総論と各論

5月の30日にごみ処理に関する市民懇談会があった。

もう古いことで改めて書くこともないのだが、市の議会でtakeyamaの発言を取り上げた議員(16日7番目の一般質問)がいたから、ちょっと説明を・・・

懇談会は『市民の声を聞いたことにする』いわばアリバイ創りの趣があるのだが、とにかく25人ほどの地域の市民が集まった。

主催は市役所(市長)だが、地域の自治会長も開会時に挨拶してほしいと依頼された。
主催との関係でちょっとした戸惑いがあったのだが、とにかく『地域の市民の声を聞くと言われるのだからマーみんなで意見を言いましょう!』といった趣旨の挨拶をした。

懇談会を主催したつもりはない。

冒頭、今までの経過を含めて今後のことも説明されたのだが『この説明では、総論賛成、各論反対が起きる』と発言した。

説明も資料もごみ処理の経費比較に重きがおかれ、本来話題になるべき『ごみ処理に伴う環境負荷の面』が薄いものだったからだ。

合併前、ごみ処理組合の一部事務組合に籍を置いたことがあって、そのころ感じた市のスタンスがそのまま引き継がれていると思った。

市のごみ処理施設は、とにかく『迷惑施設を地元に受け入れてもらう』ということ尽きている。

今から10年位前、ダイオキシンの話題が盛んだった。
今の『ごみ処理広域化計画』の前段が語られたのだが、件の一部事務組合を担当した3年間に市の担当課長は3人変わった。
10年後のごみをどうするかを語るものはなく、『22年に山下地区との協定は切れる。』『他村のごみは市民感情から受け入れられない』と語るだけだった。

『経費を節減するごみ処理』が首長と担当の命題で、『お金がかかって・・・』が共通語になっていた。

まだ美麻も八坂も村として存在し、どちらも大?大町市にはごみを受け入れてもらえないから、美麻は白馬小谷の仲間にしてもらい、八坂は新町などと一緒になったのだが、その炉がダイオキシンの暫定値をクリアーできないで廃炉にするから困った。
当時の市は前述のように『他市町村のごみは市民感情が・・・』だったから長野市の炉を使ったこともある。

皮肉なことに『他市町村のごみは市民感情から受け入れられないはずの市』が、松本市にごみを受け入れてもらう事態もあった。

地方事務所の屋上の空気中のダイオキシン濃度を測ったら、北安曇の分が県下で一番高く、『大町のごみ焼却炉から排出』されるのではないか?というのが『ごみ担当職員のいわば公然の秘密』状態だったことがある。

『経費が!』でなかなかダイオキシン対策が進まなかったのだが、ついに暫定基準を超えてしまい、操業停止になって松本にごみを運んで対応したことがある。
余談だが、暫定基準は今の基準の100倍近い数値で、気の小さい人は卒倒する位の値。

測ったらいきなり暫定値を超えてしまった炉は県下に2〜3炉あったのだが、あれだけ問題が大きくなってから、その後に対策もせずに暫定数値をクリアーできなかった炉は県下にはない。
必要な経費を惜しんで、恥を県下にさらしたから、白馬小谷を含めて、他町村は市のごみ行政のお粗末さを実感している。
付近のごみ処理担当者の間では周知の事実だ。

船頭多くして、船浅瀬を渡るの類で、今回の『飯森断念』の底流に『市への不信がある』ことを知らなければならない。
当時から『22年新施設稼働』とは言われていたのだが、『大町はだめだな!』と見通していた白馬の施設組合は、広域化の議論と並行して施設の延命化にすでに取り組んでいた。
その分の経費を大町が負担しても、なお他村に施設を造ってほしいというのが大町の行政関係者の意向だった。
そして今また『市単独で!』とも言いだした。各論でまた大騒ぎになることが予想されるのだが・・・

大北の盟主を標榜する市だが、凋落していく名家の風で、盟主たる威厳もおおらかさはなく、自己の主張を振りかざしているに過ぎないことを、議会を含めて市は感じたほうがいい。

懇談会で言ったtakeyamaの発言は、経費からごみ処理施設を論じるのではなく、適正処理の方向からそれを論ずるべきだとしたものであり、そのために一定規模のごみ量が必要で、その面から結果的に広範囲を対象にごみ収集をして、場合によっては産業廃棄物の一部も一緒に処理して地域全体の空をきれいにすべきことを主張したものだ。

自治会は市の行政の一部だなどという意識はtakeyamaにはない。
自治会は協働の一方の柱だが、行政機関とは正当に対峙していると自負しているのがtakeyama流で、そのことを実感している市民や行政関係者が多い(と思う)。

確かに懇談会の開会に際して挨拶はしたのだが、会を主催した風のことを言ってはいない。
『行政の意向を聞いて自治会長が発言したごときの質問』は『げすの勘繰り』の類で、不明を恥じてもらいたい。

これは『takeyamaの方の、げすの勘繰り』だが、美麻と八坂が大町市になったから『大町単独で施設を造るといっても用地はあるから大丈夫!』では困る。
そこには『ごみを適正に処理する視点』がない。

ごみ処理施設のことは、総論より各論から入ったほうが結果的にいいかもしれない。

いわく、中心市街地活性化のためにごみ処理施設を造る。
いわく、旧東洋紡跡地の有効利用のためにその場所に造る。
etc・・・

美麻のような山間地では、ごみ程度のことは自己責任でできるのだが、3人の老人を看取った身で思うのは紙おむつの処理で、行政機関がそれをまとめて処理してくれて大いに助かった。
入院もしてみたが、病院から出るそれも相当になる。
介護や看護の施設の量も推定できる。

生ゴミの減少対策が、主要なごみ対策だなどと思っては困る。

快挙

地域にとって有史以来のこと。

学校が統合されて30年を超えた。
もう『新統合学校小中学校』などという言葉は一般的でなくなったのだが、小中2校を統合することを決めて、それを行って、新学校の設備や内容の充実を第1にしてきた人間が残り少なくなった。
そんな人間から見た感慨。

山留生は15日に農家入りしたのだが、いつもの野太い声が、一層しゃがれて、この辺でいう『げーろ(蛙)をひきつぶしたような声』をしている。

そのわけは・・・
13日に郡球(正式には北安曇地区中学校体育大会というのだが、関係者の間では今でも郡球で通用している)があって、美麻中学校の野球部が優勝して中信大会に進むことになった。
中学生にとって一番グレードの高い、正式な大会でだから相当のこと。

中信大会に進んだことは前にもあったが、優勝は学校始まって以来のこと(だと思う)。
それ以前の美麻村時代の南北2校時代を含めても初めての快挙(だと思う)。

去年『こんなことを書いたこと』があったのだが・・・

今、中学校はちょっと男女バランスが崩れているせいもあるのだが、野球部員が多くて(バレーボールが少ない)23人もいる。
ベンチ入りが20人までだとのことだからベンチに入れない部員がいたことになる。
運動部では当たり前のことなのだが・・
美麻では珍しい。

そんな状況を考慮したのか、大人から見れば些細ないたずらの類いのことを捉えて、試合出場を停止された部員があった。
練習の緊張感を継続する工夫、だったらしいことがしのばれる。

緊張した試合が続いたようだ。地域に6校あるのだが、4試合を全勝した。
松川に勝って、仁科台、白馬を破り再度松川に勝ったそうだ。

野球好きの老人がいて、自分は地下足袋をはいて野球をした世代。
われわれの『あこがれの存在』だったのだが、ついに男の子に恵まれなかった。
今回、娘の子、孫の試合に訪れて孫(3人かな?)の活躍に涙を流したと言う。
その場に居合わせなかったのだが、それを聞いたこちらも、涙腺があやしくなった。

昨年、一昨年、野球に熱心な山留生がいて、特に一昨年1年生の彼は美麻の野球にあきたらず(多分)に地元に帰ってしまったのだが、どんな感想かなー

家の山留生は声をからして応援したらしい。
ただ一人の女の野球部員でベンチ入りはできたようだが、参加の役割は例の『声だし担当』
相当、それに頑張ったらしい。

そのことで山留生らしいエピソードが発生したのだが、いずれ・・・


お酌禁止?

天下の朝日新聞も記事がなくなってきたのかなー
お酌禁止令 長野県』の記事

takeyamaは亡くなった『親父に仕込まれた?酒飲み』で、職場では『横綱の称号?を得た』こともあるのだが・・
蛇足だが、横綱の呼び名は単に酒量のことだけではなく、その酔い方や、その時の人格も含まれるているのだと、自賛してのことだが・・
もちろん、今はその風格?はない。


『酒は自分のために飲むのでは、他人に気分よく飲んでもらうもの』だというのが親父から仕込まれた酒のマナー。

宴会には、相手から気分よくいっぱい飲んでもらう。
だからもう終わりだという雰囲気を出すことを嫌がって、徳利の中身を確認するために振ってみるようなしぐさを嫌ったし、注いで器にいっぱいにならないような状況を作り出すことを極端に嫌った。
だから徳利を持った感じで『残りを予想する感性?』を磨いた。

だから『2人の姉は、今でもお酒の燗をなかなかやめない傾向』があって、普通の奥様方のようにそちらからのブレーキはなくて、こっちが相当頑張ってやめないと度を過ごしやすい。

今は誰でも飲めるのだが、少し前までは酒はとんでもないぜいたく品で、酒で身上を無くした逸話は現実にあった。
親父は、自分が酒好きだったから他所でも気分よく飲みたかったということで、『もう終わり!』という雰囲気を嫌ったのだと思う。

だから『自分のお酒を自分で注ぐ』ということはなかった。

食料を含めて、酒も全体的に不足していた時代に生きた。
相当のすすめ上手で、その洗礼を義兄(弟)が受けた現場に居合わせた。
だから『親父に仕込まれたtakeyamaの酒のルール』に『手酌』というのはない。

『酒は(宴会の)は相手に注がれて飲むもの』だった。『宴会とはそういうもの』というのが『信州の酒文化』(だと思っていた)。

まー、県庁のように『宴会が仕事がらみ』でその『機会を業務に使おう』として『ご機嫌取りに使ったりしようとする』から、『お酌禁止令のようなことがもてはやされる』のだと思うが、『ことの本質は別ではないかなー』というのがtakeyama流。

副知事は2人制だが、言い出した方は信州人ではない方。
別の副知事はO市の長だったのだが、そのころ宴会の20分ルールを提唱していた。
『20分間は自席で談笑し(料理をしっかり食べて)お酌には出歩かない!』で、これにはかなりしっくりきた。
お酌したり、されたりで『料理がなんだったかわからない。ほとんど食べずに酒だけ』のことが多かったから。

前に書いたように、わが辞書に『手酌』はないから、『空っぽの盃をさりげなく、大げさにすすったり、相手にお酌したりして、相手が気づくチャンスを与えたりした苦労?』はどうなるのかなー

手酌する相手に『しまった!』と思う感情も過去のものになるのかなー
いずれ『宴会の現役ではなくなってきた』から『どうでもいい』のだが、『そんな宴会する意味があるのか』なー、時代の変わり目にいる感じがする。

takeyamaは『お酒を無理強いしたことはない(と思っている)』のだが・・・
そんな『勿体ない事』はしない。

神宮大麻

いまさら聞けない!

産土様の氏子総代になって、すでに永年勤続の表彰を受けた。
伊勢神宮のお札『天照皇大神宮』のことを『正式?には大麻』というらしい。
神官の口から、たびたび大麻という表現がでるが、周りの者が平気でいるから『ずーっと平然としていた(いた風を装っていた)』が、内心『?』であったことは事実。

氏子総代などといっても、いわゆる『神道を理解している』わけでないし、『神道を信仰しているか?』と問われれば『?』だ。

アイターン者で、およそ神道に傾斜しているとは思えない御仁が、やはり氏子総代としてかしこまっているから、ちょっと冷やかしたら、『地域の産土様は宗教などではない。』マー『一種の民俗行事の類い』だと喝破したから、それ以後takeyamaもそれを踏襲することにした。

朝日新聞に『お札のことを神宮大麻と言っている歴史があるのだから、麻薬を規制する大麻取締法の名前を変えろ』という記事が出た。

神宮大麻は『年末の大払祭』のとき、産土様のお札と一緒に頒布される。
それに先駆けて『新嘗祭』のころ、地域まとめての『大麻頒布式』というのもある。
と言ってもそれなりの料金は伴う。

神社の会計の係だから、神官の請求よって『農協の窓口で振り込みの手続き』をしたことがあったのだが、『法律に違反することは困る』と『窓口嬢?に拒否』された。

神社会計の貯金払い戻し伝票と神官側会計への入金伝票へのコメントに『しっかり大麻代と記入した』のだから、びっくりしたらしい。

大麻汚染は相撲界にもあり、大学にも広がっている。
マーびっくりしたことは納得できた。
説明をして納得してもらったのだが、『お札と大麻が一緒』だと普通に思う者は少ない。

まさか法律の名称が変わるはずはないはだから、神宮大麻の歴史や文化を丁寧に説明するべきだろう。


棚田を復旧できるか?

棚田はすでに『業の媒体としての機能』を失っている。
けれども最近、環境保全、景観の保全、災害予防、水資源維持などの観点から注目され始めている。

美麻八坂線沿いの『わかた地区の棚田』は、棚田の規模はともかく、北アルプスを借景にした景観が特徴で、あの銀色のシーズンの主人公の居宅に設定された小山邸の下部に連なっている。
爺が岳、鹿島槍、五竜岳、唐松岳と続く八方尾根、白馬槍、杓子岳、白馬岳、白馬乗鞍に正対し、代掻き馬(大小)やにわとりなどの雪形も正面。

かっては立派な?棚田だったのだが、このところ耕作を放棄した部分が多い。

昭和50年の終わりころ、おやじが「もう、俺にははきつくなったで、どうするや?」と聞いたから「おやじの生きがいでやっていたんだから、おやじがきついならやめるさ!」と答えた。
実際当時保養センターの責任者になっていて、不規則な勤務でどうにもならなかったてし、すでに棚田の稲作は『趣味』でなくてはできなかった。

かみさんは村内に勤めて、給料は農協の口座に振り込まれていた。
百姓の諸経費は『現金の存在するそちら』を使って処理されることが多かったから、かみさんは『稲作をやめたら、私の口座にお金が残るようになったよ!』といったのがある種衝撃だった思いがある。

あの団地?では早い耕作放棄だったから、内心忸怩たるものがあって、『葦原を正視できないような雰囲気』があった。

10年ほど前、『棚田の持つ多面性な効果に着目した山留生の個人研究』があって、当時の村長をして『目から鱗が落ちた!』言わしめたことがあったのだが、その後『脱ダム宣言』もあって、一気に棚田が注目されてきて、大袈裟だが、文化遺産の継承の趣さへある。

去年から地域づくり会議のテーマの一部にもなっているし、どんな様子か『棚田復活に少し手をつけ』てみることにして、もう今は『体力より機械力の年代』だから、トラクターが田圃に入らないとやる気にもならない。
まず取り付け道路と、わせんげ(上側溝のこと)を掘ることを業者に頼んだ。
3畝程のかっての田圃を2枚。
3万円ちょっとだったから、ちょうど『定額給付金を充当』したことになった。

さて、昨日初めて起こしてみた。
様子が美麻wikiにアップしてある。
他は去年のうちに除草剤で葦を処理してあるのだが、処理しない方。

取り付けの道路は角度は急だが、まー危ないほどでもない。
トラクターは後輪部分が無限軌道で比較的安定感がある。

で、耕転はできたのだが、『泥田状態』とりあえず畑にして『公民館の目指せひまわり10,000本』と行こうと思ったのだが難しそう。
かといって田圃への復旧は、長い年月に水が勝手に流れて、その結果水平が相当怪しく『水がたまりそうにない』。

難しいことに首を突っ込んだかなー、何とかの箱を開けてしまった感じがしないでもない。

耕していると昔のことが蘇って、棚田だから、田んぼの位置によって状態が違うのだが、ここは深くてつもるぞ!、ここら辺は硬くて浅いはず!とほとんど30年前と同じで自然は簡単には変わらないことを実感。
ちょっとした感慨がある。

まだあとのことが決まらないのだが・・・・とりあえず。

中学生の体力

美麻の運動会が雨で中止になって、今日は肌寒い。

自治会に係わって直接関係のない機関の運営に携わることが増えてきたことは話題にした。
今回は学校のこと。

学校評議員会のメンバーにどうだ?打診されたからちょっと興味のある分野だしOKした。
校長先生などには迷惑かもしれないがご勘弁を!

合併で役場や村長や何といっても教育委員会が無くなって地域の住民の立場で、ある意味自分の子供たちの教育には直接関係しない住民の立場で地域の教育を論じる必要があると思っていた。

自分の子供を良くすること通じて地域の教育力を高める行き方と、自分の関係する子供がない地域の住民が地域の維持や発展の方から教育を論ずる方向とが程良いバランスを取って進むことが地域にとって大事だと思っていた。

そんな意味で評議員会に勇躍乗り込んだ。
メンバーは前村長と教育委員長、民生児童委員、公民館長、例によって自治会関係のtakeyama。

主題は学校の運営に関することだが、それには直接関係のないことを遠慮なく発言させてもらった。
その一部を・・・

子供たちのことでは小中一貫教育の方向性のことが学校からあった。何といっても小中が同じ校舎で1人の校長が指揮を執るのだからその環境は活かしてもらいたいと思った。

全国で小中一貫教育の動きがあるが、小中学校はそれに先駆けて音楽の専科の先生が小中をまとめて面倒を見ることからその分が体育科の専科の先生の確保につながってこちらも小中を横断したりメンドシーノ訪問がらみで小学校の英語の授業が実現したりすることが報告されて、いいな〜と思った。

ちょっとショックだったのが中学生の体力が全国平均を下回ること。
相当広い敷地の学校だし体力作りにブレーキがかかる環境ではないはずだが学校を離れた家庭環境の問題だと思う。

そういえば中学生はいたって静かだ。
少子化で地域間では子供の世界がない。
数字で測れる体力の他に自分の体をコントロールする能力が相当怪しいと思っていた。

よく山留生を相手に『木登りができるか?』と聞いたり、『落ちたことがあるか?』などと聞いて『それは木から落ちた方がいいということですか?』などと言われたことがあるのだが、図体の割合に自分の体をコントロールする能力は著しく落ちていていざというときどうするのだろう?と心配していたのだが・・・

体力のことまで学校で心配しなくてはならないとは・・・
家庭の責任はどうなる・・・

『学校の先生は、地域の文化を発信する役割が大きい』だから『任地居住してほしいと要請した』のがtakeyama流だが、教員住宅がどうも使用に堪えないらしい。
いろいろ要望しても『市役所にお金がない!』で終わってしまう。
そんなことが任地居住できない理由になっているようだ。
学校評議員として、『居住環境の整備につながる活動の必要なことを共通認識としたこと』がマー成果かな?

少子化が進んで、国の基準(2学級で16人)では将来の複式学級の見通しが示されたのだが、県は教員の加配(字がいいのかな?)をして、2学級8人までとしているから、当面は回避されることは資料として示されたが、山留や市営住宅の影響があってのことも事実。

近い時点で『根本的な問題が語られる機会が必要』だと思う。



運動会中止!

取り急ぎ急告!

雨のため今日の運動会は中止!

判定会の様子が入電

運動会の実施判定会

明日は地区の運動会の予定だが天気が相当微妙。

明日朝6時から実施の可否を判定する会を開くそうだ!

情報が得られたらその時点で公表する予定・・・

これでいいのかなー?

非常に公共性の強い法人の評議員に『連合自治会長の故』をもって委嘱された。

そしてその『初めての評議員会』があった。
主要な議案は20年度の決算認定。

それがちょっと信じられない事態で、『前年度(19年度)の繰越金が実際の金額(貸借対照表の額)と整合しないから、その額を変えて(正しい額にして)20年度決算書を作ったから認定してほしい』というもの。
総額5億円ほどの決算のうち180万円ほどが整合しない。

前年度の決算額が整合していないことは、すでに前の評議員会に報告済みのようで(今年度の2次補正予算の際)あって、その時は、今年度の会計操作で調整する予定だったが、この評議員会では『会計システム上今年度の会計処理は不可能だから、異例だが、前年度の決算書の残金(繰越額)を訂正して、今年度の残額を実態に整合させたい』と説明された。よくわからなかったので質問したのだがその要約(のつもり)
地方事務所の監査の結果明らかになり、16年から17年への移行の際取扱いが違って、それ以後続いたとのこと。

法人の評議員に委嘱された経過がはっきりしないのだが、『美麻の連合自治会長になったことがいわれ』だから、『市民から選任されたこと』とは、ちょっと認識に差がある。

評議員は議会議員のようなものだが、議会では当然認定できないような事案でも『まーいいか!』になりがち。
そこが選挙の洗礼を受けた者との違い。

その上、決算の認定は『できないと反対しても、それでどうなるものではなくて、決算そのものは変えられない』。

そんなことを念頭に、決算認定の方に挙手をした。
評議員全員が挙手したから、『マーマーというものが全員だった』ことになる。
別の評議員がその件に対する理事会の様子を聞いたのだが、理事会では『話題にもならなかった』という答弁だった。
れっきとした独立法人だが、設立の経過や目的から理事に経済団体(法人)のような緊張感はない(と思う)し、専門外の者も多い?

不正の臭いのようなものは感じなかったのだが、今回のような間違いは職員が起こした。
職員は上司に報告した時点で責任は上司に移り、上司は理事会に報告して善後策を講じた時点で責任の所在は理事会に移る。
理事会は不都合な決算でも、評議員会の認定を受ければその全責任は認定した評議員会の方に移る。

『それを言っちゃーおしまいよ!』だが、周りの評議員を見回してもほぼ素人状態。
でも認定した事実は正式なものになり、関係者は『評議員会の認定を受けた20年度決算では・・・』というのは目に見えている。
決算は『法人の広報紙でお知らせされるはず』だが、事実をどう記すか注目していかなければいけない。

マー『みんなで渡れば怖くない赤信号』の類いで『評議員として無責任!のそしり』は甘んじて受けるつもりだが・・・

それにしても自治会長になって、しかも美麻の連合長になるとそのとたんに得て不得手に関係なくいろいろついてくる。

市役所などの機関は『住民の意見を聞いたことにするため』に自治組織をうまく使うのだが・・・

母校が90周年

このブログの読者に同窓の者はいないと思うのだが・・・

母校は22年90周年を迎えるという。
校門を巣立ったのは昭和35年のことだからもうずいぶんになるし、確か80周年のときにも寄付の振り込み用紙が送られてきた。
90周年の記念行事の大綱が決まってその実行委員会の通知が来た。

美麻八坂の支部の責任者になって、そのことから募金の実行委員会のメンバーに割り振られていた。

開校90年を迎えるわけだから同窓生といっても相当の年代差がある。

記念事業は第2農場のあの日輪舎の保存事業だとのこと。
有形の登録文化財に指定される見込みだとのことで改修工事をすることになった。
登録文化財は県下の高校3番目(他に長野高校、深志高校)だとのこと。

円形(12角)の建物だから屋根が円錐形をしている。
在学中は毎週金曜日第2農場で過ごしたし、宿泊合宿もしたから相当思い出もある。

募金の目標額は3100万円とのことだが、同窓生にはすべからく振込用紙が届く手筈になっている。
目標が達成されたらいいのだが・・・

久しぶりの母校で同窓会だが、恩師の元気ぶりも相変わらずで心強い。
同窓生で母校の校長を経験し会の顧問に座っていたが86歳で『手首から心筋梗塞の手術をした。その後中国に2月間行ってきた。いま中国からの留学生2名を預かっている。記念式典は23年5月だがそれまでは大丈夫だと思う。』というのには『口あんぐり』状態。

もう同級生が何人も亡くなって『恩師の方が弔辞を読む逆縁』が何度もあった。
そんな『不孝行』をしてはいけない。

校歌
わが執る鍬に力こもれり。
わが蒔く種に心宿る。
土焼くる真夏、霜さゆる師走。
日に日に励む、われらは強し!

『にー』と『ねー』

育てる会の学園では、年上の男を『〇〇にー』と女を『〇〇ねー』と呼ぶ。
と、いうか『呼ぶことに決めて、子供たちを指導?』している。

takeyamaの子供時代には、近くに相当子供が居たのだが、この辺の田舎は、近所の尊敬する兄貴分を『〇にー(兄)』ということが自然だった。

その言葉のひびきの心地良さやネーミングにひかれて、会の方針になったものだと思うのだが、形を模写しても、その精神のようなものが引き継がれているとは思えないのが残念。
単に『クンやサンの代わり』として使われているにすぎない(と思う)。

子供のころ、
『にー(兄)の呼称』は誰からも強制されたものではなくて、自然発生的に呼ばれた。
だから玄一氏は『ゲンニー』で正一氏はマサニー、タチニーは、忠(ただし)ニーのことだった。

家名を冠にした『なかのニー』などというのもあって、『ニーの称号』を得た兄貴たちは、よく子供たちを引き連れて、その面倒を見て、子供たちの社会生活のリーダーをこなし、年下の子どもたちは『彼らを尊敬し、その指示に従って』『ニー達は子供たちを守った』。

ケンカなどの際、たまには大人が子供の社会に首を突っ込んできたが、そういったときは『子供の喧嘩に親が出た!』と冷やかされるから『当の本人がかえって困った』。
いじめの類いはあったかもしれないが、陰湿なものな絶対になくて、子供社会のルールのようなものが引き継がれてきた。

年上がすべてニーの称号を得るわけではなく、一生『ニーと呼べれなかった者』もいた。
年下に尊敬され、慕われ、彼らを守れないものは、『ニー』と呼ばれることはなかったのだ。

機械的に『年上の者はニーというように』と、十把ひとからげにするから、その時代を経たtakeyamaにとっておかしな『にー』がいて戸惑う。

そんな話題が、時々出るから『面白い変化』がでてきた。

大人受けの『優等生タイプの理論派』がいて、『年下のわがままにテコズッテ』いる。だから『盛んにチクって』きたのだが、ほとんど相手にせずに『自分で解決しな!』だったのだが、今夜はなんと『本の読み聞かせ』をしていた。

何かとちょっかいを出して、迷惑がられていたほうも、一生懸命に聞いている。

それにちょっと感動もしたのだが、そのさまがあまりにおかしくて『オイ!、ちょっとは尊敬したか?』と確かめたら、『尊敬した!』の後に、何かしてもらったり、お願いするときは『〇○ニーという』と、のたまった。
『それ以外の時は?』とたたみかけたら『〇○クンだ!』と来たから、思わず笑った。

手こずっていた年下を、だんだん手なずけていくだろう。
その『時々の現場に立ち会う楽しさ』のようなものがある。

今年の山留農家は相当テコズッテいる。
だんだん手ごたえが出てくればいいのだが・・・

コメント

このブログは『コメントの方に特色があることがある』ことをかいたことがあるのだが、最近アダルト系のコメントで見るに堪えないものが多くなってその対処方として管理人が承認するまで表示できないシステムをとっている。

あまり期間を置かないようにしているつもりだが、不手際は勘弁してください。

あちこちのブログを覗くと、最近『コメントを受け付けないスタイル』のものが、増えてきたような気もする。
人気のブログにその傾向があるかも・・・

ブログは匿名性を一応はとっているのだが、実は本体はばればれであることは承知していて、それでもいわゆる辛口の書き込みが多いのだが・・・

そんな事情をご賢察いただいてコメントの方も一応管理人にはどなたが書き込んだのかがわかる位のハンドルネームで願いたい。

どこぞの掲示板のように『無責任な荒らし状態』いならないために。

ブログは『簡単なシステムでお金もかからない』から、皆さん挑戦して『自分の意見を示せるもの』を作ればいい。

オオカミ少年

間延びした、抑揚のない声が流れた。

こちらは『広報○○市』です。
『火災気象通報』
この時期、『山火事が多いから山に入った人は火の取り扱いに注意してください』

外は雨、夕べから降り続いている。
最近山火事を注意する時期だから『間違ってはいない』のだが『思わず笑って』しまった。

この市の防災無線は大金(合併特例債も)を投じて、怪しい?契約の結果出来上がったのだが・・・

ずいぶん前のことだが、毎日雪崩注意報が出るから違和感があって、調べたら『注意報が出ていない時に登山者が雪崩にあった』。
だから『注意報は出しておかないと責任が取れない』といわれて『へー』だったがそのたぐいの話。

オオカミ少年の童話は『オオカミが出た!』と大人を驚かしていた少年が、実際にオオカミが出た肝心のときに信用されずに、大変な目に遭ったことをいさめたものだと思うのだが・・・

注意報が肝心のときに機能しなくなってしまってはいけない。
ちょっとどころではない相当の工夫がいる。

挙句に最後は『以上消防防災課』ときた。
この課は『いざという時の危機管理の責任課』で、いざという時だから『想定外の出来事に対処』できなければ役に立たない。
こんなところに危機管理を託す市民は不安だ。

農繁期の雨の日に・・

前にも何回も放送があって、誰かが注意するか?と思っていたのだが、我慢しきれずに憎まれ口を・・・
関係者に違和感がなかったとしたらその『感覚を疑う』のみ。

恐怖のGWが終わる

傍若無人の国民が増えた。
というか、『常識の範囲が違い過ぎるもの』が増えすぎたような気がする。

GWで多くの都会人も半都会人もこんな山村に訪れる。
『えせ自然派』らしき者も多数だ。
山村の住民は『戦々恐々』としている。

今の時期、ちょうど山の恵みものが多いシーズンだが、一方農繁期でもあって近くの住民は『山に入れる時間』が限られる。
こごみ、ウド、タラの芽、こしあぶらなどの『採りゴロ』だが、山の人間は『それぞれ管理』している。
と言っても、山菜だから工業製品の管理とは根本的に違って、『自然と付き合い』ながら『次年度のことも考え』ながら、『持続可能を視野に入れて』いることは当然で、だから管理しているようには見えないかもしれない。
こういう言い方は、『敢えてちょっと好意的な判断』で、『実は気が付いているのだが、気がつかないふり』をしているのではないか、というのが本音。

この辺には国有地や公有地はないから、すべて個人有地、ささやかだが固定資産税という税金を払っている。
GW中はこんな『所有者の方が引っ込んでしまう程のふるまい』の者が大勢付近を闊歩する。
立派な道具を用意して、堂々と他人の山に入る。

気静かな山村の住民は『こそっぽいことは言えずに我慢』している。
山村の住民は『相手が言わなくても、言いたかったことを理解する能力』があるのだが、訪れる多くの者は『言ったことしかわからない』から、『言わないことは承認したこと』だととらえる。
言ったことだけとらえる。
『言外の言はわからないふり』をする。
『そういう生活をしないと生活できない環境に住んでいること』は山里の人間にはわからない。

文化の違いは相当ある。

山里の人間は気が小さいし、『他人に不快感を与えることを、相当恐れる』。

「いいですか?」と問われれば、相当困っても「いいです」と答える。
『いいといったことだけを捉えて、相当のこと』をする。
困ったものだ。

春先には『フキノトウを採る』ために、『大きな袋』を持参したものが訪れる。
他人の管理するものだから、全部根からもぎ取る。だから持続可能ではなくなる。
あれは『そんなに食べられるものではない』。
商売にするのかなー
『そこはさっき立ち小便したところだじ・・』などというのが、関のやま。

さっき姉から電話がきた。
旦那が用意中のキノコの原木がなくなったそうだ。
まだ玉切ってないものだから『チェンソーの音をさせた上で持ち帰った』ことになる。

これなどは確信犯で犯罪だが。
そんなものと『同一視されること』につながってはいけない。
相当『配慮しないと危ない状況』になっている。

『そっと分けてもらっている』のだから・・・

猫の帰巣本能

そろそろ『狸の農業被害が出る時期』になった。
ハクビシンを含めて相当数が増え、被害も大きい。

有害駆除用の檻を仕掛けたのだが、野良猫が入ってしまった。
野良猫のいたずらも多い。
飼い猫の餌も横取りする。
ところ構わず糞をする。お行儀も悪い。

そんなわけだが、猫を処分するのはちょっと気分が悪い。

で・・  遠くに捨てようということになった。

20キロくらい離れて、間に湖水があって、JRの鉄路があって、国道があって、集落もいくつかある。
もちろん軽いが峠もある。

あんまり堂々とするのも『ちょっと気げ引ける』から『人里離れた場所』を見つけて、檻のふたを開けた。

一目散に家の方角とは反対の山側に逃げ込んだ。
『今度は大丈夫だ』と思ったのだが。

そう・・・今回は2回目。
前は、旧村界付近に放したら、2日くらいで帰ってきてしまった。

集落に猫好きの老婆がいて、その飼い猫の食事をちょいちょい失敬していたとのことで、その御仁にもこのことを話したら『そう言えばこの頃見ないなー』ということでニンマリしていたのだが・・

今朝連絡が入った。『かえって来た!』と・・・

『父ちゃんもうやめましょ!藤がいいって思っているだで・・・』老婆が言う。

もちろん『もうやめた!』何とも間抜けな話だし、3度目の檻にも入らないでほしい。

『虎は千里の道を帰る』という。
牙をむいた猫は虎にそっくりだが、猫の帰巣本能も相当のものだ。

新型インフルエンザ

『豚インフルエンザ』の他に、また『違うインフルエンザが出現』したのかと思った。
そうではなくて、例のメキシコ発の豚インフルエンザを新型インフルエンザと呼び方の方を変えたらしい。

国の首脳、産業の発展を担う責任者も、消費者の立場に立つべき責任者も『こぞって豚肉は安全だ、冷静な対応を国民はすべきだ!』と言っている。
『豚肉を食え!』、『輸入の豚肉を消費するように!』と言っている様に聞こえる。
なんの『検査も、根拠もない』うちに『いち早く』だ。
国によっては豚肉の輸入をやめた国もあるのにだ。

それで、『豚インフルエンザと言うと、輸入豚肉の消費に影響する』から『新型インフルエンザと言い換えている』らしい。
メディアもいち早くそれに追随している。まるで豚肉の輸出国にいち早く配慮したかのごとくだ。
「名は体を表す」という言葉があって、ネーミングはとても大事だと思うのだが、言葉で多くの国民をだましていけない。

テレビが壊れたから、テレビからの情報ではなく、ブログのランキングで注目されているブログからの情報。
この記事に『ほほを張られた』気分。

ついに国内に感染者が出た。
戦時中の『大本営発表は、ほとんど嘘だった!』歴史がある。

とりあえず『輸入豚肉は買わないこと』にしたのだが、笑われるかな?

双耳峰の中央に夕日が沈むのは

今日4月29日午後6時ころ、玄関前
夕日4/29
鹿島槍の中央に夕日が沈むのは2〜3日後
現在、美麻八坂線、由久保と小藤の間、以後小藤〜堀切(山の看板付近)まで

経済対策、定額給付金とETC

27日はtakeyama家にとって、緊急経済対策?の日。

朝の郵便で定額給付金の決定通知書が届いた。
その申請はこの9日にしたのだが、前に話題にした。
事前のマスコミ情報と違って、ずいぶん簡単で、コピーは全然いらなかったから逆に心配したのだが、懸念を払拭して決定になった。

形態は自治体の固有事務だから自治体ごとに違ってもいいのだが、どうも自治体によって対応が違うようだ。

また、今になって『DVのケースは世帯主に被害者の分まで入ってしまう』などの問題提起されているが事態は当然予想されていたことでいまさらメディアが取り上げてもメディアの無能力さ加減を強調するだけなことを気がついているのだろうか?

もうひとつ、自動車の工場に依頼してあったETCが間に合ったという連絡があった。

『100年に一度の不況対策』として『ETC搭載車は、高速道路使用、土日祭日乗り放題1000円』ということがあり、『その収入不足分は、国民全体が税金で補てんする』ことになる。

あまり高速道路を使うわけでもないし、設置費用をカバーしきれるか問題だが、高速値下げ政策を使えないのは癪だし、なんだか時代に乗り遅れるのも癪だから半分意地でETC搭載車にした。
『天下りETC関係団体や企業を助ける政策』だと気がついてはいるのだが・・・

定額給付金はもらって迷惑なものはいない(はずだと思う)のだが、この市にも受けとり辞退者がいるという報道があった。
受け取った上で、自己が意図する社会貢献費用に使ってもらう方がいいと思うのだが・・・

takeyamaは受け取るのだが、政権党やその友党には決して投票しないことを宣言しておく。
こんな選挙買収事件は無効にしなければいけない。

高速料金値下げが物流の本体トラック輸送に及ばないことは基本的に経済対策としての本質を欠いている。
単に『一般車を対象にした方が、選挙対策として有効』だからにすぎない。

この次に続く対策?は『金持ちからお金を使ってもらう』ために『金持ちを優遇する』のだそうだ。
相続税をまけたり、エコ品の買い替え優遇など、生活困窮者には手の及ばないものに、税を優遇するのだそうだ。

『富の再配分』こそ政治だと思うのだが・・

本当にお金が余っている人がいて、箪笥に貯めたお金を使ってもらうのなら、食料品など生活必需品をのぞいて1月から消費税を上げると言ったらいい。
駆け込み需要が多くなるはずだ。
エコ商品などは『買い控えが起きているらしい』から。

給付金の支給にタイミングを合わせたわけでもないだろうが、テレビのスイッチが入らなくなった。
山留生はもともと見ないから問題はないのだが、情報取得に戸惑っている。
幾日我慢できるか?
つれあいはラジオだしtakeyamaはPCを頼りだが・・・

高額所得者の所得税税は、前より随分安くなっているはずだ。
選挙目当てに『大判振る舞い』ばかりしていていいのか?
累進税率復活!

民主主義は直接が・・・

ある村の村議選の結果をみて・・

村が合併することに際して『合併という大事件は、住民が直接決める方法をとるべきだ!』とずいぶん主張した。

住民投票をする条例を作るように議員の立場で提案したが、反対が多くて実現しなかったし、住民から法律にのっとって直接に提起された(直接請求)条例制定の要求についても『住民投票すべきだ』と相当奮闘したつもりだった。

地方自治体の最終的な意思決定の手段は制度上、『間接民主主義』で『住民から選出された議員が大事なことを決する』ことになっている。

制度上の決まりごとをとらえて『だから民主性が保たれている』、『専門性のある議員が決めた方が間違いがない、住民は間違えることがある』などと多くの議員は主張したし、請求に基づいて条例を提案した首長もそれを『否定する意見を付けた上で議会に提案』した。

2度とも住民投票条例は否定されて住民投票が行われることはなかったし『アンケートすら実施されなかった』。
当時の議会が合併を決めたのだが、その経過の周知がこのブログのきっかけだった

ある村の、村議選の結果を見て『当時の主張が間違ってはいなかったこと』を実感している。

今回選挙があったこの村は『ごみ処理施設の建設に、まった』をかけた。
限りなく住民投票に近いアンケートの結果だが、村民のそのことに対する思いが今度の村議選に反映されたとは思わない。

住民の意思は明確にごみ処理施設に「ノー!」だったことははっきりしているのだが、今回選ばれた者が決めれば、おそらく「イエス!」になる(はずだ)。

選挙は政策以外のことで決まることが多い。
感情論や地縁、血縁の場合もある。
個別具体的な問題は『やはり直接民主制がいい』と改めて思った。

授業参観

山留では『親は1学期中の学校訪問をひかえている(ということになっている)』。

今の山留での『最大の課題は受け入れ農家の確保である(と思う)』ことは何度も書いた。
そして、農家確保の上で『山村留学が地域に必要とされて受け入れされることが大事』なことも何回も書いた。

『1学期中の親の来村(地)禁止』は、まだこの地域や学校にしっかり根をおろしていない『子供達を動揺させないための措置』で、長い『経験上生み出された規則?』だ。

山留の歌のとおり『自分で選択した厳しい道のり』だが、今頃大方の子供たちは『今までの生活をなつかしんで』いる。

実際、年端のいかない子供たちが『入浴のつど、「お風呂をいただきます!」と挨拶』しゲームはもちろんできないのだが『テレビを見るににもお願い』をし、『冷蔵庫のドアに手をかけられない生活』をして、『嫌いなものも全部食べるために味噌汁で流し込むような工夫』をする。
そんな暮らしに『慣れようとしているときに親の顔がのぞく弊害』を配慮した工夫の規則だ。

農家は『一刻も早くその環境に慣れた方が楽』だと思うから、心を鬼(大袈裟だが)にしている時期。
親も一定の覚悟が必要で、煮て食うつもりもないが、煮て食おうと焼いて食おうと・・・の態度がいる(と思う)。
その覚悟が子供に伝わって『望ましい山留』が出来上がる。

そしてそれが『地域の子供やその親に伝わって』、初めて『地域の理解が得ら』れ、ひいては『農家の引き受けてができる』ことにもなる(と思う)。

山留が始まって、今の時期20日が過ぎて、久しぶりだから『親も子供も無条件に心配』だし『懐かしい』。
今まであったかもしれない『マイナスの感情は吹っ飛ぶ』。
プラスの感情だけが発露されるから、その後がどうなるかの配慮がいる。一気にホームシックが倍加する子供がないとは言えない。
実際過去にはあった。
自分の子供たちだけでなく、親が来なかった子供への影響とてある。

地域や農家に『なんだ親はいいとこどりをして・・・』の感情が生じてしまったら、大変だ。

一学期の来村(地域)禁止の意味はそんなところ。

親の立場は『地域の親の感じが気になる』と思う(はずだ)。子供をお願いしたのだから地域の保護者とのつながりをつけたいこともある(はずだ)。
事情を説明し理解を得る工夫をセンターはしないといけない。
学校や父母とのかかわりがなくなって来ている農家だから、あえて学級懇談会やPTAの会には出なかったのだが・・・

5月の末には地域の運動会がある。地域のつながりは大事で、来村(地)の意味は大きいのだが『親と子供のかかわりに、大人の配慮が必要』なことは言うまでもない。

地域から見て、『いろいろの体験をしてうらやましい山留生』から、『ちょっと苦労な山留生』、『独り立ちを目指す山留生』の姿が伝わらないといけない。
地域に山留事業が受け入れられるために。
面倒なお荷物になってしまってはいけない。

農繁期の雨にふさぐ農家の父さんの独り言。

納得の2題

この頃、やけに知人が亡くなる。
村を離れて息子のもとに身を寄せた者が、こともあろうに3人とも家の火事で焼死してしまった。
状況の詳細は知る由もないが、県外に暮らす弟が兄貴と両親の葬儀をした。
いろいろ公務で世話になったのだが・・・

『農業に専念する』と、仕事を早期退職した友人がいた。
母親が認知症になってしまって、その世話をしたかったことも大きな理由だったと思う。
こともあろうに田植え機と共に転落して一命を落としてしまった。
3年前のこと。

件の母親がこの間亡くなった。
笑顔だけを振りまく人で、笑顔以外の顔を知らない。
祭壇の遺影が笑っていたのが印象的。
『せがれが亡くなったことを認知できていなかったらしいこと』がせめてもの救いだったかもしれない。
せがれの連れ合いが面倒を見て、喪主も務めた。
式の最中、逆縁のことに意識が及んで、鼻の奥がつんとすることがたびたび。

親戚の老爺が亡くなった別れの式にも参列した。
曹洞宗の式でtakeyama家の菩提寺も同じだから進行は同じようなものだが、方丈さんは山間地ではいわば『いちばん身近な哲学者』だから、彼の君の法話にはいつもちょっとした感動がある。
葬儀という、そして身近なものへの別れのタイミングでもあるから、素直に話に引き込まれるのかもしれない。

今この地は桜の花盛りだが
花をつけ、それをさえるのは枝で、枝を支えるのが幹だ。
そして、幹をしっかり支える根がある。

ここまではいわば当たり前だが、最後にそして『根は人の目に触れることはない』と締めた。
言わんとする言葉の意味まで解説はしなかったのだが・・・
含蓄のある言葉だったと思った。

式の最後は喪主の挨拶だが、故人は相当長生きした(93歳)のだが、決して健康であったわけでもない。
きまって晩酌もしたのだが、毎日薬を飲み、数度の入院も経た。
『無病息災』であったのではなく、いわば『一病息災』だった。と
最近長生きするものが多いのだが、若い頃病気がちだったものが多い様な気がしていた。
喪主の挨拶に納得。

時代の変化に応じていわば国語も変化する。
前に『不言実行と有言実行のこと』を話題にしたことがある。

農繁期の雨の日に・・・

対面

農家にとっては今日から本格的な山村留学。

農家の割り振りは子供たちにとってある意味ドラマのようで、子供たちなりの価値観や計算?があるらしい。

takeyama家は毎年『厳しい農家』だからと『敬遠』されている風があった(と思っていた)のだが、今年は去年からの継続生が少なくてどうも偏見?を吹き込む『輩』がいなかったのか『やったー!』とガッツポーズをする少年もいてびっくり。

少年たちの『農家入りに合わせたかのように桜が咲き』始めた。ずいぶん早い。

野球部に入る少女は「明日から『朝練』に出る」と張り切っている。
7時前には家を出るのだが、30分くらい歩くから『ちょうどいい練習前のアップ』になる。
ほかは小学生だが3人の生活の面倒をこまめにみるから疲れそう。
気疲れもあってみんなの荷物整理の後は昼寝をしたようだ。
『今までの山留生は、朝自分で起きてきた!』と言ったら不安そうだった。母さんが『眼ざまし時計が用意できるまでは起こしてやる!』と言ったら安心したようだ。

小学生はガチャガチャとうるさいから『明日のために学校までの道を確認して来い!』と送りだしたら1時間ほどして帰ってきた。
大した負担にならずに往復出来そうで安心。

小2は十分な体力がある感じ。
兄貴からいろいろ教わってきたようが、外見は違っても本質はよく似ていて『なかなか頑固』。
違いは『懐に丸まりこんだり、積極的にまとわりついてくる』こと。結構『愉快』だ。

4年はちょっと緊張気味。兄貴が『Joをよろしく!』と母さんに声をかけたそうだ。
『兄さんが寝た部屋だら安心して!』と言ったらちょっと顔がほころんだ。
すぐになれる。

5年の『めがねのすけ』君はどうも自分のことより『他の人のことが気になる』様子。
『結構元気』
食事のことはなんの問題がないから、十分な体力がつくような予感がする。
今のところすべてに手助けがいるが、独り立ちできるように効率的に手伝う予定。

地域に子供が少なくなって気の毒なような気がするが、地域は注目している。
ブロック積みの外を歩いて、隣の爺さんに注意されたようだ。
『ありがとう!』や『ごめんなさい!』がスムースに出たら、他人とコミュニケーションがとれる。

小さいから「母さんと少女が大変』かもしれないが、父さんは楽しめそう。

前と後では

日本は『民主主義』だと思っていたのだが『検主主義』というのがあるらしい。
どこぞの新聞にあった。

どうやら『政権交代はなくなった(と思う)』。
『政治と金の問題』は、大した問題ではないなどと言うつもりはないが、近年の日本にとって『政権交代』とどっちが大事だと言えば、takeyamaにとって答えは簡単である。
そして真の政権交代は小沢氏に変わることが一番インパクトがあって、それ以外では単なる見せかけのものになるような危惧を感じてもいる。

『新聞やテレビでの言論』と、『週刊誌やネットでのそれ』では相当のニュアンスの違いがある。

今回の小沢代表にかかわる事件?は、『検察という官僚が政権交代を阻止するための策』だという説明が一番説得力がある。
それが『政権首脳にとっても一番都合がよかった』ということではないか?という説にも、納得することが多い。

田中角栄追い落とし事件は、日本ではなじみのない『刑事訴追を免除した証言』で日本の制度にはない『司法の取引』をもとに積み上げられた。
『アメリカの都合によって事件が作られたのでは?』という論調に説得力を感じた。
もしかしたら庶民が感じていた『この野郎、とんでもないやつだ!』とは違ったのかもしれない。
庶民は他人のお金には基本的に冷淡だ。

この間のテレビで田中真紀子さんは『角栄の死亡で結論に至らずに裁判は終わったから正式には無罪』だという説明には『あっ!』と思った。

角栄事件において『検察との戦いを近くで見つめてきて小沢氏』は『検察にとって目の上のたんこぶ状態』らしいことは推察できる。
そんなことが今度の小沢秘書事件の背景だったとしたら暗然とする。

起訴されても裁判は簡単には終わらない。
選挙の最中にはメディアが興味深く騒ぎ立てる。
裁判の結果が出たころには政権選択の結果は出ている。
政権交代はできないと思う。

小沢代表が代表を辞任すれば政権交代は可能だと思うのだが、それでも検察としては大勝利になる(はずだ)。

メディアの論調?だけで、一般大衆たるtakeyamaは判断してしまうのだが、例の小泉改革、郵政選挙にまんまとひっかかってしまった国民の多くは、今度もまた『汚い政治と金、政治による金儲け』という『メディアの論調に踊らされて』しまう(のだろうか?)。

千葉県知事選挙は『政党とのかかわりを否定した森田氏の大勝利』だったが終わった後に、自民党支部で受けた資金をその後自分の後援会に振り替えたことが発覚した。

政治資金規正法上は小沢秘書事件とは大差がない。
発覚したのは当選後のことだから前と後では大違い。

本当は選挙民をだまして当選したのだからその方が罪は重いと思うのだが・・・

こんな大それた意見を言うブログではないと自覚はしているのだが、そんなに影響力のないブログだから勘弁してほしい。

定額給付金の申請

さっそく申請した。

『本人を証する書類の写し』と『振込口座の確認の写し』を添付する欄が、裏面にある。

『振り込みの口座を証する写し』は『税等の口座振替の口座を使う場合は不要』だとちゃんと説明してあったが、『本人確認の写し』のことは、何の説明もない。

ちゃんと『名前』も『生年月日』もかみさんの部分も含めて金額まで印刷してあるし、その他役所に保管している『個人情報の利用の承認許可』も給付金の申請と同時にしたことになることを書いてある。

だから、『必要なはずがない』と解釈したし、何の説明もないのだから『何も添付しない』まま、書類を送り返した。

本当はちょっと心配しながらだったのだが、そのことを『さわやかテレビ』で放送している。
『本人確認ははじめは必要だった』が『今はいらなくなった』ともっともらしくいっている。
真相は『?』

本当は『記載説明書の不備』だったと思うのだが『ミスをさりげなく目立たなくしている』のだと思う。

『国からのマニュアル』をメディアはよく放送した。
田舎でコピーは結構大変だし、運転免許証がない人は何で証明するのか?と思ったり、新しい振込詐欺まがいのことをおそれたり、『コピーを利用してくださいと近所に言った方がいいのか?』などと考えたりしたのだが、マー『一件落着』。

メディアの国からの情報提供を『前には・・・』と位置づけて放送しているのなら、本当は国語の取り扱いがおかしい。
本来この『給付金事業は市の自治事務』のはずだから、市からの通知が初めてのはずで『前には必要だった』のなら『申請用紙にその説明があってしかるべき。』

マー、こんなことは大勢には影響がない屁理屈の類いだが、この辺の公務は結構言葉の使い方がずさんだから、妙に気になるのは悪い癖かな?

返信用の封筒にはちゃんと『送料は受け取りが負担する』と切手欄に書いてある。

例の郵政民営化の流れの中で、郵便の『配達が美麻局から大町局に変更』になる際の説明会のときに『サービスで郵便物をもっていってもらっていたのだが・・・』と発言したら『今後は業務で差出物は従前の通り配達人が持参する』と答えたから、今は『堂々と郵便受けに置いておくだけで相手側に届くシステム』になっている。

マー『大した負担がなく、定額給付金は手元に届く』
かといって『壮大な公金利用の選挙買収』には『引っかからない』ことは言うまでもない。
浮かれて『無駄遣いする』つもりもない。

せっかく下がり始めた『ガソリンが値上がりし始めた』方が気になる。

最悪の土曜

ずいぶんブログに遠ざかったのだが・・・
1週間前の土曜日は最悪だった。

『印刷』が不調でプリンターの設定をいじっていたのだがどうにもうまくいかなくて、加えて相当のジャンキチだがチームは負け戦、「パソコンの設定が狂ったのかな?」「設定をリカバリーしたらいいのかな?」などと思ったのが、そもそもまずかった。

面倒臭がって記憶は全部パソコンの中、ハードディスク中、簡単バックアップはしたつもりだったのだが・・・

リカバリーは終わったのだが記録が帰らない。
もうtakeyamaの技術ではどうにもならない。

専門家にお願いする破目になった。
どうにか記録は残っていたから助かったのだが、自分の能力が増えてことにはつながらなかった。

『自分の技術の及ぶ範囲内で記録を保存すべき』ことを実感。
もう新しいことは無理だから・・・

今後は面倒がらず外部記憶装置に記録しようと思う。

気分的にもようやく復活した。
ジャンキチの方も。
今日の岳山
晩秋の朝、残り月
08;11;14朝の月
takeyamaへの連絡
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Author:takeyamanokaze
地蜂ほり
通称「かっちゃ」
山留生の「農家の父さん」
トラクターは退職金で買った。
年金で肥料を買うが、職業は農業(のつもり)。

山留生を相手に地蜂をほる。

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