまで溶かして30数cmでそれすら破壊して外に漏れてしまう状態であることが判っていて、ぬけぬけと『終息宣言』を出しても『言葉を信用しない』、『政府を信用しない』人間が増えるだけだ。

『冷温停止状態』の根拠も、この前『温度計がひとつ壊れた』が、肝心の窯に近づけないのだから『修理も交換もできない。
上がってしまう温度を冷やすためにジャブジャブ水をかける。水はようやく循環できるようになったのだが、また使うために放射能を除く。
濃縮された物が毎日貯まっていく理屈だ。その行く末はまだ確立されていない。
そっちの細かいは発表はないし『マスコミの報道はほんのちょっと!』だ。

細かいことを発表すると『国民の不安が増す』『風評被害がある』と言って『政権は国民を信用しない。』
『その政権を国民は信用しない。』

『社会保証と税の一体改革』と言ったら、何のことはない『増税』のことであり『消費増税』の論議のことを指す。言葉の意図的に操っている。

『増税に不退転に取り組む!』と高らかに宣言する。
不退転に取り組むのは『行政経費を削る』ことなのではないのか?
そのためには『公務員の給与削減』が先だし、公務員の供与削減の倍ぐらいは国会議員の歳費削減はしないと話が進まない。議員は誰も口にしないが、誰が考えてもその方が先だ。

『簡単に話がつかない議員削減』で『お茶を濁している』ことを国民は気付いている。

言葉や言語の信用を失って、政策の順番もくるっている政権では国民が不幸だ。

乗り遅れ!

「『フェイスブック』を探しに、図書館に行く」という川柳が話題になっている。

ブログまでは、マー『追いついていた!(と思う)』のだが、ツイッターとフェースブックには乗り遅れた。

コンピューター世界が到来することはなんとなく予感していた。

元々臆病で、見栄っ張りでもあるから、人より後になるとまともに取り組めない人間であることは承知していた。

はじめのITはワープロだったのだが、当時役場に出入りしていた事務機の営業員が『takeyamaさん、そういった物は35歳過ぎたらやるものじゃないですよ!』と忠告されたものだ。
当時40才代後半のことかな?

その後、後輩に「いつまでもワープロでは・・、これからの世の中はパソコンだじ!」と言われてほどなく『ノート型』を取り入れた。
まだ『ウインドーズ』ではなかったが、件の後輩が『ちゃんと使えるように』してくれて、今でも感謝している。
ワープロの時になんとなく次代を予測していて、入力を『頑張ってローマ字入力にしていた』からこの時は助かったし、『ちょっとした自慢』でもある。

せがれが早く亡くなって、ここで頑張らないと、我が家は『年よりの時代遅れ家庭』になってしまう!恐怖もあった。
その後ウィンドーズ時代になって今のPCは自分で立ち上げた.
セキュリティーには注意しているつもりだが、重さとの調整が結構厄介。
ちょっと背伸びをしてITとの付き合いを進めてきて、このブログも始めたのだが、古希の老人の本質は基本的にIT用にになってはいないことをいつも自覚させられている。

ツイッターやフェイスブックはちょっと『システムが判らないこと』があって、尻込みしている状態。
『とんでもない限界集落』に住んでいて、近所に適当なアドバイスは求められない。
勤めはもちろん、社会的にも『ほとんど引退』して、外の世界とのつながりが少ない状態だから困っている。
逆に、だからこそ、外界とのつながりのためにネットの必要性を強く感じてもいるのだが。

とりあえず、頑張って『スマホ』にでもデビューするか!

23棚田の顛末

去年の年初、高らかに?『棚田の再生!』を宣言した。

米作りは日本の文化だが、年の切れ目に『米穀年度』というのがある。

百姓は延々と続くのだから、年の切れ目を作るのは簡単ではない。
もちろんイネ作って米が収穫できれば一つの切れ目だが、生産された物がしっかり利用されなければ『本当の終わり』ではないような気がする。

その時点ではもう次の米作りの計画が無ければ間に合わない。

今の米代の生産は農協では相当面倒で、はっきり精算されるのは何年もかかる。

その年に生産された物がしっかり精算されて始めて『米穀の年度』が終わる。

わかたの棚田の再生については前に書いたことがあるのだが一定の切れ目になったから、みあさwikiの棚田のページに決算の見込みをアップした。

改めて思うのだが、棚田では『ゴルフの代わりの米作り』であったり、『健康維持のための米作り』だ。
もしかしたら、『節税対策の米作り』かもしれない。

カマキリのご託宣?

このところ『全国で、大雪の話題が大賑わい』だ。

庭の『さんしゅ』が落葉したころ『カミさん』が「今年は雪が多いかも?」と『のたまった』
カマキリの卵が『とてつもなく高い所』に産んであるからだそうだ。
言われてみればこんな高い所に産み付けられたのは珍しい。
カマキリの卵全体

昔からカマキリは「雪の状態を予想して産み付ける高さを使い分ける」と言われている。

それに反して、今年の雪は決して多くはなかったのだが、この2~3日で平年並みになった。
家の庭に『簡易な積雪計』を作ってある

カマキリの卵拡大

年神様

今年の年賀状には『年神様』を使った。

年の最後の日から年初に、各家の『松の木』に神様が訪れ、正月中その家にとどまる(と言われている)。
だから毎年松の木を採って家の中心に据える。
それを『松迎え』とか、もっと丁寧に『お松様を迎える』とかいう。

神様が降臨したものは『年神様(と言われ)』で、お年取りから(12月31日)から正月中は在住する(と言われている)。

注連縄(しめなわ)は神様のいる神聖な所と普通の人間の生活の場を分けるものとして位置づけられている。

ついでに言えば、玄関に飾られる門松は、「この家にお松様を迎えてありますよ!」という『目印』で、年神様がそれをめがけて降臨する。

近頃、お年神様を迎えてなくても、いわゆる外観向けに門松だけが飾ってある家が珍しくないし、松が無くてしめ飾りだけが飾ってある家も多い。
本来『本末転倒』だが、そんなことが無視されていることが多い。

これらの飾りは売られていて、海外で生産され超豪華なものも多い。
事は『神様がらみ』のことだから、自分で作ったものが『みてぶりは悪くても高級』だと思っているから、takeyamaは全部手作りしている。

田の神様、水の神様、火の神様、山の神様、家の守りの神様、知恵の神様、昔はそれぞれに神様が訪れると言われていたからそれぞれに松を迎えた。家中で相当な数になったし、それらに毎日食事が提供できない(大変だ)から、その間の食器がいわゆる『おやす』で、洗い米と尾頭付きの魚をいれて勘弁してもらった。

それらの臨時の神様を祀った諸物を、正月が終わって、本来のところに神が帰った時に、『お炊き上げ』するのが『おんべ』だ。
それが『おんべ』自体がイベント化して、年神様がまだいらっしゃる正月中に済ませてしまうのが、すでに一般的になってしまった。
おんべは、『単に枯れ草を燃やすもの』ではなく、『年神様をお炊き上げする』ものだということを子供たちに伝えてほしい。

元々は15日までが正月だったのだが、正月=松飾りがある期間=松の内で、藤は何時からかはわからないが、『7日まで年神様を祀る』と短縮した。
七草がゆの風習が一般的だから、まんざら根拠のないことでもないようだし、『7日までが松の内』という言い方が一般的だ。

そして、今の古老達が生まれる前から、七日のおんべは続いているし、戦後いわゆる新生活運動でほとんどの地域が一時的にやめてしまった時も『今の場所で、同じ方法』で続いていて、途絶えたことがない。

おんべは本来『子供だけの仕事』だったのだが、子供の数が少なくなったし、子供自体能力が亡くなってきたから、数年前から地域あげての事業になってしまった。
八〇歳の老人が嬉々としておんべを作っている姿もまた『おつなもの』だが、子供たちが『完全にお客様』になってしまった現状は、危惧される事態だ。
以前は『社会生活の力』をこんな行事を通じて先輩から教わってそれぞれ付けてきた。

『年神様の松迎え』は死んだ親父から『12月13日にするもの』だと言われてきた。となりのじいちゃんはちゃんと今年もそうだった。

ずーっと『なぜ12月13日なの?』と疑問だったのだが、京都の芸妓さんだか舞妓さんが芸事の師匠に『新年のあいさつ』を12月13日にすることが報道された。
これを『事始め』と言って、この日が『新しいの年の準備を始める日』だそうだ。

『松迎えの日』はまさに『新年の準備を始めてする日』だ。
『長年のもやもや』が晴れた気分。古希にもなって初めて知ったこと。

新年のご挨拶

未曾有な災害に遭遇した年が終わって新しい年が明けた。
例年なら「あけましておめでとう!」だが、ちょっと「おめでとう!」が言いにくい状況だから、こんな年賀状にした。
24年賀

今年もよろしくお付き合いください。

書くことが相当重荷になってきたが、今年は軽い話題を探してブログを続けようと思う。

古希

ずいぶんブログに御無沙汰した。
書くことに大きなエネルギーがいるようになった。
ずいぶん年を重ねた。

『高齢者』を表す表現にはいろいろある。

『還暦』が60歳、65歳からは『正式に高齢者』とカウントされるし、『年金が全額支給』になった。

今思うとさして老人としての感覚がなかったのだが、9月27日に『古希』になって、ちょっとした感慨がある。
高齢者より『老人』というのが世間一般の受け取り方かもしれない。

9月28日早朝、聞きなれない声がして、玄関に労働金庫のの職員が訪れた。
『古希のお祝い』に、口座に5000円を振り込んだとのこと。、
『古希を実感した瞬間』

そして、市役所から『高齢者医療』の保険証が届いた。
『医療費の個人負担が2割』になると書いてある。
制度が改正(改定)されていて、来年度からだからそれまでは1割、9月までの3分の1だ。
病院や薬局の会計の際その差を実感して、変な話だがちょっとへこんだ。
経済的にはずいぶんよくなったのだが・・・

おふくろが亡くなって32年になったから仏教で言う33年忌の法要をしたのだが、そのための自宅の片づけが大変で、いつか『社会的な発言に必要かも?と保管していた資料をほとんど処分』した。
軽トラックの荷台を埋めるほどの量だった。
そんなわけで、今までのような社会的な発言はなくなる。
今までこのブログに戦々恐々としていた方々は安心してもいいかも。
年よりの『感情のおもむくまま!』と言うのはあるかも?・・

それで、古希の老人の日常生活だが・・・

毎朝早起きしてわなを見回ることから一日が始まる。
40分から1時間はかかる。

4、5年前からイノシシやシカが出始めて、農作物や圃場の被害があることは、もう何回もブログに載せた。

で、一念発起して『有害鳥獣駆除』をすることにした。
狩猟の免許を取って、同じようなことを考える仲間と一緒に。
2年目だが、要領が多少わかって成果が上がっているが、ワナの見回りは毎日必要だ。
まずこれが古希の老人の生活の一端。
5月からイノシシ7頭、シカ6頭、サルやハクビシンも相当数捕獲した。

以前から『わかたの棚田』が気になっていたが、今年から再生に取り組むことにした。
もちろん『棚田の仕事に収益性を望むのは無理』だが、幸い応援してくれる人がいるのが心強い。
応援者は『棚田の仕事を面白がっている』のが好いが、こちらも『棚田の仕事をレジャーの範疇の納める工夫』も必要で、これが頭の使いどころでもあり、あんまりボケてもいられない。
地域づくり会議に入会して『棚田のページ』を作っている。

それともうひとつ。
これが今の生活の最大のテーマだかもしれない。
40代に体調を崩して入院したことがあるのだが、その後の生活に問題があったのか『腎臓の機能が減退』してきていた。
『一端悪くなった腎臓は全快することはない』そうだが、まー『最後は透析でいいか・・』位の気分で過ごしてきた。
生来、いわゆる『ズクナシ』だから、週に3回、2時間くらいの『ベット生活』には耐えられそうし、『マーいいか!』だったのだが、去年、市の保健担当者から『透析は困る!』と言われた。
本人の負担(身体的・経済的会わせて)はもちろん大変だが、それと同じに『国保の運営が大変だ!』ということ。

『透析状態にならないことを目指す病院』を紹介され、講演会に出た。
去年の7月、講演会では件の医師から『腎臓病の患者が、安易に透析に頼ることは反社会的な行為』と言われた。
費用が相当かかるのだが、大半は国保の負担になる。

腎臓病の患者は『仕事の代わりに養生することが社会人としての責務!』だと言う。
そうまで言われて目が覚めた。

もろもろの『やぼ用』は卒業して、自分のしたいことだけをやれる身分だし、『腎臓の養生を人生の一環』にすることをテーマにすることにした。

で、その具体的な生き方だが、腎不全に近いtakeyamaにとって有効な薬物療法がなく、大事なのは食事の仕方で、具体的には、タンパク質30グラム以下にして、エネルギーを1800キロカロリー、食塩は5グラム以下3グラム以上と指示された。

そして、月に1回、全部の尿を検査するとその取得具合が判るそうで、かみさんともども頑張っている。
食事を担当するかみさんが戦々恐々としていて、、さながら『勤務評定が月一』の様子を呈している。
『食事の材料を測る』ことが始まりだから、デジタルの秤を買った。

外食は、『種類や量を見当付ける』ことが大変で、まー外食も外泊も事実上はできない。

米や粉に含まれるたんぱく質を調整しないと、肉や魚の『良質なたんぱく質が摂れない』ことになるので、たんぱく調整食品を使っている。

旨くはないがある程度慣れた。

マー『この調子なら、一生透析にはならないかも・・・』と担当医に言われてほっとしたし、励みにもなっている。

有害鳥獣駆除、棚田再生、腎不全対応が人生の3大テーマ。

『児童の皆さん」考

子供の人権は守られなくてはいけないのだが・・・
上から目線でしゃべって辞任した大臣がいたのだが・・・

「こちらは広報◎◎です。」
「○○学校から地域の皆さんにお願いです。」「児童の皆さんの下校の時間です。地域の皆さんの見回りをお願いします。」

地域の住民が子供を見守ることは大事で、不審者や熊の出没に備えるために、1週間くらい前から連日無線で家庭や野山に流れる放送だが、どうにも違和感がある。

今、家庭では子供が王様状態で、なんでも子供の言い分が通る。

『地震・かみなり・火事・親父』は世の中の怖い方からの順番(だったの)だが、それがは伝わらない状況になって、親が子供の顔色を伺い、親の威厳を発揮することはない。
対外的にさえ『うちの○○チャンは・・・』位のことは平気でのたまう。
『うちのせがれ』や『うちの○○(呼び捨て)』などという言い方の方が少ない?

そしてそんな風潮が学校に伝わってしまったのかな?

takeyamaも昔は児童だったのだが、当時の先生は『児童を皆様扱いなどしなかった。』
先生は『一段上のレベル』にいて、『子供たちを指導』し、決して『児童と同じレベルには位置しなかった』。当然児童におもねることはなかった。そして先生は『児童もその親も尊敬する存在』だった。

児童の集合時などに『みなさん!』と呼びかけること位はあったのだが、一般の大衆を相手に、児童を『皆さん!』という言うことはなかった。

『子供の人権という言葉』が変な風に広まって、児童を育てるべき人間が自信を失っているのではない?、それが『児童の皆さん(様?)』等という表現につながっているのではないか? 
そして、それが『傍若無人な子供達』を作ってしまっているのではないか?

マー、『そんな大げさな話ではない、単に敬語の使い方を間違っただけ!』という指摘があるかも知れない。

でも、それはそれで心配の種で、地域の『広報○○(無線)』は家庭内(屋内)の受信機のほかに『広く野山に伝わる物』もある訳で、『身内を敬語で呼ぶ!』などという『非常識なことを、人にものを教える側の者が堂々と行っている』ことになる。

いわば『地域の恥を、広く世間に積極的に知らせている』ことになる。

そして、『何より怖い』のは『こんな変なこと』がどこからも指摘されず1週間も続いたこと。

『広報○○』を管理する側の『チェック体制が出来ていない』ことは『相当深刻なこと』なのかもしれない
地域の信頼を失う『広報○○』になってしまうことは大きな損失だ。

候補者が、ほかの候補者の選挙運動をすること-3

前回話題にした、候補者が、ほかの候補者の選挙運動をすること-2なのだが、返信があったから紹介する。
選管返信
ポチッとすれば拡大します。

返信の内容は、この辺で言う『木端でハナをかむ』というやつで、『何んともそっけない!』と言うか、論点をずらして答えない『なんとも公務員流!』と言うか、のものだが、とりあえず『メールが公務に通用する実績』ができたことは確かで、まー『文書(手紙)』と『電話(会話)』の中間くらいに『電子事務』が位置付けられている(位置づけられた)ことが確認できたことはよかった。
高齢者にとって『相当のこと』だということに、いずれ気がつく人が多いはずだ。
返信は文書(手紙)で届いた。ちゃんと文書番号が付いているから『れっきとした公文書』の扱いになっていることに注目。

回答の内容には納得できないが、いずれ論評したい。
今日のところは『相手の言い分だけ紹介』ということで・・

母校90周年

5月28日、農学校が開校90年を迎えて記念行事があった。

記念事業は第2農場の日輪舎を登録文化財に指定してもらって、利用できるものに再生した。

もう卒業して50年だが、その時代は週1日(わがクラスは金曜日)第2農場で農作業があり、お恥ずかしい話だが、高校入学まで自転車に乗れなくて、第2農場への通学にどうしても自転車が必要だったから、月の明かりで練習した思い出もある。

第2農場での際、日輪舎は日常的に使っていたし、年に数回は合宿したこともある。
近頃使用が危険な状態だったらしいが、この際整備したことは、当時を知る者としてうれしい限り。

で、記念の行事だが、式典に欠席してしまって大失敗。

生徒会長が在学生を代表してあいさつしたようだ。
takeyamaは生涯ただ一回(もうないと思う)仲人をしたのだが、その夫婦の長男が生徒会長。

ちょっとした自慢話だが、takeyamaは昭和34年時、生徒会の副会長だった。
およそ50年の歳月を経て美麻から後継ぎが出て、しかもtakeyamaを乗り越えたことに感慨を受けた。

式典に出なかったので彼の挨拶を知らずに祝賀会の後グランドであったら帽子をはずして挨拶してきた。
小学校1年ころの作文で『スイカをいっぱい食べたい!』というのを見て、自分で作ったスイカを届けたことなどを思いだして、今の成長ぶりに感銘した。

子供の成長にはびっくりする。

もうひとつのびっくり話。

恩師(当時の担任)は母校の出身で、担任の後校長にまでなったから、今は同窓会の顧問になっているのだが、もう米寿に近いはず。
担任当時『ヤイヤイ、高校生が女の子と遊んだり、タバコを吸ったり酒を飲んだりするのはいいことじゃねーダゾヤイ』『もうちょっとコソっとやれヤイ』と何時も言って、『目が笑って』いた。
やんちゃな同級生(もちろんtakeyamaも含んで)を守るために『職員会等で、大分奮闘した』ことは、卒業の後知った。

その担任に祝賀会であったのだが『近頃足が弱くなってしまって、旅行できなくなった!』という。これが外国へのこと。
中国へは日常的に足を踏み入れていたのだが、『もう1回ベトナムに行きたかったのだが・・』という。
氏の旅行はツアーに乗るものではなく、民衆の中に溶け込んだものだ。そのパワーに圧倒される。
この間『夜行を使って国内旅行して、歌を100位は作った!』とものたまった。

ちょっと大きめな車に乗っているのだが、『この間失敗して免停をうけちゃって、塩尻に通って短縮してもらった!』『かーちゃんに怒られて!』というのだが、思わず『80過ぎての免停は、勲章みたいなむんだジ!』と言ってしまった。

『もう年だから!』と、1500ccから1200ccに乗り換えたtakeyamaだが・・
まだ『あまり年寄りになってはいけないかな?』と思ったtakeyamaです。

雨の田植え

お田植の感想記事、『棚田再生(保存)会関東支部発信』が美麻づくり通信(地域づくり会議広報誌)8ページに載りました。

候補者が、ほかの候補者の選挙運動をすること-2

結果的に『心が躍るわくわく感は空振り』に終わった『選挙イベント』で、初めて経験したことを前回話題にした。
『候補者が、ほかの候補者の選挙運動をすること』

なのだが、案の定というか、予想通りというか選管からは『梨のつぶて』だ。
そもそも『この市の電子事務』が『事務として本物なのか?』がはっきりしない。メールが『書いた文書』や『電話』と『どう違うのか?』が明らかになっていない(と思うのだが、何処かに規定してあったら教えてください)。

マー個々の職員は『便利にメールアドレスをあてがわれている』風だし、担当のアドレスを公開もしてあるようだが、『全庁的に系統だって連絡先をわかりやすく』記してもない。

メールアドレスの公開は『基本的に受けての都合』が優先されて、『出しての便利さ』に配慮してある姿勢は薄い(と思う)。
全市挙げての協働は『普通の市民の声を聞きやすくする体制が大事』だと思うのだが、市の側の『知らせたい情報』の拡散は相当熱心で『まだ十分伝わらない』などと強調するのだが、『住民からの情報をなるべく受けよう!』という姿勢は『?』だ(と思う)。

で、本題だが、ある筋からの情報で『件のメールが届いていることは確か』だが、返答はない。
一つは『正式な文書ではないから握りつぶす!』ことだとすれば正式な文書(書きもの)にすることだが・・
『電子事務の構築』が『高齢者にとって今後とても大事』だから『どうしようかな?』と思っている。
『メールは正式な文書と一緒』の『事務体制を早くつくる』ためにどう役立てるか?

いっそ、選管の指導機関、『県の選管に一般論として質問してみようか』な?

元のブログをぜひ確認いただきたいが、『選挙を公営で行う』という『民主主義の基本理念』からは看過してはいけない事案だという思いは消えない。

まだ選管からの返答を期待しているtakeyamaです。
実は『我れ選管なりせば!』という模範回答?は用意できている。まー『マッチポンプ!』だが・・・


「田植えに『雨で中止!』はない!」

それはそうなのだが・・・

『経済活動』としての稲作と『楽農』としての稲作で違う。
心底『雨が降らないことを祈った』のだが・・・

棚田の会員や応援隊が大勢集まって今日は田植え。
せっかくの休日だから雨で順延というわけにはいかない。
だから『雨で中止はない!』と宣言はしたのだが、『雨の中で田植え』となって、『楽しさ』の方は何処かに行ってしまった。

会員応援隊は、地域づくり会議会長の参加と田植えのお祝い品やおやつの差し入れに感謝。

昼食は古代米の赤飯、4日前に捕獲したイノシシのジンギスカン風焼き肉、トン汁ならぬイノ汁、例によって凍み大根とニシンの煮物、山菜、漬物など自家産オンリーでまずまずの評価だったのだが、テント張りとは言え雨の中で『座ってゆっくり、山並みを眺めて!』というわけにはいかないので、これも楽しさ半減。
イベントの方は天気の影響で『マー残念な結果』

で、『田植えの出来栄えは?』だが、人数が相当だから、『人夫に対して世話役が足りない!』状況。
『ちょっと怪しい?田植え』だが、まー『片目をつむってやり過ごす』ことにする。

『雨で散々な田植え』だったのだが、参加者の方『これに懲りずに、またご参加を!』
当面すぐ『畔刈り』、今までは『棚田の草刈』だったのだが、今年からは『棚田の畔刈り』に言葉が変わる。
言葉の意味に『ちょっとした違いが』ある。

まかないを手伝った姉に『takeyamaの道楽に付き合って!』と苦笑された棚田の田植えが終わった。


こんにゃくやの重子さん

5月4日に同級会があって、幼馴染に久しぶりに会った。
小学校の2年当時の仲間だから、当時の父親や母親などの面影から本人を推察する者が多い。

恩師はとても元気で、『同級生!』と言っても通用する感じで、『先生より年寄りの者もいるぞ!』と冷やかされる同級生もいた。

『ふるさと美麻会』の機関誌『きずな』は廃刊になってしまった。
その最終号にあった記事にびっくりしていたのだが、その『ネタ元』が『こんにゃくやの重子』さん。

『藤の大火』の話はあちこちで披露してあるのだが、何と『その新聞(信濃毎日新聞)』を保管していた。
多くの人に知らせたくで、そのコピーを美麻wikiに載せた

昭和12年4月21日の新聞だが、その発見がとても衝撃的。
彼女の母親は大藤だから同じ地区なのだが、彼女の小さいうちになくなってしまって、順風満帆だったわけではない。

母の遺品の帯を捨てられずにいて、それをほどいたら、『帯の芯に件の新聞が使われていた』というもの。
何か『母親の意思』を感ずるのは、takeyamaだけではないはずだ。
同級会で会ってお願いしたら、新聞のコピーを送ってくれたから『スキャニャー』を使って美麻wikiに投稿した。

その母親の友人であったtakeyamaの母親の『33回忌』が6月11日。


ポカポカランドの経営者

『名は体を表す』か?

の記事にこのところアクセスが増えている。
『○○荘自己破産』などをキーワードにしているものが多いから、本文のそれに対してではなく、コメントに反応していることが明らかだ。
民事のことだから反応が難しいし、たいした取材能力があるわけではないので困るのだが、一応ブログ管理者としてちょっとコメントを・・
基本的にいえば、記事に対して見解を表明する責任はあるはずだが、管理者が意図しないコメント記事に責任はない(ような気もする)のだが、とにかく・・

『信頼できる筋』からの情報では、『ポカポカランドの指定管理』を受けた『組織の重要な1名』が、経営していた温泉旅館の経営権を若手に譲って、『行方が一般の人には判らない』ことは事実のようだ。

○○荘が倒産した風はなく普通に営業しているようだし、行方が判らない御仁が『破産したのかどうか?』は利害関係者でないtakeyamaには判らない。
「債権を踏み倒された者がいるのかな?」と問うtakeyamaに『信頼できる筋』のものは『苦笑い』しただけだから本当のところは判らない。
マスコミには報道されていないし、直接の利害関係者ではないから、まー『どっちでもいい』のだが。

で、ポカポカランドは通常に営業している。
まー『別法人』だし、直接の影響はないはずだが、22年度の営業成績は芳しくなかったようだ。
関係機関には報告されているはずだから住民に報告された方がいい。
市は『儲けの2割を上納させる契約』だから『赤字では困る』のかもしれないが、地元住民にとって赤字はさして問題があることではない。
経費を削減して儲けを増やしたり、儲けを増やそうと料金が上がったりする方がまずい。

赤字の原因は、当初3月ほどの営業成績が悪かったのが響いたらしい。
例のプレゼンテーションでは『温泉旅館のノウハウ』をずいぶん強調したのだが、『温泉旅館』と『道の駅』の違いに誤算があったようだ。
『食堂運営への不満』が地元からずいぶん聞かれた。
そんなこともあったのだろう、運営主体が変わって『それ!』といういわば『御祝儀相場の絶好のチャンス』を逃したようだ。

一応、自治会長の故をもって『運営協議会』のメンバーだったから、そのことは発言してきたのだが、遅かったようだ。
最近は少し好転したようで、従業員の応対が明るくなったような気はしている。

6月に法事を予約しているが、上手くできたらいいと思うだけ。

○○荘と前社長、すなわち『ポカポカランド運営主体の主要なメンバーのマイナスイメージ動向』について、何とも頼りない情報提供で済まない。
情報収集能力があるわけではないし、マスコミでもないからご勘弁を!

本来こんな疑心暗鬼の状況はよくないが、市役所も支所も積極的に広報しないだろう。そういった体質がある。
『マイナス情報の公開』が『結果的に住民の信頼を受ける』ことにつながると思うのだが・・

準備順調

新年早々棚田復活に取り組むことを宣言した。

去年から作戦は実行していたのだが、昨日ほぼ田植えの準備ができた。
『棚田保存会』に多くの応援をもらった。

いつも言うのだが、棚田に経済活動のメリットは少ない(ない)。
一種の使命感で取り組んでいるのだが、少し地元の理解は出てきたようでちょっと楽しい。

連休中は多くの人が訪れて、棚田の基盤整備を手伝ってくれた。
マー『何か仕事を造る』必要があって大変だったこともある(失礼!)。

14日に『植え代』をしたが、再生田の方は心配した通り『水持ち』が怪しい。
壮大な『葦の根』があったのだからそれが原因のようだ。
水管理が『相当やかましい』ことになりそうだ。
体重管理の結果『歩くことがあまり苦にらなくなった』からいいのだが・・

棚田の代掻きはトラクターだけではできない。
ちょっとレトロだが、『歩行型耕運機で泥だらけ』になる。
『都会の保存会員ができる作業で、かつ喜びそうな作業』だが、肝心の時にいないのは仕方が無い。
レトロな代かき
田植えイベントは美麻wikiで公開しているのだが、相当数の参加者はあるから、仮設のトイレを作った。
会員の手作り。節水型だが『洋式の水洗トイレ』で、もちろん通水してあるから機能はばっちり。
女性の方も安心して参加してほしい。
棚田にトイレ

用事の最中に見える風景
窓から
今日の岳山
今年の目標、復活再生を、雪の下で待つ『わかたの棚田』,11:2:2
11;2わかたの棚田  23年新春 自宅2階から山小屋風 1月3日朝 山小屋?  夕焼け(22;10:29)庭から鹿島槍を 夕焼け 鹿島夕日
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地蜂ほり
山留生を相手に地蜂をほる。

2年田起こし
GWは棚田の季節


通称「かっちゃ」
山留生は「農家の父さん」
トラクターは退職金で買った。
年金で肥料を買うが、職業は農業(のつもり)。

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