また変わる

ポカポカランドは今度の3月31日で、いったん3年間の指定管理期間が終わる。

施設はそのまま存在するのだから、4月以後の指定管理者を決める作業が始まっていて、今日は『指定管理者選定審査会』があったので傍聴した。

ポカポカランドは旧美麻村で作ったのだが、出発が相当『?』で、そもそも『村が自分で運営する気があったのかなー?』という施設。

はじめから『こういう物は、行政でやるべき仕事ではない!』と言うようなことを、当の担当者が公言していた代物。

建設資金は『県の観光開発公社』と『地域総合整備債』で『国の景気浮揚だとの風潮』にのっかった面もある。
『返済額の一部は交付税で面倒を見る』という借金だったのだが、ちょっと『ごまごま』して、『返済額を超える交付税をいただいてしまった年』があったことも、後で判明した。

もうすでに『バブルははじけ始めていた』しグレードの高いことを売ったのだが、借金の返済は結果的に、村の一般財源を充当した勘定になっている。

誰が運営するか?どういう形態にするか?でしょっちゅう話題に上って、手に付いた何かを振り払うように『とにかく責任が及ばない方向だけを模索した経過』が続いた。

ゴルフ場計画がとん挫(実は計画があったのかさえ本当は怪しいのだが、村長の選挙が近付くとゴルフ場が話題になった)して、その際の第3セクターの始末に困って、そちらにこの施設をあてがうことを模索した経過もある。
当の相手の会社が外資に乗っ取られて立ち消えになったのだが・・・

その後も、民間の会社に業務を委託したりしたのだが、しょっちゅう経営者や経営形態が変わるから『儲かって、その稼ぎで村が潤ったことはない。』

ようやく借金の返済が終わって、『さて!・・』となったら今度は『指定管理者制度導入』で責任逃れをした。始まってみると『指定管理者による営業施設の経営』に色気のある者もあって、市はそれに振り回されることになった(ようだ)。
初期投資が要らないで営業できるのだから、魅力だと思う者はいるはずだ。

で、今日の審査会(プレゼンテーション)になったのだが、市のよくやる手で、民間人を入れた審査会をして、あくまで市の側は直接のかかわりを避けた風をよそおって、批判をかわす。

審査会のメンバーは7人だが、そのうち市長の部下が3人、なんとも微妙な配置で、過半数には満たないが、過半数の意見をまとめるには十分な数。
上手に『市(長)の意向を、批判されずに生かす布陣』と言ったら、うがちすぎか?

もう二回だから、三年間ではなくて五年にするような雰囲気があったのだが、三年感だけにした。
設備や備品が古くなって更新すべきものが出てくるのだが、期限を切られるとやりにくいだろうなーという気がする。
そもそも『三年間に期間を短くすることに意味があった』のかもしれない、と思うのは『下司の勘繰り?』かな?

今ポカポカランドを運営している会社も申請したのだが、結果は地元を強調した『F&Mカンパニー』社が決選投票で過半数ギリギリで決定(候補者にだが)した。
指定管理を受けるために立ち上げた会社で、役員には温泉郷の旅館の支配人がいて『ノウハウはある』といった。

ボイラーの燃料軽減のために『温泉郷の温泉を運ぶ!』、『イルミネーションや湯けむりを演出』して『前の道路を通る人にアピール』『月一回の休みをなくして通年開館する』ことなどと言ったが、『とにかく地元!』を売りにした。

『従業員は市民』を強調したが、『美麻』という表現はなかったから、『地元とは大町市のことだと思って対応しないと間違う』と思ったのが『青具の区長』の感想。

今の指定管理者の方向が『安く!』だったのだが、それがようやく行き渡り始めて、この頃一定のにぎわいを見せ始めていた。
平日の宿泊者も結構ある風だし、地元(この場合は青具)を大事にしたい意向も垣間見えていたのだが、またしばらく混乱するような気がして憂鬱。

またぞろ『既得権や利権の類の話』がいきかうような?・・・

ごみ処理施設検討委員会

10月29日、検討委員会があったことが報じられた。
検討委員会の要綱はこちら

大町と白馬・小谷が共同設置する施設計画は、白馬村の飯森地区に造る計画があったのだが、白馬村での住民アンケートで拒否されて、結果的に計画は白紙撤回された。

新規まき直しでの計画は、前の反省を生かして、基礎からのやり直しになったようだ。

メンバーをみると、いわゆる学識経験者や公募の委員のウエートを高くしてある。

透明性のある議論をするべきだ。

何といっても、その位置が最大の関心事であることには間違いない。

といっても、大町・白馬・小谷での共同設置を前提とする以上、白馬では『神城地区』、大町では『平地区』か『美麻地区』にならざるを得ない気がする。

学識者や公募委員の『もっともらしい理屈』はあるはずだが、白馬飯森地区計画のとん挫の決め手が白馬村での住民投票に近い住民アンケートで結果である以上、今度も最終決定は住民投票的なスタイルをとらざるを得ないと思う。

計画の撤退が、『住民の意思が決めて』であったことは厳然たる事実なのだから、当然『今度の決定に住民の意思が反映されるシステム』がない以上、『前の事件との整合性』が取れない。

白馬村での住民アンケートが結果的にノーだったから、比較的に不協和音は隠されたのだが、もし仮に逆の結果が出ていたら相当の混乱状態になったはずだ。

大町の議会で討論された経過があるようだが、考えてみれば、『関係者の範囲があいまい』で、なぜ『白馬村の住民をすべて』、一方『白馬の住民だけ』をアンケートの対象者にしたか?明確な根拠は示されなかった。

そのうえでのことだが、『施設の影響がどの範囲に及ぶか?』を大まかにでも決定し、最後は『住民の意思を問うことを明確にして』から、『位置の検討を始める』べきだ。

候補位置が明らかになる以前に、施設の周囲、5キロないし10キロの範囲の住民や利害関係者にアンケートすることを宣言したうえで検討を始めないといけないと思う。

施設の影響がない、とくに『マイナス条項のない住民』が、『直接影響を受ける住民』と同一視されることは納得できない。

とくに、今のごみ問題に関しては、ごみ減量の話題ばかりが先行し、効率論ばかり語られる傾向があるから、もし学識者や公募委員などの『いわゆる理屈先行型』にさらされる恐れがある地元住民には不安が募る。

もちろん議論の透明性は、前回の反省から保たれるはずだが、逆に『だから納得しろ!』となるのが怖い。

『最後には住民意思を確認する』。関係者は『位置検討の前に明らかにしておく姿勢』が大事だ。

とりあえず、明確な根拠はないのだが、施設予定地から半径7.5キロ、『直径15キロの範囲の住民』と半径2.5キロ『直径5キロ以内の『利害関係者』への『アンケートを実施することを明確にしてから、検討作業に入るべきだ』と思うがどうだろうか?

とかく、施設に『直接関係しない人の高邁な議論』は事態を混乱させるだけだし、『自分は関係ないから』と簡単にゴーサインを出されても困る。

それにしても、広域連合は相当このことにエネルギーを使う。けれども、広域に参加している池田や松川は今度のごみ処理計画には無関係なはずだが、決定する権利が広域連合の組織上は生まれる。
変な話だ。

本来、大町・白馬・小谷でごみ処理の事務を共同で処理する『一部事務組合を組織』するべきではないのかなー?

検索

ブログへのアクセスの傾向を解析する機能を付けてみた。

このブログに何を求めた方がたどり着いているか?の傾向を知ることができる機能。
このブログはせいぜい一日に30人(実人員)ほどが訪れる程度の、ささやかなブログだが、びっりしたことがあるから紹介したい。

今日の一番目の訪問者は『過疎地 就職』をキーワードに、この記事に訪問された。

試しに自分でグーグルで同じキーワードで検索してみたら、一番目にこのブログが来た。

就職活動が盛んな時期だが、田舎や過疎地の暮らしや就職を目指している人は少なからずいるだろう。
そんな人たちに対して『行政』や田舎の企業は答えているのだろうか?

実はいろいろの方策を講じていることは知っている。当該のブログの記事は市の政策をちょっと変えた方がいいと提言したものだ。

『過疎地 就職』をキーワードその記事にたどり着いた方は、そんな情報がほしくて来訪したものではないと思う。
もっと実際に役立つ情報を求めたものだと思う。

このブログの読者に少なからず市の職員がいるらしい匂いがする。

世間の現実を直視して、こんな検索で行政の情報に早く訪問できるような工夫をしてほしい。

今森林整備の事業を受け入れているのだが、作業されている多くの人はいわゆるアイターンの方のようだ。

漢字は『かんじ』で読むんだよ!

音読という授業があって、その宿題がある。
宿題はもちろん教科書の世界だが、ちょっとした雑誌や新聞の類を『子供に読んでもら』うことがある。

自分で読むことが『ちょっと厳しい』ことがあるから。

それらの音読を聞いていると、『あ!漢字を読み間違っているな!』と気付くことがあるし、読めない漢字を示されることがある。

『あ!この字』と言って新聞を見せる。
眼鏡を代えないと本当は判らないのだが、そこは経験則、『前後のつながりで判る』ことが多いし、『見ないでも判る』ことがあるから、相手はびっくりする。

そこで『かんじはかんじで読むんだよ!』と言ったら、怪訝な顔をしたが、しばらくして気がついて、にっこり笑って納得の気配。
『なるほど!』と感心している様子が愉快。

『私はびっくりした!、麻から、ぼたもちができるのかと思った』とかみさんが笑った。
『ぼたもち』と『おはぎ』は同じもので、季節や食する機会によって呼び方が違う。
もっと理由があるかもしれないのだが、庶民に難しい理論はいらない。

24日の麻のサミットでのこと。

サミットを紹介するパンフレットの文言をずいぶん批判した。伝統文化の継承をうたうフォーラムに伝統の言語がつかわない神経に『きれた!』から。

堂々と、平気で、パンフレットはあちこちに張ってあったが、講演や事例発表に『麻ひき』の表現が使われることはなかったから、マーよかった。
本当は、その麻ひきの間違いの経過を説明して、正した方が、『文化の伝承上は効果的』だったと思うのだが、まー都合のよくないことは『そーっと、やり過ごす』というのが世の常。

まだひとつ、字に書くだけではわからないことがあって、『麻(お)はぎ』は『麻(お)をはぐ作業』を名刺風にしたものだから、厳密にいえば『私は、おはぎをする』とは言わないで『私は、お(麻)をはぐ』という。

同じく『お(麻)をかく』という作業が『お(麻)かき』で、そんなことがしっかり理解されているのか疑問な言い回しをする主催者側の人間があって、なんとも違和感があったのが、さっきのかみさんの言葉。

テレビなどのドラマで信州物が扱われるとき、信州弁の特徴は『ずら』ということで『取ってつけたようなずらずら弁』に辟易することが多い。

生活実感のない地域の言葉づかいは、地域の人間は侮辱されたと思うことが多い。

イントネーションや発音の違いで、『お(麻)はぎ』が『ぼたもち』になってしまったり、『お(麻)かき』が『おやつのそれ』になってしまう。

『おめ(お前さま)、よくきた(来た)なえー(ねー)』とtakeyamaがいえば、老人は笑って喜ぶ(と思う)が、普段標準語や関西弁の人が同じことを言ったら、老人は侮辱されたと思う(かもしれない)。

生活実感のない方は、地域の言葉を使うことには注意した方がいい。
自分の『お国ことば』で話した方がいい。
『郷に入れば、郷に従え』という言葉はあるのだが、自分の持っているポリシーのようなものは簡単に変わるものではない。
『自分が気がついていないだけ』のこともある。

『地域を挙げての文化祭だから』と、『連合自治会の長』がいわば『お飾りの実行委員長』に祭り上げられたのだが、それやこれやで『いらいら!が続いた文化祭?』は終わった。

どっちが母屋で、どっちがひさしだかわからないが、地域の住民は納得したのか?疑問が残る文化祭?だったと思う『お飾りの実行委員長の感想』。

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『麻かき』と『麻ひき』

美麻の伝統文化に『あさはぎ』はともかく『あさひき』という言葉はないことを、
昨日のブログ『麻(お)』をかくで話題にした。

コメントももらったし、書いた後、考えたこともある。

『同じ作業のことを、地域によって違う呼び名で呼ぶことがある』だけで片付けない方がいい。
以下。

死んだ『おふくろの麻(お)をかく姿』をずっと見て育った。

麻の皮のうち『外皮の分はごみ』だからはずすのだが、その作業は2工程あった。

麻の方を固定し、『麻かき包丁(おかきぼうちょう)の方を動かして外皮をよける作業』と、後半は包丁の方を固定して『麻の方を引っ張って結果的に外皮を離す作業』との連続技で製品にする。

根もとの方は『丁寧に扱って上等』に、先端の傷が付いてしまった分は『作業時間を短縮する』ことに主眼を置いた。

前者は麻に対して包丁は鈍角で、後者は鋭角になる。

この二つの作業をきわめてリズミカルに組み合わせた。

包丁の方を動かす作業は『ごみ皮を、かき落とす』風で、包丁を固定し麻の方を動かす作業は『麻を引く』風。

これが『麻かき』と『麻ひき』の差ではないか?

麻をかく方は『品質重視』、麻を引く方は『能率重視』。

『麻をかく』という言葉で、美麻は続いてきたのだが、美麻などの山中麻は作付けの規模が小さいこともあって、『品質を重視した麻の文化』であった。実際上等の生麻が収穫できたのだろう。

『麻ひき』の言語が定着してきた地方は、規模が大きく『能率を重視し、生産量を追及』してきた麻の文化』なのだろう。

麻の文化は『もう絶えてしまった文化』を掘り起こして次代に引き継ぐことなのだから、単に『言葉の問題に事態を矮小化』しない方がいい。

『麻ひきという言葉』では『美麻の麻の文化を否定したことになる(と思う)。

美麻の人たちはいつも自分が間違っていたのでは?と思うう人が多いから、学識者の類の人が『麻ひき』といえば、自分が追従しないと遅れていると思って、簡単に自分の方を変えてしまう。

けれども、伝統文化は大事にしないと結局地域は残らない(と思う)、新しい美麻の住民が増えて、『昔の美麻』と言えば、実態が違っても飛びつく。

今日びっくりしたのだが、あすの文化祭の準備に集った関係者の間で『麻ひき』という言葉が『平然と交錯』している。

『産業としての、麻かきの経験も作業振りを見たことのない人間』が、『体験をセットされた、いわばお遊びの機会の経験』を『麻ひき』などと称して、したり顔』をする。

重ねて書くが、『美麻に麻ひきという言葉はなかった。』
各家庭に『おかき場というスペースはあった』が『麻ひき場というスペースは断じてなかった。』

すでに去年のワークショップなるものが怪しかった
『麻かき板』も『麻かき文化(美麻のような)』のスタイルといわゆる『麻ひき文化』では違ったのかもしれない。美麻で使った『麻かき板』は『薄い板で、数枚重ねて、弾力性がある』のだが、あすのために用意してある『麻ひき板?(と言うのかが判らない)』は、板というより木材だから弾力性が全然ない。精麻に傷がつくはずで、美麻で使った物とは明らかに違う。
そんなことにも注意して体験?してほしい。

いずれにしろ『産業としての麻かき作業』はなくなって、『文化の伝承としての作業しかない』のだから、軌道修正をしないと『良質の精麻を生産することにこだわった先人』に言い訳できない。

などと思うのは少数派?

インフルエンザ

学校の生徒にインフルエンザが出た。
子供がマスクをして、手紙をもって帰った。

業間のうがい、手洗い、学年ごとに教室で給食だったらしい。
学校で参加する行事(大勢がつれだって)は『自粛するように!』とお達しが出たようだ。

大げさなような、そうでないような状況。
過疎地の特権で、別天地のようなつもりでいたのだが、これで世間並?になった。

大北中部の学校でする音楽会があったのだが、そのさなか参加していた学校で発症者が出たからと言って急きょマスクが配布されたそうで、大勢が一堂に会したのだから、心配はしていたのだが現実の問題になった。

昨日、美麻の文化祭の実行委員会があって、学校は出演しないことになったのだが、委員の1人から『なぜ新型インフルエンザだけに大騒ぎするの?』と素朴だが本質的な質問が出た。
担当『死亡する人がでたので』
質問者『どんな病気でも死ぬ人いるじゃん、いつものインフルエンザだって!飛びぬけて死亡率高くないじゃん!』
担当『・・・』

そういえば教育委員会の学校への指示もちょっとわかりにくい。
『人ごみに出るのは自粛してください!』と自粛の指示、自粛は、文字通り『自分で自発的にすること』だから、上部の官庁が発する言葉としては『?』
『指示』だが『指示ではない』

担当者も『集団行動は規制する?』が『対応は冷静に!』というし、出席は自己判断でと『何だかわからない説明』を繰り返す。

治療薬(タミフル)や予防薬(ワクチン)が足りない実態があるのかな?、などと余計な疑問が起きてしまう。
『ただの市民』である『会の出席者』の不安が増幅する。

そのタイミングで出席者から発言があって『このインフルエンザは初めてのことなので、抗体を持っている人が少ない実態がある。だから今までのインフルエンザなどと比べて、伝染することが早い』
だから『流行期にはあまり大勢に折衝しない方がいい』と的確な助言。

市の職員だが、出席は地域の住民としての出席だから、この夜の職務担当ではない。

日頃の仕事(市役所の職員)の関係で『情報は入りやすい立場』だから、こういったときにこう言った情報伝達は役立つ。
もっている情報は積極的に住民に開示すべきだ。

地域づくり会議という地域自治組織を立ち上げてあるのだが、『市の公務員が市民の立場で、仕事での参加ではないスタイルで参加すべきだ!』といつも主張している。
その主張が裏付けられた感じ。

で、肝心の我が家では今のところ怪しい兆候はない。

「『今朝は、なんともないので、体温を測ってきませんでした!』と言えるか?」と聞いたら『言えません!』と即答した。
学校からの通知には、『朝、体温を測って登校させてください!』とある。
彼は『学校の担任の言葉は絶対』だ。

『言えなければ測れ!』と言ったら36度1分だったが、もう一人はストーブの前で測っているから一喝して、しばらく経ったら『大変だ!』という。なんだと思ったら『35度9分しかない!』と騒いでいる。
検温のサイン音は確かめたからエラーではない。

気温のこともそうだが、『自分の感じ』より『測定の結果』を重視する傾向があるから、『体温を測ってから具合が悪くなる』ような、反対のことも結構ある。

世の中が便利になって人間の動物としての機能は失われていく。

他の農家では具合のよくない子供もいるようだが、明日はセンターに入るから何かあったら連絡は取りやすくなるからご安心を!
どうしても心配な方は個別に連絡を!

我が家は農家生活中、全員無事に過ごせてよかった!

『麻(お)』をかく

書いたものを見ただけでは、ちょっと気がつかないのだが・・・

伝統文化の伝承事業だそうだ。

美麻の伝統文化に『あさはぎ』はともかく『あさひき』という言葉はない(はずだ)。
今夜、地区の文化祭の実行委員会があった。

文化祭の中に含まれる行事ではないが、同時に開催する『麻のサミット』があって、その説明の中での話。

そのイベントの大きな柱に『伝統文化の伝承体験』というのがある。

美麻は村の名前の由来にもなっているほど麻とのつながりは深い。

だから麻にかかわる名称がたくさんあって、『文化の伝承』と銘打てば、言語にかかわることは相当重要なはずだ。

そんなことが大事だと思わないパンフレットだ。
見ただけで気がつかなければいけないのだが、言葉で説明を受けてその違和感に愕然とした。

麻を盛んに栽培し、麻糸の原料を盛んに生産した『伝統』の時代、麻は『お』と発音した。

だから『麻はぎ』は『おはぎ』だし、麻の外皮をはずすことは『麻かき(おかき)』といった。その道具は『麻かき包丁(おかきぼうちょう)』、その台を『麻かき板(おかきいた)と言い、その作業場のことを『麻かき場(おかきば)』といった。

とくに『おかき場』のことはそれ以外の言い方はないと思うほど定着し、古い作りの家をみるとこの家はここだな?と判る。
それくらい地域に定着していた『文化』だ。

蛇足だが『おかき場の恋』が一世を風靡した時代があるのが、この地域だ。

『麻』を『お』と読めない人間が増えることは仕方がないが、少なくとも『伝統文化の伝承』が今回の麻サミットのテーマなはずで、読めないものの方に視点を合わせては『文化』の名が『泣く』し、パンフレットのインパクトもない。

『美し村』を『うましさと』と読ませるセンスが、『ただの読み間違い』になってしまうとは、思いませんか?

とくに『麻ひき』という造語については全く根拠がなく『漢字が読めない』という話でもない。
最低『麻かき』でなくてはいけない。『麻ひき』はどこの文化ですか?

『美麻での麻』のことだから『『もっと通常の神経』を使ってほしいものだ。
そしてもっと『地域の文化に自信』を持たなければいけない。

麻のサミットは会場は文化祭の会場だが、文化祭とは一線を画して行われる。
それでも、実行委員長の立場で、こんなことをいまさら指摘してはいけないのだが・・・

馬好きは本物!

来月は山留の収穫祭で、何と言ってもそれに向けての『個人研究というやつ』が悩みの種

山留生にとってはもちろんだが、指導員にとってもだ(と思う)。

ずいぶん前だが『馬の研究をするというんだけど?』と戸惑った声で電話があった。指導員。

どうも研究を系統だって物を進めるようなタイプではないし、つかみどころがなくて、もう相当上級生だし、あまり『幼稚な成果でも困ったなー』という雰囲気がありあり。

かつて村には相当の農馬がいたが、最後は森林作業の『のたっぴき』と言って2本から3本の材木を山から引き出す作業をした。
その頃の現役がやっと残っているくらいだし、takeyamaの家に昔は確かにあったあったはずの馬の鞍(乗馬用ではない荷物運搬用、にぐらといった)は探したがなかったし、馬耕用のすきもない。相当前に整理したようだが覚えがすでにない。そんなわけで、山留生の個人研究らしい地域に密着した研究はできにくい状況だし、そんなことを地道に掘り起こして研究するタイプではない。

本人はあっけらかんとしている風だが、指導員は相当焦っているようだ。

センターから農家に入って2週間の間に3日ほど予定が空いた日があった。
件の君は3日とも母さんに弁当を作らせて馬のもとに通った。
美麻にただ一頭馬(ポニーだが)がいる

受験生だから、親のもとにいてはこんなことはできないと思うのだが、『彼の君の熱意』みたいなものを感じると、ブレーキはかけにくい。
3日とも馬の小屋で弁当を食べて、終日過ごしたらしい。

馬という動物は相当『人(にん)をみる(人間を観察して程度によって対応を変える)』のだが、乗馬することが困難だった太郎(馬の名前)を『裸馬(鞍無し)で乗れる』ようにして、子供を乗せたらしい。

馬のオーナーがびっくりしていたし、半分お世辞だとは思うのだが感謝の言葉があった。

そのくらいの馬好きだから、馬に関する雑学の類が相当のものだ。個人研究の発表がどっちに向かうかわからないから、今種明かしはできないのだが、今の知識のようなものを、雑学の類を上手く発表すれば結構なインパクトがあるかもしれない。

takeyamaは出発が畜産の技術員(牛などの人工授精師)で、獣医さんとはいろいろ話をしたのだが、獣医いわく『俺はちょっと頭が悪かったから人間の医者にはなれなかったが、産科は人間の医者より相当上だ』『何と言っても実験の類が圧倒的に多い』と豪語?した。

takeyama程度の農業高校だけの出身者でも、すでに『死んでしまった牛の子供を産ませる』ことを、試験段階ではなく『すでに業としていた』のだから。

だから『その辺の知識は十分伝授』できるのだが、それを力説するのにはあまりふさわしい年頃ではないのが残念。

乳牛はもうすべて人工授精で改良は簡単なのだが、馬のそれは進まず、今も『すべて自然の交配』だが『どうして人工でできないか?の決定的な理由がある』がご存じか?
ちょっとブログでは解説しにくいが興味のある方は別便で・・・

ともかく『好きこそ物の上手なれ』の類の君だが、『なんか尻の辺が馬に似てきたなー』と言ったら睨まれた。

遊び

『父さんが一番いい山留生だと思うのはどんな山留生だと思う?』
ベストな答えを出そうと『一生懸命考え込んだ少年』がいた。

山留を選ぶ理由にはいろいろあるが、『本人が自分で選んだというプロセス』がないと、農家は困る。

堂々と『まだ遊び足りないから山留を続ける』と宣言した少年がいたことは、前に話題にした。

はじめは、マー大抵『山留は楽しい』と思って来たものが多い。

最近は短期の活動を通じて、1年間の山留になだれ込むものが多いから特にそうだ。

だから農家に入った頃は、マー『施設を見てホテルだとは思わないはず』だが、『民宿に遊びに来ている』くらいには思っている(ようだ)。

『サービスが悪い民宿だ!』位に思っているのではないかな?
だから、はじめは『相当傍若無人な振る舞い』がある。

だから『農家の父さんや母さんは口うるさい』し、少し経過して『力関係がはっきりしてくる』と、『これはえらいところに来た』と思うようだ。

確かに、短期の活動は今までのパターンとは違うものが多いから『目からうろこの類』で、『ある種楽しい』はずだが、1年を通じた生活である長期の活動は『生活そのもの』だから、ちょっと違う。

その違いが分かるのに、大体1学期を費やしたが、今年はもうちょっと長くて、ちょうど今頃までかかった。

冒頭の『遊び足りない発言の少年』は、今も関係者の間で語り草になっているほどの『親子泣き別れの風景』を夏休み明けにかもしだした。

『一分一秒でもいいから帰りたい!』、送ってきた父親とアルプスに向かって2人で涙を流した。

蛇足の類の話だが、大学入学の報告に訪れた機会にその話をしたら『眼鏡をはずして目頭をぬぐった。』
相当強烈だったはずだ。

その彼がなぜ3年も山留を続けたのか?
まさに『遊ぶことに目覚めたこと』に他ならない。

うち木登りに目覚めた』と明言をはいた美形の少女がいたのだが、『うち、遊んだことがなかったもん!』とぽつりとつぶやいたことが印象に残っている。

冒頭の少年だが、『夢中になって遊ぶ子供さ!』と答えても、納得したようではない。

彼は今『山留という道場で修行をしている心境』だと思う。
『つらいことに耐えて、それを通して立派な人間になることを目指している(のだと思う)』。

まだ価値観が『田舎モードになりきってはいない(と思う)。

ずいぶん『自分を自分で御す』ことができるようになったことは、前のブログで書いたのだが、農家の父さんがハラハラして困るような、遊びやいたずらの類には踏み出さない。

まーこちらは楽ではあるのだが、本人の方は『山留が楽しいのではないが、親の期待にこたえて!』位の心境ではないかなー?

収穫祭があって、雪が降って、それでどうなるか?
『年齢に応じたた身のこなしを中心とした体力』をつけるために、夢中になって『もっと遊ばないと!』と思う、農家の父さんです。

田んぼの、ちょっとした上り下りで尻もちをつくようではまずい。
ずいぶんしょげていたのだが・・・

『他人の飯(めし)を食う』ということ

このブログのカテゴリーに『山村留学のこと』というのがあるが、実は今年の山留生のことについて書いたことは少ない。

少なからず個人の情報にかかわることになって、遠いところにいる親や関係者に『無用な不安や動揺』を与えてはいけない、と自戒していたのだが、ぼつぼつ『takeyamaの人となり』も理解されたようで、誤解されることもなく『こちらの意のあるところ』が通じるような気がして、ちょっと書いてみたい。

『他人の飯を、年端のいかない少年少女が食う』ということは『すごいこと』だと思う。

学校や会の行事が続いて、つれあいはこのところ大変だった。
通常の食事に合わせて、昼の弁当の用意がこのところ立て続けだ。
こんな時、しかもいつもより早い出発になる。

早朝、6時をちょっとすぎたころ少年の声がする。
takeyamaはまだ布団にいた。

『僕は食事が遅いから、他の人より早くしないといけないと思って・・・』
そういえば前夜、『あすは早く登校して太鼓の練習するぞ!』といわれていた。

6時30分に食事の約束をして、つれあいは用意をしていたから、まだ配膳ができてはいない。

そんな様子を見て、『でも早すぎたかなー』と言いながら手伝う様子。

年端のいかない少年が、早い出発に合わせて『自分で考えて、自分で起床する。』

『他人(ひと)に言われるのではなく、自分で考えろ!』というのがtakeyama家流で、しょっちゅう『かみさんも言う』のだが、そんなことが具体化して、ちょっと2人とも感動した。

それだけでも『今や相当のこと』なのだが、『早過ぎたかな?』と『用意を急ぐ母さんに配慮する姿勢』を見せたことには、それ以上に感動した。
とくに『当事者たるかみさん』は相当『ぐっ!』ときたようだ。

当初は、結構無配慮で、食事の用意をするかみさんの気に障る発言が多くて、隣にいて『ひやひやしたこと』も多かったのだが、このところに変化振りは顕著だ。

大体において今の世上、親子の力関係が逆になっていて、『子供の方におもねる親が多い(と思う)。』
地震、カミナリ、火事、親父は死語。

『親はやって当然』と『子供が思っている(らしい)』から、そこからは『親への感謝や配慮』は生まれない。

食事の前に黙とうをして、ゲームやテレビに不自由し、冷蔵庫の扉に手をかけることもできない、いわゆる『他人の飯を食う生活』で身につくものは多い。

この時、こんな子は正直かわいいと思うし、関係が濃密になって双方にとって望ましい関係になる。

『実の親子ではない関係』が『新たな人間関係と人間』を作る。

『山村留学は豊かな自然環境の享受だけではない』のだ。

もちろん『こんな生活にあいそを尽かして去っていく』者も今年はいた。
こんな厳しさに対する『気持ちの準備が足りなかったのかなー?』

まだまだ・・・

全国で?父さんの健康を心配してくれる?諸君
父さんは元気だ!
どっちが引っ張る?
学校の運動会の様子をアップしたブログからの転載
無許可だが勘弁してくれるだろう。

顔はぼかしてあるが紛れなく『68歳の父さん』だ。
相手は小学3年生、引っ張られている風には見えないと思う(かろうじて?)。

なかなか優しい子だった。

とりあえず子供たちの部屋の窓から

岳山初雪10月9日
昨日山に初雪が降ったことはアップしたのだが、今朝の風景(6時)
今日は学校の梨の木祭(音楽会)
(画像をポチッとしたら拡大)

岳山に雪

台風が通り過ぎて、一時的に冬型の気圧配置になった影響だと思うのだが、『鹿島槍が岳』から『白馬岳』にかけての山頂に雪が降った。初雪

山頂は雲だから写真にはできないのだが・・・

山の、というか山脈の呼び方にいろいろあって、北アルプス、後立山連峰のことを、このあたりでは元々『岳山』と総称していて、ちなみにその『里よりのちょっと低い山』遠見尾根あたりを『前岳』と言っていた。

こんなことが、このブログの名前と関係していることは蛇足

『岳山に7回雪が降る』と『ここにも雪が降る』というのが、古くからの言い伝えだが・・・

いずれにしろ季節のモードは一気に変わってきた。

明日は学校の音楽会だが、そういえば例年、そこで『一番初めに寒さを感ずることが多い』ことを思い出した。

タイからの子供たちは帰ったのだが、9月に『手袋をして、寒い!』を連発していた。

山頂の雪を見たらどんな反応をしたのだろう?

大した被害がなかった台風

学校を休校して相当の備えをしたのだが、『長野県を直撃!』した割には美麻の被害はない。
というか被害の情報は聞こえてこない。

雨は梅雨時に降った程度で、土尻川の水量は大したことはなかったし、泥水の濁りも少なかったから大規模な土砂崩れなどはなかったと思う。

風は木の葉が落ちた程度で終わった。

少し離れたところでは道路わきの『桃太郎旗』は相当はためいてはいたが・・・

昔からこの辺では地形上だと思うのだが、あまり風が吹かないらしい。

美麻は昔、良質な麻の産地であった。地名の由来にもなっている。
正倉院の時代から山中麻として評価されたらしい。
柔道の畳の麻糸の産地だったそうだ。その辺のことは,
美麻wikiに記述があるのだが、良質な麻製品と『栽培に風は禁物』だったはずだ。

麻は2メートルを優に超える高さに成長し、日の光が届かなくて、下に雑草が生えない位に密埴するのだから風が一番の栽培上のネックだったはずで、そんなことから推察して、この地域はあまり強い風が吹くことはなかったようだ。

『合成繊維の発達』と『薬物大麻』の関係で、すっかり麻の栽培はなくなったのだが、今も麻の産業が残る栃木方面の麻や麻がらをみて、麻の品質の差は比べ物にならない位上等だ(と思う)。

かといって、それを売り物にすることは現下の状況ではとても無理で、文化の伝承が精いっぱい。

それはともかく、わが『故郷は風が吹かない地域であることに、改めて気付いた台風騒動』であった。

台風

久しぶりに台風の影響がありそう。

学校は早々と『8日は休校』と知らせてきた。
子供たちが帰った後の決定のようで、持参した保護者あての通知には『授業を短縮』と書いてあるのだが、変更の通知が担任からあった。

『歩いて通学する!』のが山留生だが、極端に雨が強いと『送るのもありかな?』だったのだが、その心配はなくなった。

休校の影響で学校の文化祭が半日遅れて、9日の午後からになったそうだ。
出席を予定していた父母や同窓生はご注意!

今は(11時30分)強くはないが雨が続いている。風はまだない。

『そば』はこれで、ねて(ころんで)しまうから相当の収量減、我が家の影響は野沢菜の生育が順調だったのだが、相当ねて(転んで)しまうのかな?

稲の脱穀は済ませたからよかった!

新聞に

タイの高校生が2泊滞在したことは書いたのだが、美麻での滞在を終えたお別れの会があって出席した。

その様子が朝日新聞に載ったので紹介。
朝日新聞の記事タイ交流新聞記事


民族衣装はタイから持参したものだそうです。

『日本のお父さん』として『日本人を代表したつもり』だが、さて・・・
そんな大げさなものではない(笑)

タイカレー

昨日タイから子供たちが来ていることを書いた。

今日は夕食の一品を作ることを期待していることも書いた。

『ジャガイモと玉ねぎがいる』と言われたので、懐中電灯を持って下の小屋まで下って用意した。
2009_0928_レシピを見ながらタイカレー

レシピをみながらだが、タイカレーを作ってくれた。
『いつ夕食になるの?』と実は心配したのだが、なんとか食事にはなった。
相当準備をしてきたことがうかがえる。

このことを通じて、スーパーにはずいぶん『タイカレーの食材がそろっている』ことを発見したのは副産物。

意外だったのは『かの国のインターネットの普及が進んでいる』こと。
takeyamaのpcを自分の物のように使いこなす。

世界の共通言語、英語をマスターしていることは楽だなーと感じ入る。
小さいころから英語に親しんでいるらしい。
こちらは『pc言語が日本語』でないと、手も足も出ない。

会話は日本語でするのだが、判らないことをあわてて説明するから、どんどん言葉が多くなって、余計に判らなくなる。
改めて日本語も勉強する気分。

大福餅に感動。タイの少女大福を食べる
みんなタイの方が価格は安いのだが、大福は日本の方が安いそうだ。

タイからのお客さん

山村留学の主催団体が、今年の夏にタイへ日本の子供たちをおくった。

いわばその反対盤で、今度はタイから子供たちを受け入れることになって、3人の高校生の女の子を2日間受け入れることになって、夕方から始まった。

自己紹介で名前を聞いたのだが、どういう風に書いたらいいのかがわからない。

日本語を勉強し始めて1〜2年らしい。

話すことより聞く方が難しいという。

takeyamaはちょうど今日から68歳だと言ったら『おめでとう』と拍手されて、面映ゆい感じだが、印象に残る誕生日になった。

あすはタイの料理を作るらしいから楽しみにしている。

『コロコロとよく笑う年代』であることは万国共通のことらしい。

4年前のこと

美麻wikiに載るまで気がつかなかったのだが・・・
北海道のニセコ町の町長選挙があったらしい。

村の時代にドキッとした話を聞いて、いわゆる『目からうろこ・・・』の類のことがあった、当時のニセコの課長(その後会計管理者になったような記憶があるが)片山さんが町長になったそうだ。

村で主催した事業(アドバイサー)だから、当然職員は大勢参加したのだが、その『片山さんのアドバイスが生きているか?』もう一度振りかえってほしい。

前の(もう一代前かな?)町長が徹底的に情報公開を進め、住民参加(というより主体的かな?)の街づくりを進めてきた。
ちなみに、その町長は民主党の国会議員(比例選挙区の議員からから今度は小選挙区に代わった)逢坂氏。

今の地域自治の仕組み、地域づくり委員会や地域づくり会議の仕組みの原点を進めた。
相当の議論の上で仕組みは出来上がったのだが、その議論が生きているとは思えないのがこの頃の地域づくり委員会で地域づくり会議のような気がする。

それはともかく、前のブログにも書いた(このブログは『いわゆる乗り換え』をしたのだが、その移行が完全でなくて、ちょっと読みにくい記事の形態になっている。元々のブログも消えないで残っているから『4年前でまだ合併前の物』だが、ご覧いただきたい。)のだが、片山さんの『公務員には守秘義務はない!』の発言は衝撃だった
その言を生かせば『ごみ処理施設の用地選定の不透明さ』はなかったはずで、『研修が生きていない反面教師』にしてほしい。

とかく小役人は『守秘義務を盾』にし勝ちだが、協働のまちづくりを標榜する以上、徹底した情報公開を進めるべきだ。

地方自治の『制度上は議会が住民の声を代弁すること』になっているから、市役所や首長はそちらに重点を置いて『議会に話さないうちは住民には話せない!』となり、議会の結論ののちに住民に広報することになる。
だから議会の結論に関与することは、相当の住民でないとできないことになっている。

『議会に波風が立たない』ことが『立派な行政マンの行政』だと誤解している風がある。
議会の方は一般の住民より先に行政情報を知らないと機嫌が悪い。

とかく、今の市の姿勢は『住民の声は聞いたことにする』姿勢だ(と思う)。
『協働』という耳触りのいい言葉を『安上がりな住民の行政へのお手伝い』位にしていないか?

情報の公開は、不協和音が出ないように情報を提供するのではなく、問題点が分かるように、住民の間で議論が進むように、『マイナスの部分を逆に強調する位の姿勢が大事』だと思うのだが・・・

君子豹変

政治にとっての暑い(篤い)夏が終わって、待望の政権交代が実現した。
民衆の閉塞感は取り払われると思う。

新政権党にはマニフェストの実行が求められている。
民主党のマニフェストは『実行不可能なもので、民衆にこびた、ばらまき政策』だとの批判もある。

選挙民はマニフェストによって政権を選択したのだから『マニフェストは実行してもらわなくては困る』というのは正論だが・・・しかし

高速道路の無料化という項目がある。
ちょっと考え直してほしい。

『君子豹変』という言語は、『ぶれる』とか『よくないイメージで語られること』が多いのだが、本来の意味は『君子は豹変す』に源を発していているのだから、『君子は間違っていたことを正すことに迅速だ!』位の事だと理解した方がいい。

ずいぶん前に民主党は『高速道路無料化(前の参議院の選挙のマニフェス?)』を言っていたのだが、今度は自民党政府が選挙目当ての休日普通車の高速1000円を打ち出した。

明らかに『高速道路無料化』のつまみ食いでもあるのだが、もとが『選挙目当ての人気取り政策?』だから、国民の生活に密着している物流の方には恩恵が及ばない変なもの。

休日のみ恩恵があるのだから、レジャーのためだけに国民の税金を使うことになるし、石油燃料の消費が伸びて、地球温暖化を防止する課題にも逆行する。
そのことを契機に、ガソリン価格もずいぶん上がった。
高速道の渋滞も発生頻度が増した。

民主党の『高速道無料化政策』は物流にかかわるものだけに限定して『大型車だけ無料』に変換した方がいい。

青具地域の県道は、深夜2時3時の大型者の通行騒音に悩まされている。
言うまでもなく、『高速道路の通行料金を節約するための大型車の一般道通行が多い』のだ。

大型車が、『深夜山間の一般道に列を作ってうなりをあげる状況』は異常だ。
そんなに大型車が通行する道路の構造にもなっていないから、補修維持も大変だ。

一般道は生活道路なのだ。
通行料金が負担できないから一般道を通行せざるを得ない一方で、レジャーの車の通行料金負担が軽くなるのはおかしいしし、物流経費軽減は国民生活に確実に還元する。

全高速料金の無料化などを国民は求めてはいない(と思う)。

マニフェストにかかわらず『物流の大型車に限定して無料化なり負担軽減』に努めるのが、国民の生活が一番のキャッチフレーズにかなう(と思う)。

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落選したが当選した?

選挙や投票は民主主義の基本で、最も確実に民衆の意思を確認する手段だが、だから民意がその後に正確に反映されなければならない。

『政権選択の夏』が終わって『歴史的な政権交代』となった。
結果は、『いわば当然のこと』で終盤には『いわゆる揺り戻し現象』があって、超『大物の泣き落としのお願い選挙』が通用したようだ。
マー、日頃踏ん反りかえっている大物が、平身低頭してお願いすると『あの大先生からお願いされたのだから』という国民が出てもおかしくはない。
大物議員は事前の予想より底力を発揮して当選に滑り込んだらしい。

比例区で復活当選した者もいる。
標題の『落選した議員が当選?』が今回の選挙の復活当選を批判するものと思った読者がいるかもしれないがそうではない。

ある意味、小選挙区制度は恐ろしい制度で51対49の民意が、結果として100対0になってしまうこともあり、小さな民意や少数な意見はなかったこととして抹殺されてもしまう。
全部比例区にすればこの問題は解決するのだが、国会は代議員制度だから組織だけに民衆の意思を託すことも不安で、やはり『人に対する評価』も重要だ。

その両者の弊害を補う意味で、思想の違う選挙制度が同居する『小選挙区比例代表並立制』になったと思うのだが、まー大人の知恵の類だと思う。
だから比例区の順位を一律にして、『負けた程度で順位をつけるシステム』もベストではないにしても、まーベターな方法だと容認している。

だが、こんなことがあってはいけない
『当選できる得票があるのだが候補者がなくなったからほかの党に割り振る』なんてあってはいけない。
選挙人の意思とまるっきり違う結果になってしまう。

党の見通しの悪さがあることはもちろんだが、かといってまるっきり[『正反対の勢力が選ばれる』ことがあっては、民主主義の根底が崩れる。

ことは制度を作ったものの想像力の欠如が原因だが、候補者が足りなくなったら『他の党に振り替えるのではなく』欠員でも定数をその分減らすかしなければおかしい。工夫できるはずだ。
民意が『政策がまるっきり違う方向』に変わってしまっては、投票や選挙の意味がない。

すでに4年前に同じことがあったのだから立法府たる国会の怠慢だと思う。

『政党の見通しがまずかったせい』だとか、『損得論』に、事態を矮小化してはいけない。
ことは民主主義の根幹だ。

裁判官国民審査

自分の民主主義は『中学の公民レベル』だという話は何回もした(と思う)。
だから『今もって青い』のだが、高齢者の仲間入りをして、それを恥じるより誇っている。
より頑固になったかもしてない。

中学3年時は戦後の民主主義やこの国の憲法がある意味『相当輝いた時期』だったと思う。
まだ『道徳教育の導入前』だった。

その時代、憲法が民主主義とともに語られ、『基本的人権』や、『主権在民』、前時代との対比で『自由と平等』、そして『戦争と平和』が声高く語られ、民主主義『制度としての3権分立』にいたく納得したのだった。

行政と立法、そして司法が相互チェック機能を持ちあう機能は『制度としては相当のもの』だと思う。

だから今でも、各種の機関や組織の規約、自治会のそれや農協の定款などについても『権力の分散や相互チェック機能』について、相応の発言をしてきた自負はある。

だが『理想的なこの思想』が『十分機能しているのだろうか?』、最近疑問だ。
国の機関のそれについては、相当怪しい。

それを国民の側から改めさせることができるはずなのだが、制度はあっても正常に機能はしていない(と思う)。

8月30日は一番の機会。

議員を選ぶ選挙はマスコミの偏向報道はあるにしても、ある程度の情報は国民に届くのだが、主権在民の一環として『最高裁判所の裁判官を国民が審査する機能』は『絵に描いたもち』状態。

判らないから『そのまま入れたら信任したことになる』という、詐欺まがいのシステムが横行していて、投票記載机に向かっただけで周りからは「アー×をした!」と分かるのだから、善人を気取っている有権者にはつらい。

ちょっと気になる裁判官がいても×をする勇気がない人が多いはずだ。

制度の問題点は8月26日の朝日新聞社説に載った。
その新聞社も読者の求めている情報を知らせてはいないのだから『何おか言わん!』なのだが、今日『国民審査の公報』が届いた。前にあまり信用できないことをブログに書いたのだが、その心配の通りだった。

公報をそのまま読んで裁判官に×をつける人はいない。
肝心のことは書いてないから・・・

30日は身内の法事だからあす期日前投票するのだがその前にtakeyamaの意思表示を!
このブログを読んでくれる方に勧めるわけでもないのだが・・
情報不足で困っている人の参考になれば

すでに竹内行夫判事に×をつけることは意思表示した。
当代1の人気ブログのきっこのブログと考え方が同じだが、岳山」ブログではすでに7月8日の時点で意思表示した。これはちょっとした自慢で、実は『にんまり』!している。

この判事は、日本がアメリカのイラク戦争に加担した元凶の外務次官で『判断材料』に書いたのだが、外務省裏金づくりにも関与した(と思う)。
世間を賑やかせたムネオハウス事件関与(でっち上げ?)や、佐藤優氏個人に外務省裏金事件を振り向けた。

まだなりたての判事だから、特徴ある裁判歴はないから、公式の公報をいくら見ても判断できないのだが断固、『判事としては困る』と多くの者が声をあげるべきだと思う。

近藤崇晴判事に×をすることもすでに意思表示した。
公報には意図的にだと思うのだが、植草冤罪事件に裁判長としての控訴棄却したことは書いてない。
6月25日の法廷で決定したのだが、何と公報には4月28日の事件まで記入して事態をごまかしてある。

この判決への関与はこちらで知った。
何と同種の事件には堂々と無罪を主張しているのだから、植草氏の政権批判の論陣封殺に乗り出した意図を感ずる。
公報の卑劣さを糾弾する意味を加えて、断固近藤判事に×をすることを改めて宣言する。

この小法廷での裁判に同席したことがこちらで分かった田原睦夫判事にも×

いま民間人の裁判員制度のことが話題だが、このことのために異例な形で最高裁判所の長官に一気に上りつめた竹崎博允判事がいる。
裁判員制度のために特別任命された感じで、この制度に疑問のあるものは×した方がいいのだが、takeyamaにはちょっと判断がつかない。
△をつけたら全体が無効になるからとりあえず無責任だが、白紙で提出する。
つれあいは×だそうだ。

こちらのHpを参考にしたらいい。

このことも公報には記載がない。

那須弘平判事に×すべきだと信頼する言論人の発言もある。前述した外務省背任事件だが、『組織としての事件を個人に歪曲』してしまった。
佐藤優氏の事件だが、時の上司が組織としてしたことだと証言した。
佐藤氏本人が背任行為をしたことは認めている(もちろん個人の利益のためではないこと)のだから『有罪でも仕方ないのか?』という考えがあって、×する自信がない。

選任の過程からみて、いずれの判事にも×をするべきだとの意見が多い。
ヒラメ裁判官という呼称もあるらしい。ヒラメは上(権力)ばかり見ていて、片側にしか目がない。
ヒラメ裁判官では国民が困る。

制度のシステムが『白紙は信任』となっているくらいだから、実際不信任になることは想像できない。
だから『いわくのあるものの不信任の比率が高くならないと意味がない』のだから、『全部を×』の議論にはくみしにくい。

竹内、近藤の順に不信任が多くなることを期待している。

ずいぶんジャンプが多くて読みにくいのですが、最後まで読んでくれてありがとう!

裁判官を審査しなければいけない(その2番目)

前に『裁判官を審査しなければいけない』で予約したことがあった。

判断材料でも最高裁判所の判事に対する国民審査で、国民の意思を示したほうがいいことを書いた。

竹内行夫判事(アメリカがイラク攻撃に及んだ際は、「ここを乗り切れば、イラク問題への対応の8割は成功と言われています」と、攻撃を支持するよう、当時の小泉純一郎首相に迫った。外務事務次官からの最高裁判事に転身。)に×をすることを意思表明した。

加えて、植草さんを陥れた(と思う)権力(小泉・竹中路線)に加担して、最高裁への上告を棄却した裁判官がわかった。
8月3日に『刑期の残りを果たせ!』と刑務所に収監されたから、『無血革命ともいわれるこの総選挙』に言論参加できない。
時の権力者が相当怖がっている裏返しであるのだが、国民にとって不幸なことにならなければいい(が)・・

近藤崇晴判事に×をする。

前にも書いたことがあるのだが、国民審査のシステムは相当変な方法で行われ、○と×で区別すると無効になるのだが、判らないからそのまま投票箱に入れると信任したことになる。
だから判らなくて困ったら、『用紙を貰わない』か、勇気を出して『用紙を返す』しかない。
まごつくと『そのまま入れてください!』位の事を言う事務者や立会人がいる(かもしれない)。
棄権する権利を行使するのには勇気がいる。

あと2人『考え中』の者がいるのだがいずれ・・

冷静に解説しているHpを紹介
takeyamaはこっち方がピンとくるのだが・・・

衆議院議員の総選挙の期日前投票は、告示後すぐにできるのだが(美麻支所では違うかもしれない)、国民審査は23日以後でないと、できないようです。

食育2題

判りやすいようで、本当の意味がわからない『食育』という言葉だが・・

山村留学生の食事は『黙とう』から始まる。

もう10年も前のことだが、「姿勢を正しくしてください。目を閉じて10秒間黙とう!」というから、少し違和感があって「黙とうではなく、黙想だろう?」といったことがある。
食事の前に「黙想して心静かに食事をすること」が大事だと思ったから。

その時の子供の言葉に、ちょっとした衝撃を受けた。

曰く「食材にはすべてに『命があった』はずだ。私たちは『食事としてその命をいただく』。その命をいただくのだから『命に対して黙とう』している。そして命を『いただきます』と宣言するのだ。」と言われた。

いたいけな少年少女に『そう言わしめる会の理念』に畏敬の念をもった。

マー最近『その形は継承』しても、『理念がその通り伝わってもいない』こともあって、こんなこともあったし、好き嫌いが極端なものも多くなって「黙って食え!、食べられない物を提供してはいない!」などとカミナリが落ちることもある。

昨日は『道の駅の活性化フェアー』があって、足湯や岩魚のつかみどり、カキ氷やたこ焼き、焼きそばの出店もあってにぎわったのだが、地域づくり会議の事前打ち合わせに欠席したら、ゲームコーナーの担当になっていた。

ゲームの一環にスイカ割りが組み込まれていたのだが、そのお手伝いからは外してもらった。

欠席で企画には参画していないから仕方がないのだが、農民の1人として食い物を遊びに使う考え方にはどうにも同調できないし、ことにスイカ栽培には情熱?を持って来て、この地域での真夏の収穫にこだわっている身を持ってしては、竹刀で砕けるスイカを正視することはできない。

そんな思いを周囲に伝えたのだが、完全に同調する同世代があった一方、落とした食物を『もったいないから食べろと親に言われた時代』から、落としたものは『雑菌がついて危ないから食べるなと親に言われる時代』になったことを感じたほうがいいという意見もあった。

そういえばあの世界の小澤さん(指揮者の)が松本のサイトウ記念かで来市した際、落ちてしまったそば拾って食べた話が新聞に載ったことがある。
『3秒ルールだ』と説明した。
落ちてしまった物ても、直ちに拾えば大丈夫というルールらしい。

どちらかといえばそちらにピンとくるtakeyamaです。

裁判官を審査しなければいけない。

前にテレビが壊れたしまったことをアップしたことがあって、ついでに『テレビのない生活を体験してみたらどうか』とコメントで提案されたことがある。経済対策、定額給付金とETC

だからというほどでもないのだが、『居間にテレビがない生活』を、3月おくってみた。

テレビをはじめマスコミというものに対する対処の仕方というか、見方のようなものが少し変わったことを実感している。

田原氏の『強引な議論誘導』、古館さんの『したり顔』、みの氏の『独りよがりなエセ正義感振り』そんなものから逃れられた。

テレビがなくても新聞やネットで新しい情報が入るのだが、ネットのそれはただ情報が垂れ流されてくるのではなく、少しく配信者の主観が入っているから、逆に事態の本質が見えてくる場合がある。

そこでの感想だが、この国のありようがおかしい。

今朝のマスコミは『裁判員制度での裁判一色』だが、今は裁判官を裁判する必要がないか?

マスコミは意識的に取り上げない(のだと思う)が、昨日植草という学者が収監された。
痴漢という破廉恥罪に陥れられ(だと思うが、現場にいたわけではない)、最高裁判所まで上がったのだが結局は刑が確定した。
今は普通の生活をして堂々と意見を述べているのだが、刑の確定によって残っている刑期(60日かな?)のために刑務所に赴いた。

氏は郵政民営化の真の狙いを喝破した。

郵貯や簡保の資金をアメリカに持ち出すことだと主張し、ときの小泉総理や竹中路線を批判した。
当時はテレビなどにも出演したのだが、その筋に睨まれて『事件を仕組まれた(と思う)』のだが、当局の発表を垂れ流すだけの大手マスコミで、それを論じたものはいなかった。

破廉恥罪だから、普通はそれだけで言論を封じられたのだが、氏の場合はその後も本を出版したり何よりもインターネットで情報や意見を発表して、氏のブログはランキングトップの状態だ。
権力者にとって相当目ざわりだったはずだ。

おどろおどろしいことだが、刑務所の中で命を抹殺されることさえある。三浦事件は自殺として処理された。
抹殺されないように『私は自殺しない!』と収監前に氏は書いてある。
大勢の目で見守る必要がある。

権力者の都合でいろいろのことがある。本来のマスコミはそれを見破っていかなければならないはずなのだが、大手新聞やとくにテレビにその力はなく、当局からの情報を垂れ流すだけで『御用マスコミ』になり下がっている。

無血革命の様相を呈してきたこの総選挙に際して、『小沢秘書いきなり逮捕事件』はまだ司法のうちの検察だけのことだったが、今回のことは司法全体の国策(ときの権力者階層)事件の趣がある。

事件が、選挙の前と後では大違いで、問題なことが後で発覚した自称剣道2段の知事(実は段位の認定は受けていない)はのうのうとしているし、小泉劇場の主人公はうそぶいている。

裁判官は制度のうえで『国民が審査』できる。
裁判官のかかわった事件などの公報は、審査に際して出されるはずだが、あまり信用できない(と思う)。
すでに1人の×は決めたのだが(こちら、平和日本の観点から)、この件の裁判官にも×しようと思う。
同調者を募りたいのだが、はっきり個人名が確定したらアップする。

白紙投票は信任したことになるし、○と×ではっきり意思表示したら無効になる変な制度だし、期日前投票では裁判官の審査はできないような情報もある。
当日は身内の法事があるからあらかじめ期日前投票をとも思ったのだが・・・
今日の岳山
21年 山の初雪 10/9
岳山初雪10月9日 08;11;14朝の月
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山留生を相手に地蜂をほる。

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山留生は「農家の父さん」
トラクターは退職金で買った。
年金で肥料を買うが、職業は農業(のつもり)。

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